演技力

「猟奇的な彼女」を何となく見た。韓国嫌いのわが奥さんも、この映画は気に入ったらしい。
以前にも見たのだが、この映画はやっぱりいい。韓国映画の質の高さを表している。
まず、脚本がいい。ストーリーがすばらしい。展開力がある。娯楽性、恋愛、コメディー、ドラマ性、いろいろ詰め込んでいる。陳腐になりそうだが、演じる2人が上手いから、うまくまとまっている。アジアを代表する青春映画になった。
特に主演女優の演技力がすごい。全智賢(チョン・ジヒョン)がきれいだ。(アジアンビューティーのCMで皆さんご存知)175センチ45キロのスレンダーな線の美しさとロン毛に目を奪われる。
ところで、アジアの女優では、「SAYURI」で主演したチャン・ツィーイー(章子怡)が今一番有名だろうか。なぜ、日本人役なのに中国女優を使うのか?という声もあったが、見事なキャスティングだ(キャスティングをしたのは日本人女性)。そして、チャンツィーイーは、見事に日本人の芸子をやってのけた。
たとえば、脇役として工藤夕貴が出ていたが、彼女程度の演技ができる女優が日本にはいない。そのくらい日本のレベルは低いし、工藤の演技は日本の範疇には無い。
なぜならば、日本の役者の演技には型があって、その教科書に則ってみんなやっているだけなのだ。「泣くときは、口を閉じて、歯を見せてはいけないよ。笑っているように見えるから」とかいうように、昔の舞台劇の流れをそのまま引きずっている。
人間、本当に泣くときは口を開けているし、歯も出している。心があれば声に出る。それが演技だ。
なぜ、こんな陳腐な演技しかできないのか?それは、日本人相手に作っているからだ。視聴者は日本人という意識しかないから、ここまでやらなくてもわかるだろう的な田舎根性が出てくる。
日本のアニメが世界中から支持されるのとは反対で、実写では、日本映画は概ね低評価である。

ところで、日本のサッカー界ではこの演技力が試合を左右する、として、各クラブとも、その演技力の習得に余念がない。情けないことだが、それが現実だ。疑わしいプレイは流せばいいのだが、日本の審判は流せない。フッキに限らず、大久保にしても海外に出たら何でもないことが証明された。ところが日本では黄色や赤の札が乱れ飛ぶ。主役は審判で試合を盛り上げている。それで権威を保っていると考えている。これでいいと本当に協会は思っているのだろうか?
シミュレーションは許さない。だから、疑わしければそれを生贄にする。危険なタックルは許さない。だから、疑わしいものは生贄にする。生贄にするのは弱いやつだ。これは審判の個人的な趣向でやられているのではない。
戦う価値のある闘いだ。
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by worsyu | 2009-04-16 15:15 | ひまネタ | Comments(0)
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