カテゴリ:地域ネタ( 144 )

曲がり角に来たぱっちん

大分府内戦紙(おおいたふないぱっちん)という祭りがある。
そろそろ飽きた。大概飽きた。
熱し易く冷めやすい大分県人気質?いやいや・・・

今回覗いて見て、すぐに若草公園の方に行った。踊っている方たちは面白いのかもしれないが、見ている方々は退屈で眠ってしまうのではないか?と思われた。見物人の少なさに驚いた。桝席はあったけどね。こんなの有料で見るの?
馬見たら満足して帰るでしょ、普通。

大体、この祭りは商工会主催の青年会の祭りである。つまり、何の歴史も無ければ伝統もいわゆる謂われも無い。薄っぺらな祭りなのだ。見せ場は、混沌さ。若さのエネルギーだけ。だから、子どもを参加させることは逆効果になる。それでも、やっている人たちが楽しければまだ良いのだが、いつの間にか、その楽しさ=エネルギーが無くなり、仕方なくやっている感が強く見えてきた。
あのペイント何とかならないのか?規制で辞めさせることはできないのか?と思ったりするが、踊る方たちはその方が楽しいのでしょう。見ている方は苦痛でしかないのに。醜い。
いったい、どこの年代をコアターゲットに設定してやっているのかがわからない。市も宣伝力がなくなったのか、盛り上がりが去年までとは大違い。

2日目のチキリンであるが、私は全く興味が無い。アクアパークのディスコ大会だけが楽しみ。しかし、今回のDJには難あり。選曲も問題有り。イマイチだった。

3日目の花火。これも難あり。あの考えさせる花火はいつまで続くのか?キティちゃん?温泉マーク?くだらない。おまけに、子供らの「たまや~」の掛け声が聞こえてきて最悪。どこのバカ親が教えているんだか。
やっぱり、花火は江戸に限るね。

おまけにトリニータは愛媛に負けるし。思った通り。ここで監督力が試されているのに、そこまでの力は無いのだろう。そこまで望むのは酷というものか。

高校野球の明豊には参った。コントロール悪すぎだろ。ていうか、このレベルで甲子園来ちゃいかんだろう。ていうか、大商が打てなさすぎたわけで、このレベルのピッチャーでも出てこれるレベルが大分県のレベルというわけ。初出場を狙っている高校はチャンスとも言える。甲子園に出場することが目標という県のレベルなのだ。
ベスト8入りは最低条件だった頃は遠い昔の物語だ。まあ、こちらはもうどうでもいい話だけどね。
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by worsyu | 2015-08-10 15:25 | 地域ネタ | Comments(0)

阿蘇ビーチ?

大分なのに「あそびーち」とはこれいかに?
あそと言えば阿蘇でしょ。あそぼーいでしょ。
紛らわしい。石狩のあそびーちもあるが・・・
ネーミングに難あり・・・

駅ビル屋上に庭がある。ミニ列車が動いているが、レール脇には玉砂利。子どもが砂利を足でかき混ぜて遊ぶ姿にいらつく。飛び散った砂利を戻してあげたが焼け石に水。

九州朝日の「ドーモ」を久しぶりに見たが、大分生中継。昔からだが、あのノリに付いていけない。ハイテンション過ぎて見ていて気持ちが悪くなる。70年代のバラエティの乗りだ。
もっとも、大阪のくどいボケ・ツッコミには勘弁してほしいものだが・・・

博多華丸大吉が成功しているのは、博多商人気質の控えめなところが許容されているからだ。しかしながら、やりすぎたら、それも嫌われるだろうが・・・

堺雅人も言っていたが、宮崎弁には、東北弁に相通じる、独特のアクセント、イントネーションがある。特に延岡を過ぎると、話す言葉が聞き取れない。というか、東北訛りが入ってくる。


とにかく、阿蘇ビーチはいただけないネーミングではある。
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by worsyu | 2015-04-21 17:57 | 地域ネタ | Comments(0)

