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チャレンジする気持ち

9.11から10年。リーマンショックから1年が経った。ウォール街では、再びトレーダーたちが戻ってきて、バカ高いシャンパンやワインを酌み交わす場面が多くなったという。アメリカという国の連中は、保険よりも、チャンスを求めてリスクを抱えることで勝負しているのだ。他人よりもいい暮らしをしたい。金を稼ぎたい。もちろん、トレーダーたちのやっていることは、守銭奴であり、金が金を生むギャンブルをやっているようなものなのだが、法律に違反しているわけではない。資本主義の社会では、成長の見込みのある企業は社会から資金を調達してより大きな事業にチャレンジする。その金がどんな金だろうと知ったことではない。ましてや、法律に違反しているわけでもない。せいぜい規制がかかるくらいだ。
中国では、彼らアメリカのトレーダーたちに憧れて、彼らが著した書物を買いあさって、トレードしているようである。拝金主義の横行が社会問題になりつつあるが、もう、彼らをとめることはできないだろう。
世界経済は、ようやく底を打ったといわれているが、果たしてそうだろうか。私は、2番底が来ると思っているうちの一人だ。実体経済に及ぼす影響は時間差がある。そして、胎動のように、社会を揺るがす。100年に一度という信用破壊は、短期的にはドルの急落によって安定するだろう。しかし、その後には、莫大なドル建ての借金が膨れ上がるのであり、その後始末を日本もすることになるのだろうか?

ビッグアイ、大分トリニータというのは、シーズ(種)なのだ。ニーズがあったわけではない。芽を出し、根を張って、葉を出し、丈が伸びていき、枝が伸び、木となった。これが、巨木となり、林を作り、森を形成するためには、まだまだ長い月日と計画的な手入れが必要だ。(神宮の森は人の手で造られた。役割を終えた木は死に、次の木にバトンタッチしていく。松から杉、ヒノキ、そして広葉樹林へ。同じことなのではないか?)
需要と供給の法則はいかなる状況においても貫徹する。大分にトリサポがある限り、大分トリニータはなくならないだろう。ここまで育て上げられたのはトリサポの力があってこそだ。サッカーではサポーターの存在が無いところにはサッカーが育たない。
ゴール裏サポが出した弾幕による抗議は、それはそれでいいと思う。きれいごとを言っている場合じゃないということだ。言わないよりは言った方がいい(ただし、蔑称は良くないか。言葉の暴力はほどほどに。行き過ぎはあった、と言える。)。それは、クラブ側に対する挑戦なのだ。クラブ側は、結果で答えればいいことだ。

トリサポはまた一歩踏み出したということだ。

さあ、みんなで森を造ろう。
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by worsyu | 2009-09-15 13:29 | 地域ネタ | Comments(0)
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