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ビデオ判定導入を望む

昨日の出来事。自転車で狭い歩道を上っていると上から高校生が数名下ってきた。すぐ横は段差がある車道で、転げたら大事故につながる。私の前に70歳前ぐらいの老女らが自転車を手押しで上がっていた。彼女らは止まって彼らを行くのを過ごした。私は、彼女らと高校生らに前を阻まれ、速度を落とした。
高校生らが通り過ぎた後、彼女らのわきをすり抜けた。一瞬、振り向いた彼女らの一人は小声で「すみません」と言った。
「いえいえ」
思わず口をついて出た言葉だった。なぜ謝る。悪いことをしているわけでもないのに。でも、それは反面どこか昔の日本の心の美しさを思わせる言葉だった。

埼玉で起きた市営プール事故で思うのは、都会で起きた事故と地方で起きた事故との違いについてである。マスコミへの取り上げられ方がその事件の方向性をも決めてしまうという懸念だ。レバノンでは多くの子供が爆撃の犠牲となっているが、平和日本の中で起きたショッキングな事故の方がわれわれには身近の問題として関心が集まる。それはそれで仕方の無いことなのだが。責任論、コスト論に精神的負担の価値が投影される社会に現代社会はなってきている。

大分市内で、道を歩いていていきなり見ず知らずの少年から「こんにちわ」と言われるとドキッとしてしまう。「この子とどこかで会ったかなあ」と。しかし、最近、それが煩わしく思えないようになってきた。「やあ、こんにちわ」と返せるようになっている。
「挨拶は人を笑顔にする薬」
しかし、会社などでは、なぜかこの挨拶が行われない。私がしても無視されるか不機嫌そうに小さく返されることが少なくない。企業文化の程度はまだ低いなあと思う。
人と人との距離。特に他人との距離をどのくらい置くかは、国によってもその土地土地によっても違う。
先日の川崎戦で起きた退場劇では、ビデオ判定の導入を私は提言したい。(大分トリサポは訴えてもいいと思う)それは上本を擁護しているわけではない。彼の不正が明らかになれば少なからずトリサポはブーイングするだろう。われわれは誇りを持てるチームの方が好きだからだ。
そして、この騒動に関わっている家本、廣島、上本、ジュニーニョ、関塚にはそれぞれ問題ありと思う。しかし、その上で疑わしきは罰せずという社会原則を貫く勇気を家本には持って欲しかった。

浦和との勝点差:
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by worsyu | 2006-08-01 10:59 | ひまネタ | Comments(0)
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