地方の自立

経済という言葉は経世済民(けいせいさいみん)という言葉から来ているという。意味は世をおさめ民をすくう、ということらしい。元は、江戸期に中国から輸入された言葉で、政治や社会に対する幅広い考察と哲学を求めていたものだった。しかし、その後貨幣経済が発達するにつれ、生産、消費活動が主だった対象となる。その後、西洋文化の流入により、economyの訳語として使用されるようになった。
このeconomyという言葉だが、元はギリシャ語で家政学-家庭における財の扱い方(お金のやりくり)に由来するらしい。
だから、経済を語る時は、家庭のやりくりの延長であるという考えは間違っていない。むしろ、そう考えなければ、大変なことになってしまうし、これまでの日本は、そこで間違ってきたと言って良い。

政治家のみなさんは景気のいい話をするが、財源は私たちの税金なのですよ!金使うことばっかりやって、具合が悪くなったらトンずらする。尻ぬぐいは我々国民がすることになる。

「地方再生」だとかいう言葉が独り歩きしているが、国民の大切な金を地方に廻して、果たしてその事業で利益が出るのだろうか?その効果が見込めるのだろうか?
金寄こせと言っているのは一部の人間だけ。金なんかいらない。だって、それは借金することになるのだから。(逃げ得なんて言われたくない。将来、「あの県は政治家の力で利益誘導した」なんて言われたくない。)

大体、過疎化が益々進み、やがて限界集落になり、廃村になる運命の地域に道路を作ったり、施設を作ったりしても仕方がない。需要がないのに、強制供給してもゴミになるだけだ。

都市になぜ人が集まるのか?それは雇用があるからだ。雇用がなぜあるか?それは、競争に勝てる要素があるからだ。つまり生産コストが安いか、人材の質のアドバンテージがあるからだ。また、教育面、医療、娯楽等で住みやすいからだ。また、健康に不安を持っている老人も特に医療設備の整った中核都市に住みたくなる。
地方に一時的に雇用を増やそうとしても、根付くことはない。バラマキは地方には通用しない。地方に無駄な金を貴重な税金をバラ撒くよりも、地方の借金をチャラにしてあげると言えば、喜んで移住する人がいるかもしれない。後は自分の頭を使って生きていけばいいのだ。

たとえば、朝地町だとか、たとえば院内町だとか、そういう所でも生きていける。地方自治体の町や県、国の借金の全ての借金をチャラにしてくれるとなれば、もし、国がデフォルトしても、生活できる。むしろ、戦後の時を思い起こせば、都会から地方へ移住してくる。

そういう意味では、現在の政府のやろうとしていることは国家を潰して、都会から地方へ移住させようという荒療治なのかもしれない。
円安が進行し、やがて国の借金が国民の資産を上回り、人口減少に歯止めがかからず、将来的に返済が無理と市場が判断した時、デフォルトが起きる。
政府はインフレを抑えるために、最終手段としてデノミをする。1万円が1円になる。一時的に多くの国民の財産がゼロになる。物々交換しかできなくなる。通貨の価値がなくなる。
今やっているのは、日本の閉店セールだ。これは買わないと損。潰れる前に買っておいた方が良いに決まっている。でも、閉店のシャッターが下りる前に売らないと意味がない。だから、売り場を探している状態が続いているだけなのだ。閉店セールで喜ぶのは消費者であって、売る人たちではない。税金を担保(見せ金)にしてさばいているのだ。

この修羅場をくぐりぬけて、再び日本経済は動き始める。

大分には温泉がある(世界一)。新日鉄(大分工場は設備が最新鋭であるというだけでなく、シーバースを使って、原料の石炭やコークス、鉄鉱石を安全、大量に引き上げることができる。国内で40万トン超の船が接岸できるのは大分のみ。水深が30メートルあるからできるのだ。国内の工場が縮小されることがあっても、ここは大丈夫だろう。コスト面での優位性があるからだ。)がある(世界一)。そして、ビッグアイ(大銀ドーム)とサッカー。(がんばろう)

