サッカー文化の浅さ

W杯を見ながら、いろんなことを思う。
あらゆる手を使って勝負にこだわる選手、チームがいる。選手生命を掛けている選手もいる。こぼれ玉を狙って、少ない確率であろうと可能性に掛けて走りこむ選手がいる。汚いプレイは、見ていて腹が立つ。そこまでやるか。マスコミや選手、監督、サポーターが相手をなじる。けなす。そして相手の士気を低くさせる。フェアプレイのかけらも感じない。
これがサッカー最高峰の試合なのか。

今回、日本が一次予選を敗退したことについて、日本の多くの人は当たり前だと思っている。現に事前に行った市場調査で60%の日本人が負けると言っているのだから。そして、その賢明なる日本人以外で喚いているのは、いわゆる代表ファンのミーハー達ならわかる。しかし、サッカーを見る目を持っている人たち-サポが選手や監督を必要以上に非難するのは間違っている。マスコミへのメディアリテラシーを持たず、鵜呑みにし、踊らされたことの仕返しに怒っている姿は軽薄だ。
理性的になり、何が通用し、何が通用しなかったかを検証するべきだろう。われわれの中だけでもいいから。責任論にすりかえるのは、解決にはならない。そこに終始すれば、今までのW杯から何も学ばなかったに等しい。野球との文化程度の差を感じる。

オシムサッカーは韓国サッカーに近いものになるだろう。
一言で言えば寒いところのサッカーは走り回り、体をぶつけ合う。やっている方は疲れる。一方、暖かいところのサッカーは、必要以上に走らない。技術を使って相手をかわし、安全な味方にパスを出す。楽しいサッカー。
日本は、走ることの意味がわかっていないし、パスすることの楽しさもわかっていない。日本のサッカーは代表のサッカー以外にない、と一言で言うオシムは大法螺吹きだ。
有能な経営コンサルタントは、現組織を否定的に捉え、そして、再構築する際には抽象的な言葉で説明し、煙に巻く。
ラグビーを見ればわかるだろう。日本ラグビーは世界の壁に何度も跳ね返されながら、苦悩しながら前に進もうとしている。中田が発した日本人の俊敏性云々もかなり前からラグビー界では言われていた。しかし、まだ、解決の糸口は見つからないでいる。

もう、代表の話はやめよう。
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by worsyu | 2006-06-29 17:50 | サッカー | Comments(0)
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