山崎ハコの世界

山崎ハコが歌っている姿、そして歌を久しぶりに見た。そして聞いた。BS-2のフォーク特集の番組で。
もちろん、デビュー当時の少女っぽい外見は無くなったわけだが、声は変わらなかった。これは本当に不思議なことなのだが、まるで変わらない。時代を超えて漂う声のように聞こえた。
今回、東北大震災の後に聞く彼女の歌は、なぜか、以前よりも素直に聞き入れることが出来る。時代の波に、今、合っていると感じる。

北原ミレイの「ざんげの値打ちも無い」をカバーしていたが、はっきり言って、オリジナルを凌駕している。なぜなら、山崎の中にある少女性がなければこの歌は成立しないからだ。
50歳を過ぎてもなお、この少女性を持っている山崎はすごい。
続いて歌ったのが、17歳の時に作ったとされる「望郷」。ふるさと日田を離れ横浜で孤独を味わいながら作ったとされる。この歌の歌詞では、山中にある田園風景や神社の境内の情景が浮かぶ。そして、最後にふるさとの家がもう存在しないことを語り、根無し草である自分を思うという内容だ。
この歌を震災に遭われた東北地方の方にぜひ生で聞かせてあげたい、と思った。勇気が出るというよりも、深い傷を舐めあうということなのだが、それでも、悲しみを共有できることで、いっしょに生きていくという気持ちが湧き上がると思うね。

山崎ハコは、今、輝いていると思った。70年から80年代にかけての当時は高度経済成長の後の調整期を経て成熟社会へと変遷する過渡期。彼女の個性は余りにも強すぎて、嫌悪感を持つ人もいただろう。時代は軽さを求めていた。フォークとは青春の甘い感傷に過ぎなかったのだ。偽りの夢物語だったのだ。
しかし、今、大震災が起こり、経済的にも絶頂期を過ぎ、下降線を描いている中で、文化的には成熟から爛熟、そして没落期へと向かいつつある。
山崎の歌は、今は心に染み入る。何の抵抗もなく歌声が耳に入ってくる。当時彼女に付着していたいろんな飾り言葉が取れ、生のままのむき出しの山崎ハコは、むしろ、今の方が生き生きと見える。

山崎ハコの世界とよく言われる。それは独特な、一種おぞましいくらいの暗い世界だった。しかし、今は、その世界の中にいてもそんなに居心地は悪くない。別に、満たされないもの(感傷)を求めているわけでもないのだが。時代が彼女を表舞台に引きずり出してきたような気もする。
森田童子は時代に飲み込まれ、中島みゆきは時代を乗り越えて颯爽と生きてきた。対する彼女は、ただ、歌って来ただけ。今も昔も変わっていない。歌い続けてきたことで、無駄なものが脱げ落ちて素の自分を取り戻していったんだと思う。自然のままの表現者としての山崎の今の姿は格好いいと思う。
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by worsyu | 2011-04-01 12:34 | ひまネタ | Comments(0)
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