カテゴリ:時事ネタ( 142 )

捕鯨反対

生類憐みの令(抜粋)

犬が喧嘩していたら水を撒いて引き分けさせろ
うろつく子犬を見たら母犬を見つけよ
田畑を荒らす「からす」や「とんび」は生け捕りにして伊豆七島へ運べ
猟師でないものが「猪」「狸」「鹿」を撃ち殺した場合は売ったり食べたりせず、その場に埋めよ。
猟師以外の釣船を禁止
「うなぎ」「どじょう」の販売禁止
綱吉自らは鷹狩りを禁止

重病の生き物を捨てることを禁止
飼い犬が行方不明になったら探しだすこと
生きた魚、小鳥、鶏、亀、貝類を食料として売買することを禁止
鶏、あひるなどを飼うことを禁止。
犬や猫が死んだら捨てずに埋めること

捨て子禁止令:町ごとに子供の人別帳をつくり、捨て子を予防
牢獄の環境改善:風通しをよくし、毎月5度行水させる
旅先で病気になった場合は駕籠に乗ってもよい

明治維新時、欧米人が日本にやってきて、日本人が犬を食わないことに感心したと言われている。その他、勤勉で清潔で行儀がいいことにも感心している。
彼らは、日本人が他のアジア諸国とは似ても否なる独自の文化を持っていることに驚き、文明国としての素養に長けていることに気付く。

ところで、私は、鯨を食う必要はないと思っている。勿論、イルカを虐殺することにも否定的だ。江戸時代、飢饉が起きた際も、日本人は犬を食わず、飢え死にしていった。犬は食うものではないという習慣、感性が長い間に形成されてきたからだ。それは今でも続いている。
それでは、鯨はどうだろう。これは特に戦後の食料難から鯨肉が広まったわけだが、牛肉やその他の食用肉が輸入され、安く手に入るようになると、存在価値が無くなってしまった。その間に日本人の食生活の変わり、敢えて鯨肉を食べる必要もなくなった。

鯨肉を食べることは日本の文化だという人もいるが、ほとんど民族主義者というか、妙なプライドを持っている人たちに過ぎない。認めると負けることになるという狭い了見の人たちだろう。思考が高校生くらいから止まっている人たちか。

私は、日本が商業捕鯨の全面禁止を宣言することを望むね。その方が格好いいよ。そして、イルカを殺すことも禁じるべきだと思うね。違反したら罰すること。

頭数が増えすぎた場合は、IWC(国際捕鯨委員会)が責任を持って、オーストラリアでも、アメリカにでも命じて殺傷処分をするようにすればいい。これまで言われなき民族差別を受けたわけだから、それくらいのことは言っていいだろうし、彼らに尻ぬぐいをさせてもいいだろう。我々の手を汚す必要はないよ。
おまけに、こんなものに税金つぎ込んでもったいないよ。廃止すれば数十億円は浮くだろう。この先ずっと予算をつけなければ数百億円になる無駄の削減になるよ。

これが正論というやつだ。

日本人はもう商人根性丸出しではないよ。そういう時代は終わった。これからは品位良く生きたいね。子供たちにも日本人でよかったと思われるようにしたいね。
元来、日本人は美を尊ぶ人たち。ですからね。はしたないことはしたくないね。

まず、大分県人からでも。そのまた一部の人で結構ですが・・・・
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by worsyu | 2011-10-29 13:18 | 時事ネタ | Comments(0)

似非国際映画祭開幕in東京

東京国際映画祭(略称TIFF)が始まったそうだ。全国ニュースでやっていた。

国際映画製作者連盟(FIAPF)から正式に公認された映画祭だそうで。アジア最大規模だそうだ。それにしちゃショボイ。世界は無視、騒いでいるのは日本だけという構図が見える。
ミラ・ジョボビッチ、ジャッキー・チェンしかいないじゃないか(笑)。しかも二線級。

私はサラリーマンNeoからのスピンアウト作品として「博多よかばい食品」を地域限定でいいから編集してDVD版で発売して欲しい。映画という媒体である必要はないよ。

バブルの頃に騒ぎまくった東京の庶民文化を押し付けた反動が今出ている。もはや、東京に新しい文化を発信する力は無い。せいぜい、国の力を借りて騒ぐことしかできないだろう。
日本文化の中心はやはり京都だと思いますけどね。そろそろ関西以西に文化も移転した方がいいよ。東京といっしょに沈んでいくのは嫌だね。


