村山談話なるもの

中国各地で反日運動が起き、日本人への暴力や嫌がらせが頻発していると言う。
私は、とりあえず中国に滞在している大分県人に対して言いたい。
「お前は日本人か?」と聞かれたら「はい、でも大分県人です」と答えることを勧めたい。
これがどれだけ効果があるかわからないが、生命の危険が生じた時にはその一言が緊急避難の防御として機能する可能性があるからだ。
さらに「村山富市故郷」「長眉毛老人」でわかるだろう。

背に腹は変えられない。ここはひとつ思想信条は捨てて、命をつなぐことが最優先されるという意味で使ってみてはどうだろうか?

先日、TOSの「ハロー大分」で村山元総理が大分の中心地域を散策するという企画があった。御歳88歳だそうだ。元気である。何よりもしゃべりが達者だ。これは100歳まで行くな。
クリントンがオバマの応援演説に出てきたが、どこか病気でもしたのかというくらい痩せて、しかも声に元気がない。一方、トンちゃんは元気そのものだ。
あの時、また、中国へ行く、なんて言っていたが、本当に行くのだろうか?

改めて、「村山談話」なるものを読んでみた。感想は至極全うな話だし、歴代総理が踏襲し、また、日本政府の公式な立場を表したものとされているのもうなづける内容だった。読んでいると単に官僚がこしらえた作文ではないことがわかる。村山氏の加筆があったことが推察される文章だ。

右翼ならびにネトウヨならびに無知で感情的な愛国者の方々は、この談話からいろんなものを結びつけて過剰に拡大解釈をして逆に日本を辱めている気がする。

必要以上に謝る必要はないし、補償問題はすでに解決していることだ。日本は十分戦後処理をしてきた。

村山談話は外圧で発せられた言葉ではない。日本自らが過去の反省と未来への友好への基となる立場を表明したものだ。それ以上でも以下でもない。
戦争時の事実関係や研究はもっとやるべきだと語っている。その通りだ。また、偏狭なナショナリズムを厳しく戒めている。これは現在の韓国、中国に当てはまることであって、日本はその状況にはない。

今後成立する政府が、この村山談話に加筆、修正を加えることは、別にかまわないと思う。ただ、その精神は多くの日本人の純粋な気持ちを代弁している。それを利用する輩はそれだけの意識だということだ。中国にしろ、韓国にしろ、右翼にしろ。同等のレベルにしかない。

これが今の日本人の若者の姿である。清掃作業という文化はもっと日本人という存在をアピールする文化となるだろう。
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by worsyu | 2012-09-15 12:38 | 時事ネタ | Comments(0)
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