マツコDXが受けるわけ

「マツコ&有吉の怒り新党」が面白い。
マツコデラックスはコラムニストなんだそうだ。オカマと呼ばれる人たちがコメンターをしたり、評論活動するというのはこの国では認められている分野である。
それは歌舞伎という文化があるように、両性具有であることで一段高い位置にいることを認められている。それはおぞましい存在、畏れの対象として揚げることで不可侵の領域とされるのだ。
実はこれはおかしなことで、言う人が変われば絶対に認められない言動もオカマならば許されるということがあるのだ。オカマなんだから仕方がない。つまり、彼らが背負っている負の重さがエゴを正当化させるのだ。女だったら生意気になる。男だったら非難されることが、聖域にいる存在であるがために非難されないのだ。
同じことはタモリにもたけしにも言える。タモリは斜視(弱視)であるし、たけしは顔面麻痺である。この弱さこそが強さなのだ。聖域になる。いわゆる「弱者のエゴ」なのだ。
これは芸能・お笑いだから許されることでもある。しかし、これが政治の世界でも結構通用することがある。これは日本的ファッショともいえるだろうし、政治のレベルが低いということでもあろう。政治家が低いのは言うまでもないが、それを支持しているのは庶民なので、そのあたりはわれわれも騙されないように勉強しなければならないだろうね。

有吉はうまいことマツコの前ではいい子になっている。子供ぶる、わがままに振舞うことで非難を交わし、当たり障りの無いところで納めている。結局は自分の身の回りのことや芸能界という場でしか毒舌が通用しないことを知っている。だから、マツコに同調できる範囲は限られている、

夏目三久は、お嬢様である。あの髪型はエポックだ。黒髪のショートボブにしたことで彼女の個性が際立った。彼女の素が出ている。育ちの良さや関西弁を封じることで建前の権化と化しているのだ。
この強烈な個性の2人に対して堂々と自分の意見を建前として言えるのは、彼女が本物のお嬢様だからだろう。少なくとも演じている。それが可能になったのもこの黒髪のショートボブのおかげだろう。日本女性はこのショートボブで七難隠れるね。見事である。

この3人のキャスティングは見事である。
これまでの多くのトーク番組で行われてきたライターによる脚本仕立てではない本気トークが見られるのがすごいのだ。くだらないボケだとか突っ込みだとか関係なく、問題提起-意見-反論-妥協-結論という世間一般の流れがこの3人で演じられる。立ち位置としては、マツコが異論。有吉がお太鼓持ち。夏目がお嬢さん。これがすごいのだ。

もちろん、マツコがいなければ成立しない番組である。敬愛するナンシー関女史がそうであったように、マツコの健康状態が心配である。このままだと、おそらく、2年~3年以内には倒れるだろう。マツコがTVで見られるのも今だけだろうか。だから、あまり非難されないというのもある。
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by worsyu | 2012-01-26 12:38 | 芸能ネタ | Comments(0)
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