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聖者の行進ではない

なでしこ優勝から26時間が経過した。
リアルタイムで観戦できたことは幸運だったと思う。
感想は、監督から見ると、情のサッカーが理のサッカーを上回ったということ。
もちろん、選手個々の技術や体力、戦術などは綿密な計画と計算を建てていたと思うが。
しかし、ドイツにしろ、アメリカにしろ、計算の上では日本に負けるはずがないと思っていたはずだ。しかし負けた。なぜなんだろうか。
ドイツやアメリカでは、特にドイツでは、この結果を受けて、原因の究明が行われるだろうし、その中心となるのが監督批判だろう。

アメリカは不調な選手に代え、中盤で機能する選手を登用する。スピードのある選手を入れ、裏のスペースを狙った。非常に合理的な考え方だ。機能しなければ選手の力が足りないからだ、という考え方。
それに対し、日本は、後半、永里を使ったことで佐々木監督の情の部分が出たと思う。私は、おそらく、使うだろうと思っていた。その判断は理の部分では間違いであり、情の部分では正解なのだ。
なぜ、永里を使う。信じられない。敢えて不調で悩む永里を使う。何故なんだろうか。
結果として、先制点の縦パス一本の原因を作ったのは永里からだし、PKにおいても外した。しかし、同点に追いついた場面では、右サイドから何とか中央へ戻した。丸山がつぶれ、こぼれだまを宮間の芸術的なアウトサイドで押し込んだゴールに繋がった。
弱い部分を持ちながらも、そうした部分を持つことで却ってチームのカバーリングや集中力を高めていった。
こうした考え方は、おそらく、日本独特であり、他国では理解されないだろうし、日本の解説者やサッカー関係者においても理解されないだろう。
共同体としての強さを高めることを主眼に置き、カバーする力、集中を切らさない努力、支えあう力をつけていった。
その中心にいたのが澤であり、佐々木監督はこの核-カリスマを活かすために腐心している。

結果として、情に頼ったサッカーを貫いたことで、日本女子の精神力を発揮させ、力を出し切った。
もし、負けていたら、永里は批判されるだろうし、彼女を使った監督は批判されるだろう。
しかし、勝った。逆に言うと、永里を使ったからこそ勝てたとも言えるわけだ。

このチームは最高だ、と皆口々に言う。それは、個々のミスを含めて分かり合っていること、許しあえること、カバーすることを厭わない愛を持てることにある。寄せ集めてできたチームにそれを根付かせるためには、澤という存在が絶対必要だったということだろう。他国のどのチームよりも、その面が抜きん出ていた。
諦めない。ミスは誰でも起こすもの。でも、それをカバーすればいい。弱さが強さに変わる。

結果が全て。これは戦いである。勝てば肯定されるし、負ければ否定される。アメリカは負けた。彼女たちはどこに間違いがあったのだろうか。おそらく、運ということに行き着くのだろうか。
それでも、パワーとスピードに頼ったサッカーの終焉を告げる契機になったと思う。パワーとスピード、それも大切だが、それに頼りすぎると負けてしまうということだ。
今回は負けたけど、次は負けない。ドイツもアメリカもそう思っているだろう。パーツを代えて、戦術を少し変えれば勝てる。

なでしこは侍だったということ。愛を持ちプライドを持った侍たち。

アメリカのGKのソロは言った「彼女たちはスーパーボウルで優勝したニューオリンズ・セインツに似ている」と。
おそらく、これが多くのアメリカ人にとって一番納得のいく答えだろう。

聖者の行進ここに完結!

しかし、この意味は大震災からの復興という使命を帯びた聖者には誰も適わないという意味であり、それは一過性のものだという意味だ。

アメリカはBig troubleという一言で済ますつもりだ。悲しむことは無い。我々は何も間違っていない。事故に遭っただけ。次は必ず勝つ。負けることは無い。(おそらく、そうでも思わないと、一般大衆は我慢できないだろう。暴動が起きてしまう。)

なでしこの花が咲いたとするならば、これからが大切。オリンピックはもちろん、次回のワールドカップに向けて、もう戦いは始まっている。
奇跡で終わってしまうのであれば、つかの間の歓喜(夢)で終わってしまうだろう。

アメリカに勝つではなく、勝ち続けることが大切なのだ。それを忘れてはいけない。

ところで、マスゴミが大震災と結びつけて浪速節仕立てで盛り上げようとするが、それは違う。それでは彼女たちをけなしているのに等しい。そのことを気付いてほしい。
どこかで彼女らを軽く見ている。低く見ている。男尊女卑の関東メディアならではの仕打ちだということ。アメリカの工作だということも。
宮間は明確に否定している。すばらしい。
マスゴミは東北の震災者の側に立つフリをすることで免罪符を得たかのごとき振る舞いをする。弱者の立場にいることで何でもできると思っている。不愉快極まりない。
弱者のエゴをまとってマスゴミの暴走が看過される。羊の皮をかぶる狼よろしく、震災者、東北が今や羊の皮となっている。

大分の人たちは、彼女たちの功績を正当に評価してほしい。マスゴミに騙されないように!!!もちろん、過大に評価してもいけない。冷静に。

大分からなでしこへ。
冷静に関係者たちは精進して欲しいし、暖かい目で見守って欲しいし、支援して欲しいね。
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by worsyu | 2011-07-19 11:08 | サッカー | Comments(0)
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