東京オリンピックだって笑ってしまう。あんなところでやる神経がわからない。むしろ、福岡の方がよっぽどマシだ。

という、福岡だが、アビスパは降格が決まってしまった。まあ、開幕前から予想はされていたが、裏切らないねえ。でも上がれるだけすごいよ。しかし、上がったからには直ぐに戻って来たくはないよね。せっかく上がったんだから。上がったり下がったりを繰り返していくと、何だろうね、サポはどこか、勝手にやってくれみたいな気分になるのではないか?金持ちの道楽のような気持ちになるんじゃないか?それで採算が取れていればいいよね。
まあ、お隣の鳥栖(自称田舎者)が上がりそうな雲行きで。鳥栖なら2年くらい持ちこたえられるか?なんて思ったりしますが。

トリも負け、バサも負け、当然のごとくヒーデビも連敗し、ため息しかない。おまけに赤菱も勝ち・・・・で。つまらんね。
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by worsyu | 2011-10-24 11:33 | 時事ネタ | Comments(0)

近藤県議の叫び

何度もここで言っているように、震災に遭った人たちは、クレーマーと化している。そのことが判っていない、世間ズレした政治家は袋叩きに遭う。
残念ながら近藤さんはここに来ることなく、忠告を聞く耳を持っていなかったわけだ。
何とも残念。
せめて大分県からは、私の忠告を聞いて、こういう犠牲者を出さないようにと思っていたのに・・・・
言い訳も情けない。「国を批判しようと思って・・・」というやつだが、そこにいけば何とか逃れられるという浅はかさも見えて醜態を晒す羽目になった。これがなければまだ少しは良かったのだが、言い逃れようとする様は醜い。
近藤さんにとっては、福島周辺で起きた放射能汚染は他人事、ということを絶叫してしまったわけだから。どんな美辞麗句を並べようと無駄なわけだ。
とにかく品が無い。これに尽きる。

きれいごとじゃなく、マスゴミは獲物を狙っているわけで、その罠に簡単に引っ掛かるとは。それも、あからさまな表現で低レベルの発言。受けを狙ったわけだろうが、そこのところが見えて却って痛々しい。
由布市選出の県議ということにも驚く。
市民レベルと政治家のレベルは別なのだろう。
誰か忠告する奴はいないのか?「先生」とは言っても世間知らずに変わりはない。芸能人と変わりない。公での発言に対して廻りがチェックを入れることは当たり前。

そこまで意識することは不可能だとしても、せめて、私のブログは今後見て勉強してくださいね。皆さん。広瀬さんは見てくれているみたい?だから・・・・?
んなことないだろうけど。

何度も言うけど、彼らは心に傷を負ってしまったのだ。その傷を埋めるために、今は弱者のエゴを振り回す。そうしなければ社会から疎外されるという恐怖を持っている。これは在日の方や韓国の日本批判と同じものだ。ここで何度も書いている。読めば判る。
普通の神経では考えられないことでも過剰に反応する。マスゴミは面白がって煽る。それに乗っかるネット。最終的には社会的に抹殺しようとする。

おわかりだろうか。

だ~か~ら~。大晦日が終わるまでは神経を尖らせて注意しなければならない。彼らの恐怖心が正月を迎えることで緩み、新しい生活を踏み出すようになれば、もうマスゴミも相手にしない。後、3ヶ月我慢すればいいだけだったのに。

これで湯布院のイメ-ジもダメージを受けるだろう。ネットでは「九州のやつらはどうしようもない」という風評も上がるかもしれない。どこまで広がるか判らない。来年、この絶叫大会が開催できるかどうかも・・・・湯布院映画祭もどうなることか・・・・訪れる観光客も減るかも・・・・
30年掛けて築いてきた観光がたった一人の軽はずみな言動によって台無しになってしまう。それは何としても防がなければなりませんよ。
湯布院だけじゃなく、大分全体に非難が覆いかぶさって来ているのですよ。

私は、何とか、被害を少なくする努力はします。これまでもしてきましたが。

まずは、県議会は近藤さんに対して注意、できれば処罰を与えて欲しい。それである程度騒ぎは収まるだろう。でも、それだけじゃだめ。逆にそれを利用して感動を作らなければ。プラスに転化しなければ。

県は大量のカボスを福島県に送りなさい。おわびをしなさい。

しないのであれば、我々ブロガーの力で大分、湯布院のイメージダウンを抑える努力をするしかないでしょう。
我々個人が福島県庁にカボスを送ればいい。お詫びの言葉を添えて。
マスゴミが取り上げなくても、大量のカボス、何百件かのカボスが送られれば少しはわかってくれるだろう。