この3つをうまく活かして前に進めばいいのだ。無駄なことは整理縮小していけばいい。
採算を度外視した地方再生などいらない。
自分たちがリスクを負って、頭を使って、身を削って作り上げる方が楽しいし、本物だ。
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by worsyu | 2015-04-08 13:17 | 地域ネタ | Comments(0)

宿沢広朗の哲学

この文武両道をやった人がこのラグビー界に実際にいた。宿沢広朗(しゅくざわひろあき)である。

埼玉県立熊谷高校を経て早稲田大学へ。彼の場合は、スポーツ特待で行ったわけではない。当時は、東大紛争で入試が実施されず、早稲田に流れたケースである。当初、ラグビー部に入るつもりは無かったが、入った途端、その頭角を現す。小さい身体ながら、俊敏な動きと冷静で的確な判断力、試合を読む力に優れていた。1年生からレギュラーを取り、大学選手権優勝、そして、社会人を2年連続で破るという早稲田黄金期の中心選手として活躍した。

大学卒業後、住友銀行に就職。7年半ロンドン支店に配属。その間にイギリスの本場のラグビーをつぶさに研究した。

彼の銀行マンとしての仕事は為替ディーリングである。一日に数億円~数十億円を切った張ったとやる仕事である。

彼は、銀行マンとして、出世する。

その一方で、日本ラグビーの監督としても彼は実績を残す。ラグビーワールドカップで初勝利を上げる。そして、テストマッチでスコットランドを破るという快挙を成し遂げる。
彼を評価する多くのラグビーファンがいる一方で、協会批判からくる組織からのしめつけで排除しようとする動きもあった。

彼の人生は短かった。2006年6月17日。登山中に心筋梗塞に見舞われ死去。55歳の若さだった。

彼の残した言葉に何度も頷き考えさせられる。彼は優れた勝負師であり、戦略家であった。

日本のラグビー界にとっては、アイドルであり、スターであり、カリスマであった。そして、神となった人である。

1)「ユーモアの大切さ。偉そうなことを言うよりも組織を動かすためには、ユーモアを共有することの方が重要な時がある。」
2)「ディーラーにとっては、果敢かつ冷静なことが重要。しかし、もともと弱気な人間が強気になることは難しい。」
3)「ストレスは負けてしまうから起きる。勝つためには綿密に考え、情報を集め、戦略を伝達して実行させる必要がある。」
4)「決断の正しさを求められるのは当然のこと。要は正しい決断をいかに速く行動に移せるかなのだ。」
5)「同じことをやっているのでは本当の戦略とは言えない。他人と違うオリジナルのアイデアを大胆に実行するのが戦略なのだ。」

最後に、これが彼の格言として残っている。

「努力は運を支配する。勝つ事のみ善である。」
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by worsyu | 2015-04-06 17:52 | 地域ネタ | Comments(0)

ビッグアイがラグビーの聖地になる日

ラグビーW杯が日本で開催される。大分銀行ドームで試合が行われることが発表された。
ラグビーというスポーツは、その歴史をみると、イギリスでは、エスタブリッシュメント-エリートたちがやるスポーツとして、下層階級がやるスポーツのサッカーとは区別して捉えられてきた。階級の存在が大きい。
だから、ラグビーとロイヤル(王室)とは近しい関係にある。日本も英国に倣ってラグビーというスポーツの有りようもそういうものだ、という考えであったようである。(中流階級の男の子がやるスポーツであって、決して紳士的なスポーツでも何でもないのであるが・・・)秩父宮ラグビー場という名前に皇室の名が冠されていることからもわかるように、国の品格等を象徴するスポーツであることがわかる。
もちろん、プロ化してからのラグビー界は、そんな悠長なことは言っていられない弱肉強食の世界なのではあるが、英連邦を中心に広まっていったラグビーには、そういう性向があるということは、理解しておいてほしい。

