一人一人の思いが大切

すぐれたハード、ソフトのシステムがあれば組織は勝手にそれに順応する。自然に利益率が上がりより新しい組織のあり方が自然に出来上がる。そういうものだ、と、最近まで思っていた。変化する需要に対応するために供給側も変化しなければならない。ただ、変化が急な場合、そうした手法は後手に回ることが多い。対応するスピードが遅くなってしまい、しかも変化のコストが存外に掛かってしまう。費用対効果の面で効率的でないのだ。
対応する組織員の意識が旧来のままだと、その変化による利益も一時的なものになってしまい、時が経てばまた同じ過ちを犯し続けてしまう。組織としての進化はなされていないということだ。重要なことは、組織を形成している個人がいかに意識を高めていくか、同じ目的意識を持って行動できるかに掛かっているということなのだ。

このことに気づくに至ったのは、福沢諭吉翁のおかげだ。私の解釈の仕方が正しいかどうかはわからないが、日本が明治維新を達成し、旧社会から近代社会へと急激な変化を受け入れた背景には、黒船来航以来、西洋文化と近代化を積極的に受け入れようとする日本人たちと旧来の社会を維持しようとする日本人たちとのせめぎあいがあった。明治維新までが10年あまり。その後も近代化を進めていく。この助走期間があったからこそ成し遂げられた、といえる。急激に変化させようと上から押し付けても大抵は失敗する。

「学問のすすめ」は1872年に初編出版。以来、8年間で70万部。最終的には300万部売れたという大ベストセラーだ。彼の言葉は庶民にもわかりやすくしているため、文体が面白いし、血が通っていて時に痛快である。反面、誤解を招く表現もある。
回り道と思っても、庶民、底辺の構成員の意識を変えていかないと、社会の進歩は無いということ。そのために学問の有用性は広く理解されなければならない。批判精神は人生を豊かにする。

さて、ファンボ監督のインタビューを見た。この人は、なかなかの教養人である。私の意と同じ面を見つけた。なかなかなものである。以前の自分のやり方に対して反省している。失敗から多くを学んでいる。経験は人を大きくする。

昔、日本は、札幌オリンピックの開催が決まって参加した大会(グルノーブル)に大量の選手団を送り込んだ。しかし、メダル0入賞0の惨憺たる結果となった。その時に踊った新聞記事の見出しは「最初〇〇後反省」。
札幌オリンピックでは、日の丸飛行隊(カミカゼ)が70メートル級ジャンプで金銀銅と表彰台を独占した。それには、100日にも及ぶ代表合宿。海外戦の経験を積ませたことなどがある。

今のサッカー日本代表において海外で戦っている選手が何人いるというのか?
世界を意識している?本当に世界を驚かそうとしているのか?そのためには、世界のトップを知り、対策を練り、技を極める努力をすることが必要なのではないか?今の日本の姿はまるでハンドボール日本代表の戦いを見ているみたいだ。
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by worsyu | 2010-02-11 15:25 | ひまネタ | Comments(0)
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