一人の地方の政治家のやったことではあるが、大分県人に変わりはありません。我々の責任で彼らの傷ついた心を癒すことはできるのではないですか。

関係ないと突き放すのは簡単です。でも、同じ地方において同じような問題を共有できるものである以上、気持ちは通じるはずですよ。我々は裕福ではないが、被災された方よりは多少ましなはず。だったらお詫びのカボスなり、椎茸なり、野菜なりを送りましょうよ。お詫びの言葉を添えて。

やるなら今。
即。

結局はこれも言葉狩りなのだから、却ってエゴを出した方が後になって悔いることになる。我々もまた心が痛んでいるということを伝えればいい。
被害者が加害者になっているという事実を伝えればいい。
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by worsyu | 2011-10-12 11:30 | 時事ネタ | Comments(0)

弱者ではない

つまらないつぶやきです。今回はパスしていいですよ。かなり偏っていますから。

私の考え方は間違っているかもしれないが・・・
いつの頃だったか、たぶん学生時代だと思うが、貧すれば鈍するという言葉がすごく気に掛かった。
人間にとって、より人間的に生きるためには、金はあるほうが良いのか、金に囚われることで却って非人間的になってしまうのではないか、と。結論として、金を持っている方が余裕がある。文化的な生活ができる。他人に施しを与えられる。心の余裕ができる。だから、貧になってはいけないということではないか、と思った。
被害者と加害者はどうだろう。どちらが人間的な感覚を維持できるだろうか。
私は、被害者の方が心が傷つくことをもってみても、トラウマとなって、結果として人間的におかしくなるのでは、という気がするのだ。
加害者の方が人間的に優れているとは思わない。しかし、加害者の心を正常に戻すのと被害者の心を正常に戻すのでは時間と金の度合いが全く違う。被害者はそのことで人生が狂ってしまう場合もある。

被害者であることを受け入れてしまうと、そこで止まってしまう。前に進めなくなってしまう。だから、東北の人が黙々と壊れた家や流されてきた木などを片付けたり、復旧に向けて一生懸命にされている姿、時として笑顔でやっている姿は素晴らしいと思う。
被害には会ったが負け犬ではない。以前よりも立派で素敵な町ができることを信じている。たぶん、素敵な都市計画の下、機能的で居心地のいい町がこれから作られていくだろう。

韓国の人々-特にネチズンたちが日本を攻撃してくるのは、自分たちが被害者であるということを認めているからだ。利用していると言った方がいいかもしれない。彼らは子どもの頃から、かつて日本に侵略されて同化されていた時期があるという教育を叩き込まれる。その屈辱を晴らす為に何か行動しなくてはならないという傷を植え付けられるのだ。
私が、今回の一連の事件や韓国側の反応を見ていて思うのは、彼らにはあきらかに人間的な欠陥部分があり、それを埋める術を知らないということだ。

日本人は「菊と刀」によって恥の文化というレッテルを貼られてきたが、果たしてそうだろうか。戦後はむしろ恥を捨てることで自由になってきたとも言える。他人に迷惑を掛けないということがモラルとされ、西洋の罪の文化との対比として語られてきた日本人論はもう古い。通用しない。なぜなら、日本は昭和天皇が「耐えがたきを耐え、偲びがたきを偲び・・・」と玉音放送で語った時点から変わっているのだから。恥を受け入れることから始まっている社会なのだ。そしていつしかその恥すら感じなくなってしまった。
昔の日本の恥の文化はここに消滅した。今の日本の行動原理は何だろうか?
私は、これからマスコミとの戦いが待っていると思う。本当の自分を取り戻すためにこのマスコミと戦わなくてはならなくなる。なぜなら、彼らは日本を戦争へ突き動かした張本人だからだ。あの時、ラジオ放送で煽りまくったことが突き進む熱となったことは疑う余地がない。
だから、彼らを信用することはできない。

昔、鹿島で勝った時に鹿島サポから囲まれ威嚇された話をしたが、その時、在京サポの方から、「大分では逆に暖かく迎えてあげてください」と言われたことを思い出します。この寛容さは美しいと思うし、大切なことだと思うよ。
その時、強く納得したことを思い出します。

つまり、自分を低めてまでやることではない、ということ。それでは意味がない。
我々は弱者ではない。
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by worsyu | 2011-09-30 18:07 | 時事ネタ | Comments(0)