さて、大銀ドームが会場に選ばれたことは、大変、喜ばしく、名誉なことなのではあるが、せっかくきれいに敷いた芝がめくれ、痛むことには、心が痛む。せめて、あまりめくれないように芝の根付き等をしっかり管理してほしい。
昔、5か国対抗ラグビーと呼ばれていたものに、イタリアが加わって、現在は6ネイションと呼ばれるようになった。イタリアで使用された会場は、スタディオ・オリンピコ。収容人数は2万8千人弱。芝がかわいそうなくらいに、醜くめくれまくっていた。プレイする選手たちも、スクラムで押しあうと潰れる。ステップを踏むと滑る。そして、そのたびに芝が削れ、赤土が露わになる。
それでも、イタリアにとって、勝利すれば、その価値は何物にも代えがたいものではあろうが・・・・決して、イタリアに有利に働いたとは言えない結果となっている。

大銀ドーム(ビッグアイ)は綺麗なスタジアムである。世界に誇れる美的空間を作っているスタジアムなのだ。このスタジアムの素晴らしさは、もっと評価すべきであろう。(いろんな問題があったけどね)
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by worsyu | 2015-04-06 10:19 | 地域ネタ | Comments(0)

トリニータ20周年記念誌

大分トリニータ20周年記念誌が良い。
装丁もなかなか凝っている。クールである。

それもそうだが、中身が濃い。力入れている。
何度も泣きそうになる。

昔、「このクラブは、やがて、かつての西鉄ライオンズみたいに、過去の栄光を何度も懐かしみ、喜び、感動に浸ることになるだろう」と言った。

このクラブの歴史を振り返ると、涙なしには読めない。でも、大分県人ならわかると思うが、決して、浪花節にはならない。どこかおかしくて笑えるのだ。

映画の「綱引いちゃった」では上手く描かれなかったが、同様のおかしみがある。金は無くても知恵と愛情で盛り上げていく庶民の力強さと勤勉さと馬鹿さ加減が素晴らしいのだ。

ゼロから始まったクラブにつきものの、妙な楽観主義がそこにはある。自分たちの力で作り上げ、支えていることの誇りと愛情が見える。

初代マネージャーの体当たりサポートの辺りで最初の涙。

このクラブは伝説のクラブであることを再認識。
この苦労は大分トリニータの財産である。

他のどのクラブにも真似のできない素晴らしい記念誌ができたね。
他のクラブなら、単なる記念誌に終わるところを、さまざまな角度から取材し、関係者を訪ね歩き、貴重な話が載っている。愛が溢れている。

トリサポなら一家に一冊は置いておくべきだろう。

子や孫にトリサポであることの誇りを伝えられる書となっている。
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by worsyu | 2015-01-24 11:43 | 地域ネタ | Comments(0)

トリガールのユニ

「トリガール」の存在が大切なことは、私は以前から言っていた。彼女らの存在は、サッカーのPOP化、人気の向上に欠かせない。
他のクラブサポがロックテイストで男臭ぷんぷんであるのとは少し違うからだ。
というか、大体、大分市に若い男が少ないというのがある。(ついでに言うと、九州男児=男尊女卑というレッテルは大分には当てはまらない。自由を好み、個人主義。新しいもの好きで、祭り好き。外人大好き。である)

J2からJ1への昇格や、ナビスコ杯制覇を知らない人も多くなってきた。
2012年に再びJ2からJ1に上がった時、その時に来ていたユニフォームは、それまでの黄色を加えることを辞め、白色が襟と袖に入ることにより、とても明るく、清潔感のあるユニフォームに変わった。
2014年は、その白が無くなり、ぐっと締まった青になった。少し地味であり、ちょっと大人っぽい。
できれば、再び、白を入れて清く正しいチームカラーと合致することを望む。

2012年の昇格を決めた試合のダイジェストを見ながら、このクラブはJリーグに無くてはならない存在であることを痛感した。
西村氏が主審をしていた。
まるで、大分が主人公で千葉が引き立て役になっているかのような映像であり、試合の流れだった。何度見ても気持が良い。(我々にとって)

