生きている瞬間

NHKで夫婦でグリーンランドの岸壁を登った番組「NHKスペシャル-夫婦で挑んだ白夜の大岩壁」の再放送をやっていた。
山野井泰史。42歳。東京都足立区出身である。奥さんの妙子氏は9歳年上。山野井は孤高の登山家と評される。単独での登山、酸素ボンベを使わず、困難なルートを好んで登る世界屈指のクライマーだ。2人はヒマラヤで知り合い、お互いを信頼できるパートナーとして認め合う。それからは、2人の登山が始まる。

2007年夏。グリーンランドで彼らは1300メートルの岸壁を登る。最初、ヘリコプターからビッグウォールを見つけた時、山野井は子供のような歓声を上げる。この人は、どこか子供っぽい無邪気さがある。
今は東京の多摩の山奥で暮らしている。収入源は登山のアドバイスや講演など。家庭菜園で自給自足生活をしている。家事をする奥さんの妙子氏の両手の指は無い。

2002年、10月。ヒマラヤのギャチュンカン登頂に成功後、下山の途中で雪崩に襲われる。妙子氏は滑落してしまう。そして、山野井も雪崩で目を傷めてしまう。妙子を救おうとするが、そのためには、岩の裂け目を探してハーケンを打たなければならない。そのために、山野井は手袋を外し、指の感覚だけで裂け目を探す。マイナス30度の外気である。ひとつ見つけ出すたびに1本づつ、凍傷で指が死んでいく。そして、4時間後、山野井は妙子を救い出し、宙吊りで一晩過ごした。その後も歩き続けてようやくベースキャンプへ戻ってくる。山野井は両手の指5本と右足5本の指の計10本を凍傷で失うことになる。その時の写真が出ていたが、黒く変色した指が痛々しい。(左手の薬指、小指、右手の中指、薬指、小指。)妙子氏は両手10本と鼻先。しかし、2人とも笑っている。奇跡の生還劇を果たした2人の笑顔は神々しく見えた。

この夫婦の会話を聞いていると不思議な感覚になる。凡人にはわからない世界だ。おそらく、山野井が生きていると感じ、また、生きていけるのは山を登っている時だけなのだろう。妻の妙子氏は、落ち着きすぎている。死生観が希薄な感じがする。山野井氏は違うかもしれないが、粋でいなせである。格好つけ。というか、格好いい。

昔、江戸時代の下町では、お上に楯突いて死罪になる人が結構多かったらしい。それが粋なのだ。この死生観からくる無頓着さや意固地さや反体制的な文化が江戸の下町文化の素地にある。
山野井氏にはそんな馬鹿さを感じる。
ばかには勝てない。
しかも、飾らない性格が嫌味じゃない。見ようによってはとてもクール。

ヒマラヤからの奇跡の生還にしても、実際は、2人にとっては、劇的なものではなく。
「まあ、山野井がそのうち来てくれるだろう。」
「この指は無くてもいいか。それより穴どこだ。」
といった感じだったと思われる。

この極限状況こそが彼らにとっては、待ちに待った、かけがえの無い生きている瞬間だったのだ。

バカの力。バカの強さ。これにはかなわない。
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by worsyu | 2008-04-18 00:39 | ひまネタ | Comments(0)
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