お盆雑感

清水戦で発煙筒を炊いた人間に対して、クラブは無期限の入場禁止を決定した。当然である。当たり前である。
これを決して許さなかったクラブに、まず拍手。炊いた人間に対して一分の同情も見せなかったトリサポも見事。
しかし、トリサポの中からこうした人間が出てきたことは事実であり、否定することはできない。いくら、こうした行為を今まで非難してきた(私はね)としても、起きてしまうものだ。しかし、出た後が大切。いろんな考えの人がいて結構だが、ルールがある。そして、ルールが無くても、我々トリサポの哲学、美学がある。
どうしても発炎筒を炊きたいのなら、どこかのサポになればよい。もっとも、そこも炊きたくても炊けない状況ではある。隙あらば海外ででもやるのだろうが。それが彼らの哲学であり美学であるのだから。「誰かの真似をしているだけ」という論理は幼稚で、哲学も美学もないんだけどね。

なでしこのサッカーは見事だね。力強さはないが、上手いね。球廻しがいいね。かみ合っていたね。中国に対して2-0は妥当な線だろうか。問題は、次のアメリカ、そして、ドイツ。あのパワーとスピードに技術と精神力でどこまでやれるか。今やなでしこは男よりも可能性-世界をリードする立場へ向かう可能性が高くなってきたね。少なくとも、彼女らは、勝つために準備し、勝つために戦術を練り、鉄の意志で立ち向かっているのを感じる。見事だね。

ところで、中国がなぜか日本に対してやさしくなったと思いませんか。北島を「アジアの誇り」として持ち上げてみたり、靖国参拝をした政治家に対しても大した取り上げ方もしない。これはどういうことなのか?
中国は、すでにアジアの盟主としての地位を今回の五輪でアピールできたのだ。だから、今後は、日本のナショナリズムに対しても神経質になる必要はなくなったわけだ。「どうぞ、勝手にやってください」と。
つまり、日本無視が今後進んでいくということだ。逆に日本は中国の顔色ばかり気にしだすだろう。中国の反応-中国の価値観にいかにして日本の価値を当てはめるかが求められていく。

今、中国が日本に対してブーイングをしているが、やがてそれは無くなるだろう。日本はもはや敵ではなくなるからだ。これは政治的な策動であって、一般人は、それになかなか従わないかもしれない。しかし、来年の中国はおそらく日本に対してすごく横柄になっていることだろうし、スポーツ観戦にしても、日本の応援に対してもそれほど神経質な態度には出ないだろう。それが大国のプライドとなるであろうから。
日本の右翼と呼ばれる人たちは、声高らかに中国を非難し、ナショナリズムを呼びかけることが容易な状況になってきた。そうした人の声が受け入れられ、支持されるようになると同時に、世界の舞台から日本は降ろされていくのだろうが・・・
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by worsyu | 2008-08-16 00:53 | ひまネタ | Comments(0)
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