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日名子実三氏

知られざる偉人
大分県には、以外に知られていない偉人が結構いる。特に戦争を挟んだ戦前において多くの大分県出身者が綺羅星のごとく時の渦の中にちりばめられている。
いつの日か、取り上げられ、再評価されることを願う。昔、中国で文化大革命というイデオロギーによる人間の選別と文化の粛清がなされたが、同じようなことは、アメリカでも、そして日本でも起きた。社会主義的な考えだとか、軍国主義に加担した、とかいう理由で本来の評価がなされないまま冷遇された人々は多い。それも東西冷戦という政治的ストレスの中で起きた文化の収縮なのだろうが。

日名子実三という人がいた。臼杵市出身の彫刻家である。最初は朝倉文夫(朝地出身)の門下にいたのだが、その後袂を分かち、商業デザインの方向へ進んでいく。彼の初期の代表作は、臼杵城公園に「廃墟」、大分市の春日浦に「大友宗麟公銅像」などがあるわけだが、何といっても現在、われわれが目にするデザインで最も身近で有名なのが、あの、日本サッカー協会のエンブレム=八咫烏(やたがらす)である。
この八咫烏(やたがらす)であるが、日本神話で、神武天皇を大和に導いたとされる。

宮崎県宮崎市の平和台公園に、平和の塔というものがそびえている。石を組み上げて作られており、1940年に完成している。このデザインをしたのも、日名子実三なのだ。この形は御幣(神社や神事などで使われる稲妻の形の和紙のやつ)をモチーフに作られたとか・・・私には、雅楽の笙の形に見えるのだが・・・
この塔は、礎石に使われている石が中国、朝鮮などの最前線から集められているといういわくもある。「八紘一宇」の文字が書かれていて、大東亜共栄圏の数少ない歴史的資料ともなっている。
ちなみに、四方を固める銅像の中で、神武天皇を表すとされる武人像の胸に烏のレリーフがある。しかし、3本足ではない。この像は進駐軍が来る前に撤去されたのだが、その後復元されたもの。その時、製作者がそのデザインの意味を解しなかったため、2本足の烏が誕生したということらしい。(わざとなのかも知れないが・・・・?)

この大分にも縁の深いデザインであるエンブレムであるが、このエンブレムを付けられることを許されているのは、日本代表。天皇杯優勝チーム、Jリーグ年間優勝チームの翌年のみ、とされている。
日本サッカー協会のエンブレム=八咫烏(やたがらす)の入ったトリニータのユニフォーム欲しいね。勝手に作っちゃうという手もあるが、やはり、ねえ・・・である。
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by worsyu | 2008-07-29 15:50 | 地域ネタ | Comments(0)
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