「トリガール」と言っても、まさにトリガールと思える人たちはそれほど多くはない。
掃き溜めに鶴。たまたま、かわいい人が居ることがある。子供連れであることが多い。それでも、やはり、30代前半までは正真正銘のトリガールと呼んで良いのではないか?また、レプユニが更に可愛く見させているのだから、そこにトリガールの価値があるのだ。

2012年~2013年のレプユニを着たトリガールは本当に清潔感があり、可愛く見えるから、欲しい人は探してみたらどうだろうか・・・・・

それから、ゴール裏のおばちゃんたちの温かい母親のような包容力に、引っ張られる形でトリサポも変わってきた。
他チームに移籍した選手たちがゴール裏に挨拶に来る。
「帰ってこい」「がんばれ」などという声とともに、コール、チャントが歌われる。
これも大分トリニータゴール裏の文化であろう。

大分トリニータのコールリーダーが女性になる日も近いと感じる。

おまけの話だが、大分には「うえつふみ」という神話を記述したものが存在する。知る人ぞ知るものだが、これは、日本神話をより詳しく記述しているもので、興味深いものである。
そこにある神話は、母なる山-祖母山から始まる。
母親の慈愛に満ちた心は大分の豊の心である。

これは大切にしたい。誰が何と言おうと。

これからは、「トリサポ」同様、「トリガール」も全国的に認知させていきたい。
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by worsyu | 2014-12-27 11:23 | 地域ネタ | Comments(0)

豊の国

野上弥生子の小説で、最高傑作であるとされるものに「秀吉と利休」がある。
茶の達人であり、総合芸術家として政治的な腕も振るった千利休。それに対して、権力闘争に明け暮れて、権謀術策の限りを使って政治をつかさどった秀吉。
あることが秀吉の逆鱗に触れ、切腹を命じられる。
助命嘆願を伺い出ず、利休は切腹を受け入れる。
芸術家として、引けない部分を持った利休は見事である。
対する秀吉も政治家として、引けない部分があったのだろう。

世の中、盛り上がらない選挙である。

最近、政治家とは何なんだろう、と思う。
政治家にとって、命を掛けて守るものは信条であろうし、国の行く末を思って主張する政策であろう。
しかし、聞こえてくるのは、金の話ばかりだ。「国から貰う補助金のために清き1票を」というのは、何だかおかしい。
国のお世話になっているような感覚を押しつけられるのは何だか癪に障る。
これまでだって、無視されてきた。それでも生きてきた。大分は中央からは疎外された存在ですらあった。それでもここまで生きてきた。却って豊かさの創出を工夫してきた。

大分は豊の国である。本当の豊かさとは何か。少なくとも、品や格を落としてまで、金は欲しくない。金は欲しいが知恵を使って、誠の力で作り出したい。(大体、国は破産状態なので、今更、望んでも高が知れている・・・信じたい人はどうぞ。四国と結ぶなんてたわけ話には笑ってしまったが・・・)

たとえば、掃除である。ゴミの処理である。
身の回りの街中に落ちているゴミを拾うこと。トイレを綺麗にすること。いろんなボランティアがある。身近な年寄に声を掛けること。それだけでもいい。郷里に帰って、実家の掃除を久しぶりにやってみる。それだけでいい。
国家の洗濯はそういうことから始まる。
県民一人ひとりが掃除する気持ちを無心でやり始めることで、国が動いていく。
大分銀行ドームの掃除だって、好きでやっている。それでいい。
試合が終わって帰る時、落ちているゴミを拾う。それだけでいい。

心の豊かさを大事にしたい。それが本当の豊の国につながると思う。
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by worsyu | 2014-12-09 17:49 | 地域ネタ | Comments(0)

シャムスカという夢

トリニータ再興のために、シャムスカ招聘は一つの選択肢ではある。

シャムスカ招聘基金を作るまでもなく、シャムスカが来れば、スタジアムに再び足を運ぶ人が雨後のタケノコのように現れてくるだろう。一度見れば満足するという人もいるだろうが、シャムスカのトリニータを応援したいと言う人はかなり多いと思う。

