それでも日本は生きている

野口悠紀雄教授の「資本開国論」というのが面白い。
大筋は、日本経済が「ものづくり」に固執しすぎて、資本の自由化が遅れ、世界経済の流れから取り残されてしまったと指摘。
外資を積極的に取り入れ、自由化する。低金利政策、円安誘導政策を辞める。そして、対外資産運用の効率化を唱える。
ケーススタディとして同氏はイギリスを例に出している。
「ウインブルドン現象」という言葉を使って、金融自由化や規制緩和の必要性を述べる。つまり、テニスが行われている場所はイギリスだが、プレイしているのは一流の外国人プレイヤーばかり。つまり、場所や人材は提供して一流の競争力のある外国企業を歓迎する。そして経済は潤うというのだ。

戦後陥った経済不況は当時、「イギリス病」と呼ばれた。70年代、「ゆりかごから墓場まで」をうたい文句にした高福祉国家の実現は、もろくも崩壊した。そして、イギリス経済はどん底に陥った。
イギリス経済の復活では、マーガレット・サッチャーが登場する。
今では、当たり前のように言われる「小さな政府」を政策として始めた人だ。公的分野への市場原理主義の積極的導入と国営企業の民営化。規制緩和と緊縮財政、法人税の緩和、消費税導入、高金利政策など、マネタリズムの経済政策をおおよそ実践した。「鉄の女」と呼ばれ、新保守主義、新自由主義の代弁者となった。
レーガンは同調し、中曽根首相も国鉄民営化や行政改革などで、政策を踏襲したのだが・・・

さて、小泉さんは何だったんだろう、と、今、考えると、やはり、サッチャーとレーガンのリメイク版だったのでは、という気がする。落ち込んだ経済にショック療法を行い、パフォーマンスでナショナリズムをうまく利用した点も似ている。ドン底の経済を立て直すには適任であったし、うまく演じた。彼らの登場と退場は、また、歴史の必然だったのだろう。

先日、「党首走る」という番組をNHKがやっていた。
安倍さんの語る言葉には魅力がない。動員された信者が手をたたいているだけだ。多くの自民党を支持する人も鼻白んでいるようだ。一方、小沢さんの語る言葉には熱がある。聞いている人は手をたたいたりしない。みんな耳をそばだてて聞いている。真剣な目をしていた。言葉が腹の底まで届いている感じがした。

選挙はたしかに重要であるし、歴史の一部にもなる。しかし、世界経済の流れはしっかりと認識しておく必要はあるだろう。
最後にサッチャーの言葉を添えておこう
「社会というものはない。あるのは個人と家庭だけだ。」
社会、社会と簡単に言うな、ということか。政治家の戒めの言葉として欲しい。
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by worsyu | 2007-07-24 13:54 | 時事ネタ | Comments(0)
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