5S信仰の揺らぎ

5Sという言葉がある。知っている人は耳にタコができるほど聞いているだろうし、知らない人は何のことだかわからないだろう。
整理、整頓、清掃、清潔、躾という5つの合言葉の元に、職場環境を整合化しようとする運動のことなのだが・・・
はっきりいって、最初は抵抗があった。なぜ、5Sなのか?この古めかしい運動によって何が変わるというのか?
それをやったとしても、劇的に売り上げが伸びるわけでもないし、コストが下がるわけでもない。そういう品質管理の意識が希薄な親方日の丸的な環境のところなら、新鮮だろうが、ほとんど意味がないのではないか、と。
しかし、5Sの歴史-品質管理の歴史をたどる内にこの運動の本質がわかってきた。
元々はアメリカで生まれたもの。工場内での均質な品質を維持するためにできた品質管理の考え方なのだ。それが朝鮮戦争勃発とともに、日本の製品を購入することとなり、この考え方を日本の工場に当てはめていったのが日本での始まりだ。
その後、日本人の生真面目さと滅私奉公的な経営者の思想とがあいまって独自の進化を遂げる。その結果、トヨタのカンバン方式や、カイゼン運動、ジャストインタイムのシステムとなって結実する。それは、アメリカやその他の国々のほとんどが経営者と労働者が隔絶されているのに対して、日本では現場からのたたき上げで経営サイドに入るなるケースが多く、ボトムアップされた生産側の意見がそのままトップダウンされることが多い。
それでは、この5S運動の本質とは何か?
私が思ったのは、「社会主義」運動ということなのだ。
世界で一番社会主義が成功した国と呼ばれる日本において、共有することの大切さをいかに合理的に浸透させるか?そのための思想なのだ。
今、世界に冠たる日本式生産工場が危機に瀕している。5S運動を推し進めたはいいが、どんなに良い製品を作っても売れない時代になっている。安くても売れず、良くても売れず。
5Sに替わるものはあるのか?世界の工場たる中国で5Sは受け入れられるのか?あの守銭奴まがいの感覚しか持っていない中国でモラルなど確立、維持、存続ができるのか?
結論として、5Sの時代は終わったと言える。所詮、良質の労働力と最新の設備、豊富な資金があれば5Sなどは必要ないのだ。
さて、日本にはこの3つのうちどれを持っているというのだろうか?
それよりも何よりも市場を確保しないとそれすら機能しない。どうやって市場を確保するか?
1930年代を顧みるべき時なのだろうか・・・
何もすることがない人は5Sに励むしかないだろう・・・
やりすぎると非人間的になるということもお忘れなく!
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by worsyu | 2009-03-18 19:01 | ひまネタ | Comments(0)
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