ただし、問題がある。シャムスカは、過去の栄光にとらわれてはいけない。結果を求めるあまり、有名選手やブラジル人選手を連れてくるという常とう手段を使ってはいけない。
得点力のある外人FWを獲得できず、低予算で好成績を上げるためには、シャムスカのカリスマ力しか頼れない。そんなものは、いつまでも続くものではない。すぐに成績が落ちて、過去の名声も地に落ちてしまうかもしれない。(あの時は、西川が居たし、森重も居た。エジもいた。何もかも状況が違う。)

しかし、それでも、たとえ、成績が芳しくなくても、トリサポや大分市民、大分県民はシャムスカを愛すだろう。彼は英雄だからだ。
大分にサッカー文化を広めた功労者として、永遠に讃えられる存在だからだ。

昔、アウディのフロントパネルに油性マジックペンでシャムスカのサインを入れている人がいたが、羨ましく思った。それは今でも変わらない。むしろ、今ならチャンスとさえ思う。

シャムスカグッズをクラブが出したら、すぐに飛びつくだろう。経済効果は数億円に上るだろう。
それは、日本中のどんなに金満のクラブに行っても起きない現象だろう。

久米宏から再び大佐に戻る日が来ればいいのに。いやいや、着物だってよく似合う。羽織袴も似合うだろう。大分の観光大使としてモデルになってほしいね。
別府や湯布院あたり。夕暮れ時にゆかたにはんてんを着て、下駄履きで街を散策、なんて絵になるよね。

ところで、そろそろ太鼓の応援辞めませんか?うるさい。数が多すぎ。太鼓の音で声援が消される。歌わない奴が多すぎ。楽しくない。ゴール裏に行きたくない。
松本の歌の応援を聞いていて、その素晴らしさに感動した。松本の応援は良い。いっしょに歌いたくなる。千葉は嫌い。最近、マイナー調の歌を歌うサポが多くなったが、あれは嫌いだ。

ここで再び、大分トリニータに帰ってくることは、彼の経歴の中では後退になるのかもしれない。そうさせないために、バックアップしなければならない。もし、そうなったらの話だ。
まあ、無理かな・・・・・

夢を見るのは自由だろ。

田坂氏がやるというのなら、やればいいわけなのだが。
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by worsyu | 2014-11-11 14:55 | 地域ネタ | Comments(0)

山口俊-覚醒

山口俊が完投した。実に初登板から8年目である。

山口は抑えのピッチャーとして横浜の守護神となっていた。しかし、近年、失敗することが多くなり、2軍で調整することも多くなった。

しかし、今年、途中から先発に起用されて、本来の才能が発揮され、伸び伸びとした投球術を見せてくれている。

我々、大分県人から見ると、山口は高校野球の大分県決勝でサヨナラ負けを喫した投手のイメージが強い。

昔、ここでも書いたが、山口=抑え投手には違和感があった。

大きな体だが、柔らかいフォームから繰り出される球は、145キロ以上。それが130球を越えても維持できる体力と技術を持っている。無理のないフォームだからできる芸当だ。江川とダブって見えた。

本来ならば、100勝どころか、球界を代表する先発投手となっているべき選手なのだ。
横浜の事情もあり、彼は抑え役に徹し、勝利に貢献してきた。

彼のストレートも、スライダーも、カーブもフォークも一級品だ。それを9回まで維持できることを証明した。

まだ、27歳である。大リーグ移籍も十分考えられる。

勝負の怖さも知り抜いた中で、慎重に、でも、大胆に緩急を付けた投球。昨日の阪神戦は素晴らしかった。9回に150キロを出し、3者凡退に仕留めた。

これを覚醒と呼ばずして何と言おうか。

大器晩成。山口俊。故障に気を付けて、無理をしないで、自己研さんに励んでほしい。
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by worsyu | 2014-09-04 11:07 | 地域ネタ | Comments(0)