モラルというやつとの危うい関係

尼崎で起きた列車脱線事故は、日本の安全神話が幻想であったことを思い知らされた。
しかし、あのマスコミというか記者の正義漢ぶった、まるで国民の声を代弁しているかのような高圧的なイジメに近いいちゃもんつけには辟易する。最近の日本の記者どものレベルの低さには驚く。あんたらは芸能レポーター以下だよ。モラルがない。節度がない。弱者のエゴを悪用しているだけだ。
あの和歌山幼女殺人事件の時の遺族によるマスコミ批判は記憶に新しいが、大分でも、野津町で起きた一家6人殺傷事件での中央から来たマスコミの振る舞いは関係者の間で話題になった。死者の顔写真を撮らせろと迫ったり、遺族に対する容赦ない質問、タバコの吸殻なんて当たり前、地域の人たちは中央のマスコミの「国民の知る権利」とやらをまるで錦の御旗のように振りかざして振舞うやり方に憤りを持っただろう。多くの国民が、この権力を振り回すマスコミたちにうんざりしている。取材拒否をすることを奨励したい。いっそ、ネットで公開した方が遺族の気持ちは伝わるだろう。そこに映像をはさむことは難しいかも知れないので、ネットとTVの住み分けは必要だが。
北朝鮮や中国などの国に我々の求める人権はない。しかし、日本だって、せちがらい出来事で心が傷つくこともある。人の心を無視したやり方が横行している。
柏で起きたサポーターによる乱闘事件もそうだ。情けない限りだ。大分ではまだここまではいかない。でも、大分のサポーターの中にも無神経なやつがいる。駐車場への帰り道に相手チームの悪口を言いながら歩いている輩である。私が見たのは女どもだった。情けない。そういうことは言うべきではない。品性が下劣だ。
田舎ならではの、嫌な部分である。無神経というやつだ。
大分市だけかも知れないが、車の割り込み方が強引過ぎて神経を疑ってしまう時がある。東京だったら間違いなく殴られるか車のボディーをへこまされる。
買い物のレジに並んでいて、知り合いの人間を呼び込んで列に入れる人が居る。驚きだ。これも間違いなくモラル違反だ。
特売などで朝から並ぶ行列も交替で番をして大量に割り込む連中がいる。東京だったら間違いなく袋叩きだ。これをやっているのが学生たちだから情けない。大分では、学生は特権階級として保護されているのか。
都会は人が多いから自然と公衆モラルが形成されている。それに順応しない輩は田舎者として馬鹿にされるか非難される。
田舎は人が少ないから公衆というものが存在しない。弱肉強食社会。強い者がモラルを作る。弱者はそれに従う。
田舎で強い者とは?くだらん連中ばかりだ。
ただ、トリニータサポは良き指導の下育って欲しい。サッカーの公衆モラルを大分で作って欲しいのだ。
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by worsyu | 2005-04-26 11:18 | 時事ネタ | Comments(0)
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