むちゃくちゃですなあ

鉢呂経産相が問題発言で辞任した。いったい何が悪かったのかさっぱりわからない。普通の人の感覚ならば、建物は何も被害を受けていないのに、人や生き物の存在を感じない街を見たら、まさに「死の街」という表現をするだろう。
いったい、それのどこが被害者の感情を害するのだろうか?
感情とは主観的なものだから、何で引っ掛かるかわからない。でも、一般的な感情で推し量ることは可能だろう。

たとえば、津波の被害を受けた街を見て、何と表現したらいいのだろうか?普通の感覚で言葉を発することは許されないのだろうか?
立場が変われば発言も気をつけなければならないということなのか。それならば、発言を撤回すれば済むことだ。これまでの大臣もみんなそうしてきた。くだらない問題だ。そんなことで大臣を辞める必要はない。

一方、自民党の石原幹事長は、9.11のアメリカ同時テロについて、「あれは歴史の必然だった」と発言した。この発言は被害を受けたアメリカの人々、及び、日本も含めた各国の被害者の心を傷つけただけでなく、アメリカという国家に対しての侮蔑的発言ではないのか?
これこそが、本当の意味で言葉の揚げ足取りではなく、思想信条としての対米感を表現した発言として問題がある。
おそらく、この発言は撤回しないだろう。なぜなら、マスゴミは問題視しないだろうから。問題になるとしたら、アメリカ国内で非難が上がるのを待つことになるのだろうが。
ネットで盛り上がるのを待つしかない。
親父の威を借りているから何でも言えると勘違いしている息子に国会議員をやる資格はないね。せいぜい、親父の後を継いで東京村の都知事にでもなるのが一番いいよ。東京村はネトウヨの巣窟だから住み心地が良いだろう。許されると思うよ。

原発反対で経産省を人の鎖で繋いだ人々は、早く、田舎に住むことを決断すればいい。地方の人口が減り続けることで、原発やら、無駄な道路、施設などが作られる。都会から地方へ人が移っていけば、日本全体が効率的で安全な分散型のエネルギー消費システムになる。

以前、東北はクレーマーと化したと言ったが、まさに、「弱者のエゴ」がまかり通る状況になっている。それを利用してマスゴミが政治家叩きをやっているだけだ。政治の貧困ではなく、マスゴミのジャーナリズムの貧困が今回のような政治状況を招いている。
マスコミの暴走を止めるにはテレビを見るのを辞めるしかない。ネットにこそ真実がある。ネトウヨたちの工作員も多いが真実を語る人たちがいる。そうした人たちとのネットワークを自分の力で作り出すこと。そして、発信することで社会は健全化に向かう。

(「弱者のエゴ」は一番性質(たち)が悪い。差別化して強者-権力者を作り上げ、そこに向けて無批判に攻撃を仕掛ける。社会的抹殺を仕掛ける。犯罪に等しい。「弱者のエゴ」という言葉を一般化させたのは筑紫哲也氏だ。晩年、彼は弱者側に立った人だとレッテルを付けられてしまったが、実際はそうでもない。彼はこの弱者のエゴを嫌った。この考え方の行き着く先が社会主義、共産主義、又は極右の全体主義に繋がるからだ。)

東北、東京及び関東の暴走を誰か止めねばならない。関西の力で何とかならないものか。本音で言う勇気を持った人々が出てこない限り状況は変わらない。いわゆる瀬戸内文化圏+京都の力で何とかならないか、と思ったりする。福岡やその他の九州は東京に対して劣等感を持っているから正常な批判精神が持てない。

東北(被害者)VS東京(加害者)という状況をいつまで続けるつもりなのか?それを全国に広げられちゃあ適わない。おそらく、東北もそれが本意ではないだろう。それの行き着く先は、東北=特権地域となるだろうから。

「蒲田行進曲」で銀ちゃんが「ヤス、いいかげんにしろ!」というのがあるが、それをやらないといけないのだよ。
「銀ちゃん、格好いい~っ」と言いたいのではないか?それを望んでもいるのではないか?本音では。

私の考え方は偏っていますか・・・・・?
たとえ偏っていても別に平気ですけどね。
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by worsyu | 2011-09-12 10:35 | 時事ネタ | Comments(0)

