スギちゃんの面白さ

スギちゃんの面白さをわかっている人が果たして何人いるだろうか?
何となくおかしいから笑っている人も多いだろう。
しかし、これにはちゃんと説明がつくことなのだ。

まず、彼が使っている語尾に「だぜ~」だが、これは江戸弁の銀座界隈で使われていた商人弁だ。
考えてみて欲しい。東京の中心はどこだ?旧江戸城-皇居だ。そこから放射線状に広がっていく。外に行けば行くほどダサくなるというわけだ。
昔、銀座、日本橋は商売をやっている人ならいつかはそこに店を出したいと思っている場所。そこに住んでいる人たちは一種独特の選民思想にとらわれる。そこで生まれたのが「だぜえ~」である。キザなのである。
粋な領域に住むプライドから、それ以外の人間に対して上から目線で物事を言うようになる。ダメだしをする。
江戸でのこの粋に関する固執は異常なほどで、山の手の外は下町であり、川を越えたらそこからは武蔵野の荒野原という感覚がどこかにある。
それがあるから、未だに郊外に住む人間をからかう事で笑いの対象にしたりするのだ。
今ではその差別というものは実態が無いから笑って済まされることなのだが。
だから、千葉、埼玉が異常にばかにされたり、栃木、茨城、群馬を途方も無い田舎者扱いすることも、実態のない中では笑いの種となるのだ。

さて、スギちゃんのおかしさだが、彼はその上から目線の「だぜ~」を使ってダサいことを堂々とやる。そのギャップがおかしいのだ。そこにワイルドという野暮ったい価値観の言葉で決める。
銀座言葉の歴史を知らないと、本当のおかしみは理解できないだろう。東京以外の人にとったら何のことやら全くわからないだろう。

同じように「だぜ~」を使う人がいる。石原都知事だ。以前にも指摘したが、彼は東京生まれでも何でもない
父親は愛媛県、母親は広島県。兵庫、北海道、神奈川と移り住み、学生時代は東京にいたかもしれない。そこで覚えたのだろうか。
私は、彼の使う銀座弁がおかしくて笑っていたが、世の中の人々は真面目にすんなりと受け入れているようである。
石原氏の青年将校気取りの右翼の火遊びに都民が手をたたいて喜んでいるのにもちゃんとした理由があるのだ。
洗練さの権威を示す言葉であるから、中身がない(くだらない)こととのギャップでおもしろいのだ。
笑われていること=受けていることにも繋がるわけで、彼が人気があるのもわかる気がする。
「尖閣買っちまったぜ。金なんかないぜ。寄付金と税金だぜ。ワイルドだろ」
(しかしまあ、いいかげんに飽きないかなあ都民も。新銀行東京が破綻すればすべては明らかになるんだろうけどね。)

わかったかなあ?
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by worsyu | 2012-05-17 18:30 | 芸能ネタ | Comments(0)
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