永井秀樹の生き様

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大分合同新聞のサイトに永井秀樹のエッセイが載っている。読むとなかなかいい。彼の風貌や雰囲気はどこか格好つけで、クールでといった感じなのだが、この文章から感じられるのは、純粋に大分を愛し、トリニータを愛し、サッカーを愛した男そのものがあった。彼を誤解していた部分があったように思う。
残念ながら彼の勇姿は、大分ビッグアイでは見られなかった。ビチュヘが退団した後、彼の登用があるのでは、といったかすかな期待もあったが、なされなかった。肉離れによる故障からその機会を失った。夏の犬飼グラウンド。西山、伊藤とともにリハビリを行う永井の姿があった。自分の力を信じ、いつでも出られるようにトレーニングを怠らず、自分の体と相談しながら技を磨いていったのだろう。
彼の想いは、故郷を離れ、大分を愛する多くの大分生まれの人々の胸を打つ。そんなにまでして故郷を愛することができるのはなぜか。本当なのか。都会の顔と故郷に帰った時の顔がまるで違ってくる。都会でのクールなポーズは、自分を信じ、自分を守るためにどうしても他人を排除しようとする癖のようなもの。田舎に帰り、友と話していくうちに、いつの間にかそうした垣根が低くなり、反面、自分を高めることを辞めてしまう。戦うことを放棄してしまう。心は安らぎ、自然と同化しようとする心に身を任せてしまうと、嫌なことは全て記憶のかなたに遠のいていく。心の安寧と戦う気持ちを同時に持ちつづけることは、非常に辛いことだと思う。もちろん、彼はプロであるし、毎日が勝負、1分1分が勝負だったに違いない。甘えず、ひたすら練習に励んでいた姿が目に浮かぶ。若い選手たちは、そうした彼の姿を見て何かを感じて欲しい。
大分という故郷での1年間は彼にとって自分を見つめる貴重な1年になったことだろう。
今後、大分トリニータとどういった関わり方をしていくのかどうかわからないが、彼を陰ながら好意をもって見守っていきたい。
永井秀樹。大分トリニータ33番。確かに彼は、ここにいたのだ。彼を通じて大分トリニータの素晴らしさを確認できた人もいると思う。
愛に包まれたクラブであることが本当に素晴らしいことなのだよ。
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by worsyu | 2004-12-14 17:47 | サッカー | Comments(0)
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