ダウ1万割れ間近

ダウも日経もひどいねえ。しかし、まだ下げ余地がある。まだ下がる。
サブプライムローンが焦げ付き、リーマンショックで世界不況の始まりを告げた時に言ったと思うが、これは100年に一度の出来事。
少し上がってはドーンと下げる。この繰り返しだと。
アメリカ経済は既に破綻している。それを支えているのは中国、日本。しかし、中国は覇権国家。世界経済に対する責任なんか持っちゃいない。自分たちの都合のいいときに都合のいい判断をするだろう。
日本は膨大な借金を抱えながらも、経済力、技術力を持っている。しかも、最大の債権国家であるから信用度が他の国よりも大きい、だから円が買われる。
現在の77円台を予想した人はいただろうか。私は既に今回の出来事を予想していたことは皆さんご存知のことと思う。
1ドル-70円台が普通の時代になる。
日銀はどんどん円をばら撒けばいいんだ。どうせ買われるんだから。砂漠に水を撒くようなもの。それでも撒かないと草は生えてこないよ。
円は価値を生む貨幣なのだから。
東日本大震災の復興予算が20兆円だとか、いやそれ以上だとか言われますが、そんなものはたいした問題ではない。現に、円は買われている。実際の日本の予算の歳入が50兆~60兆円だとしても、実際はそれ以上の金が廻っている。92兆~98兆円として、公債で不足分を補っている。累積の赤字国債は800兆とも900兆とも言われている。毎年40兆づつ借金しているのだから、この返済に何十年かかるかわかりゃしない。そもそも単年度でゼロシーリングが達成できるかどうかもままならないのに。まともに考えたらゾッとする。
一般の家庭や会社レベルで考えたら、自殺するしかないわけなのだが・・・・
信用経済というやつは、実際に廻っている金の何十倍、何百倍、考えられないくらいに膨らんだ風船の中で動いている。100円のモノを買ったことにいろんなことを結びつけると、信用を担保に1億円が関連して動くように見える。それでみんなが幸せになる。これが信用社会なのだ。言い換えればギャンブル経済とも言える。

なぜ、日本はアメリカのようにデフォルト不安にならないのか?
日本は、走り続ければいいのだ。日本は今や世界の希望なのだ。常に新しいものを求め、自分を変えていく勇気を持っている。新しい価値を作り出す力を持っている。新しいライフスタイルを探し続ける。
キーワードは新しいものを探し、作り、使う。

超高齢化社会になれば、彼らの年金をいかに効率的に動かすかが重要になってくる。労働力としても有効に使う必要が出てくる。大都市から地方へ動いていく。
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by worsyu | 2011-08-09 11:07 | 時事ネタ | Comments(0)

アサシン

耳慣れない言葉だが、これからよく耳にすることになるだろう言葉だ。
アサシンとは暗殺者という意味だ。昔聞いた気がする人もいるだろう。漫画や映画の題名で、時々使われる。ハードボイルドアクション系で。
今秋の日本映画でもそういった題名のものが公開されるらしいが・・・

昨日、youtubeで聞いたのは、キャラクター・アサシネーションだ。意味は人格破壊、人間抹殺とか。
民主党の小沢一郎という政治家に対して行われている国家ぐるみの圧力のことに対して、この言葉が使われていた。こうしたことは、欧米でもよくあるらしいのだが、日本のように、これほどまで大掛かりで長期間にマスコミ、司法、検察、政界、経済界等の権力機構の全てを駆使して行われることは、まず、無い、という。
これは、「誰が小沢一郎を殺すのか?」という本を書いたオランダ人ジャーナリスト カレル・ヴァン・ウオルフレンの言葉だ。
この人と小沢氏との公開討論会が昨日、自由報道協会の主催で行われた。この自由報道協会というのは何なのか?記者クラブを追われたジャーナリスト、記者たちが主体の機関と思われる。

明治維新後、新政府は、官僚の力で急速な近代化を推し進めた。これは上からの改革だ。トップダウン方式。今の中国と同じことだ。昔は、枢密院というものが存在した。議会とは名ばかりで、重要な決め事はそこで決められる。元勲と言われた山縣有朋による政党政治の否定と超然主義により、民主主義というものは発展できなかったという経緯がある。

話はそれるが、今回の中国の鉄道事故にしても、日本の技術をかすめ取り、パクっただけのものではシステムが上手く動くはずが無い。日本の造船、鉄道、車、等の技術、そして、安全に対するシステムと管理には50年以上積み上げられた膨大なノウハウのソフトがある。これは真似しようとしても真似できない。中国が急げば急ぐほど事故を起し続け、そこから学び、発展していくのだろう。ただし、それまでに多くの人命が失われることになるのだろうが・・・

