金八先生の限界

武田鉄矢氏が今問題になっている中学生のいじめについて語っている。
彼の考えは竹を割ったようにスパッとしていて気持ちがいい。しかし、その反面、危うい。
このあたりはゴーマンかましている小林よしのり氏や県北出身のE氏にも通じるものを感じる。
福岡は暴力事件やけんか、いじめが多い。それは、社会がそれを許す根っからの男社会というのがある。同じ九州でも大分とはちょっと違う。よく言えば無邪気、正直。悪く言えば無神経、無節操。
たとえば、彼はよく差別発言をする。それは、当たり前のように発せられる。時として何が差別かわからない場合もある。それは方言を使って意識的に田舎者を演出し、自分を低くする態を演出することで笑いの中で真実を薄めるからだ。
たとえば、黒人に対して「色が黒かねえ」とか言う。白人に対して「目の色がきれいか」とか、「舶来の人は違うばい」とか。これは感じたままを口にしただけなのだろうが、その裏には人種差別がある。方言により無知を演じ、差別批判から逃れようとしている。言葉は汚いが心は純なのだ、と。
しかし、これを先生がやったらどうなるか。
自分がかわいいと思った女の子に対して「かわいかねえ」とか「胸が大きくならんしゃったねえ」とか「きれいな足ば投げ出してもったいなか」とかやったら、これはセクハラだ。成績の悪い生徒に対しては「お前頭悪かなあ」とか「家が貧しいんか」とかいろんな差別発言を方言で思い存分かましている先生が福岡ではいっぱいいるだろう。福岡では笑い話なのだろうが、それが全国に通用するわけが無い。ましてや大分ではNOだ。ある意味大分は九州でも異質と言えるが。
とにかく、いじめる生徒よりもいじめられる生徒に問題があると言うあたりが既に問題か。犯罪まがいのことが密室で横行していることを知らないのか・・・・
金八先生とは、田舎から出てきた熱血教師が東京の生徒(常識)にぶつかっていく姿が面白かったわけだが、そんな理想の先生(心が通い合える)がいるはずは無い。それを許す学校も生徒もあるはずがない。あるとすればそれは福岡の筑豊ぐらいだろうか。しかも、その中で弱い生徒は耐えているのだが。地域が隠しているだけ。
逆の設定はもうはるか昔に元がある。夏目漱石の「坊ちゃん」だ。しかし、それは笑えるはするが、都会と田舎の対立という悲しい現実をも浮き彫りにした小説だったはず。

武田氏も十分わかっているはずなのに罪作りなことをするものだ。
[PR]
by worsyu | 2006-11-10 14:11 | 時事ネタ | Comments(0)
<< 負けたか 国立へ向かって >>