サッカーの話ではありません

サッカーの話ではないので、悪しからず・・・

私の最近のお気に入りは、ビヨンセだ。頭の中はsingle ladiesの曲が流れている。
ところで、日本でビヨンセと言えば渡辺直美だろう。
彼女のブヨンセ芸は本当に素晴らしい。クオリティの高さは日本に留まらず、海外でも通用しそうだ。一部のアンダーグラウンドならば。しかし、だ。しかし、彼女のコピー芸は一種の差別に基づいている。だから、やはりこれはまずい。
ビヨンセは、今やアメリカを代表するアーチストの一人。しかも、あのミシェル・オバマの親友。肥満防止のための小学校での体操をビヨンセが作ったそうで、その彼女をからかうようなころはご法度ものだろう。グラミー賞歌手だし。マイケルとは勝手が違う。

日本人にはわからないこの差別という問題。
たとえば、「ちび黒サンボ」がなぜいけないのか?理由はサンボという名前は黒人に対する蔑称だから。設定がどこかバカにしているから。(元々はこの童話はインドの話なのに、それをアフリカの話にリメイクして流布してしまったという経緯がある・・)
ハリウッドの映画もいつの間にか黒人を多様するようになったし、悪く扱うことができにくくなった。

この黒人に対する扱い方に神経質になるのは、以前にも話したが、欧米が奴隷貿易をしたことに起因する。高校で世界史をちゃんと学習した人はわかるだろうが、欧米人はアフリカの黒人を奴隷船に詰め込み、人身売買をしてアメリカに物として運んだ。そのうちの半分は船の中で死んだそうだ。
人類が近代化への産声を上げた時、その犠牲となったのが黒人なのだ。
この傷はいつまでも消えない。白人たちは黒人に対して、頭が上がらないのだ。罪は永遠に消えない。しかし、心の底ではどこかで蔑視している部分がある。自分たち白人が一番優れている、高貴な人種だと思っている。白人の中でも、北欧と南欧、東欧、西欧で格付けすることもある。
日本人は格付けが好きだから、北欧の白人系を羨望のまなざしで見るきらいがある。

マイケル・ジャクソンもそうだが、ビヨンセにしても、まだ過渡期。黒人がアメリカの社会の中で受け入れられるために、苦闘している。彼女がウィッグをつけたり、整形で鼻を高くしているのは、白人社会に受け入れられやすいからだろう。

日本人は無邪気にそうした白人化した黒人に対し綺麗だと純粋に思い、何の意識もなく、黒い肌への憧れ、スレンダーな容姿への憧れを思う。
そうした中で、ちょっと茶化したジョークを飛ばす。これは、非常に際どい。本来、差別的言動になるものが、日本人が言うとそうはならない。
ここに差別というものの不思議さがある。つまり、歴史なのだ。(日本人の場合の差別は、血による差別という側面が大きい。穢れというものだ。しかし、これは世界的には通用しないだろう。だからといって日本の特殊性を前面に出して、論じるのにも無理があるだろうか・・・理解されない。)

ちなみに、中国人に対して「シナ人」という蔑称を連呼するどこかの知事がいたが、彼は、差別という意味を知らないのだろう。世間知らずだから仕方ないのだろうが・・・・(今でも言っているのかどうか知らないが・・・・)

まあ、この差別問題というのは多分にサッカーとは関係しているわけで・・・我々も神経質になって考えるべき問題だろう。(世界の)価値観の共有を求められる。個人の主観は問題にならない。注意すべきだろう!!
大分もサッカーと通じて世界と繋がっているよ。高度な倫理観が必要だ。
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by worsyu | 2011-06-06 16:01 | ひまネタ | Comments(0)
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