美しさを尊ぶ人々

北京五輪開催とチベット自治区の人権抑圧問題が世界中で問題視されている。ヨーロッパ、アメリカではデモ隊が中国大使館に押しかけて抗議しているようだ。IOCは聖火リレー中止もやむなしと考え始めているようだ。
オリンピックとは、それだけ世界中のメディアを集めるスポーツの祭典となるわけで、スポーツとはいったい何なのかということを改めて考えさせられる。

1987年に行われた第1回ラグビーW杯において驚くべきことが起きた。ニュージーランド代表のオールブラックスのメンバーのジョーンズ(22歳)は、準決勝が行われる日曜日がキリスト教の安息日にあたることを理由に欠場してしまう。
自分がいなくても勝てると思ったのか、それとも、敬虔さをアピールする場面と思ったのか。(本人は「日曜日は仕事も遊びもしないということは日常のことで、そんな僕を選んでくれたオールブラックスに感謝している」と語っている。)
結果はニュージーランドは優勝するのだが、これをもってアマチュアリズムの鏡とみるのもどうかと思うが。
4年後の第2回大会では、ジョーンズは26歳になり、脂の乗り切った主力選手となる。しかし、準々決勝、準決勝と日曜日に組まれ、そのいずれも欠場。事実上の決勝戦と呼ばれたオーストラリア戦で負けてしまう。もちろん、彼が出ていても勝っていたかどうかは疑問ではあるが。

強いことを誇らしげにアピールすることを日本の武術は快しとしない。和を乱す。相手をないがしろにする行為とみる。しかし、こういう考え方は世界的に見て希少であろう。日本人にはそのほうが美しいと見える。この美しさというファクターは日本人独自であろうか。
美しく見えればそれでよい。道を究めているだけ。でも、それでは真実は見えてこない。二つの価値観の存在を認めてしまう。

美しさよりも真実(強さ)を。それが世界の流れだ。

チベット問題に戻ると、中国は決して妥協しないだろう。毛沢東の教えに矛盾論というのがある。社会の捉え方なのだが。盾と矛の関係。その解決方法は強いほうが真実となるという考え方だ。第3の道などない。だから、われわれは抗議しなければならないのだ。チベットを本当に救いたいと思うのなら中国に間違っていたと認めさせなければ終わらないだろう。
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by worsyu | 2008-04-09 12:57 | 時事ネタ | Comments(0)
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