小沢一郎という政治家に対する風評はすごく否定的なものがある。嫌悪感をあからさまに出し、金権汚職のシンボル的存在に語られる。しかし、彼に掛けられている嫌疑が晴れれば話が変わってくる。罪人から英雄になる。ジャンバルジャンである。
日本では、トウショウヘイは出ないだろうと思ったが、どうなんだろうか・・・

一度マスコミに付けられた烙印をはがすことはできるのだろうか。三浦和義氏のように最後の最後で抹殺されるのか。それとも、郵便不正事件の村上氏のようになれるのだろうか?それをマスコミは許すだろうか?おそらく、ここまで大キャンペーンを張ってしまったら、その旗を仕舞う事はできないだろう。何度も何度も自分たちの身を守るために攻撃してくるだろう。社会的に抹殺されるまで。

もし、万が一、彼が次期首相になろうとしたら、それを望まない勢力はあらゆる手段を講じて阻止、妨害しようとするだろう。
既存の権利や権益を持っている人たちにとって、それを手放すことは、耐え難いことであるわけなのだ。
明治維新からそろそろ150年が経過しようとしているが、「日本は和を持って尊しとなす」から本当に脱却できるのだろうか。

サッカーでは当たり前のことだが、結果が全て。
指導者は最善を尽くし、結果が出なければ交代させられる。当たり前のことだ。それをやらなければ前に進めない。今正しくても明日も正しいとは限らない。目指すところは何処なのか。
サッカー文化が浸透してくるにつれ、今までの日本的な曖昧さがなくなってきた気がする。
これは良いことだと思う。
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by worsyu | 2011-07-30 15:03 | 時事ネタ | Comments(6)

九州人?+大分県人です

松本龍。格好いい名前だねえ。
格好の餌食にされている。以前、このブログでも指摘したように、現在、東北地方はクレーマーと化しているから、心の余裕が無い。政治家が足を運べば叩かれるだけだ、と言った。
(まあ、マスゴミと対抗する政治勢力との工作によるものだろうが、言いたいことがあったらその場で言うべきだと思うね。後からいろいろやるのはあまり誠実さを感じない。胡散臭い。後出しジャンケンは日本人の得意技だがね。)

この言葉を石原都知事が言っても何でもない、自嘲気味に快く笑うだけだろう。なぜなら、彼は東京という権威の象徴だからだ。
松本氏も中身は当たり前のことを言っているだけ。問題は「九州の人間」という言葉を使った時点で権威が無くなったわけだ。つまり、叩いても大丈夫となったわけだ。

東北はこの弱者のエゴを使ったこと、感情を爆発させたことにより、プライドをなくしたと言える。この禁じ手を使ったことで弱者であることを認めたことになる。弱者であり続けなければならなくなる。つまり、弱者であるから、堂々と請求できるのだ、と。これはつまり、被差別部落の論理なのだ。つまり権威主義(利権)におもねることを宣言したようなものなのだ。

もう一度、繰り返すが、もし石原都知事が言っていたらどうなるだろう。「俺は東京の人間だから東北の何市がどことか言われてもよくわからない。(笑)」「あれが欲しいこれが欲しいはだめだ。知恵を出せということだ。知恵を出したところは助ける。出さないやつは助けない。それぐらいの気持ちでなきゃだめだ。」等々。

みなさん、想像できるでしょう。和気合い合いと歓談している姿が。クレームなど付ける訳が無い。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は、以前から言っているように、大分は「いわゆる九州人」とは違うという意見の方だ。だから、彼が川筋気質というか、男尊女卑的な、やくざ的な物腰で人気を取っていることに違和感を覚える。「九州の男やけん」という何やら変なストイシズムが受け入れられない。(これを言うのも3度目だが、「府内戦紙」という変な祭りがあるが、これは女のハレの祭りであって、男はそれなりの引き立て役の存在でしかない。ここが博多の祭りとの明確な違いだろう。)

私は、はっきり言って大分が田舎だとは思っていない。たとえ、田園風景が広がっていたとしても、新幹線が通っていなくても、経済的に恵まれていなくても、外部の文化を受け入れる精神的な余裕があり、それを楽しむことができる。権威に拠らず、感情に流されず、理を尊ぶ日本の中でも稀有な人々が多いところだと思っている。違う人ももちろんいるけどね。


大分は言葉に訛りが無い。他の九州弁のようにイントネーションが崩壊していない。だから、普通なのだ。特殊な地域ではない。九州の中では特殊であっても、日本の中では特殊ではない。しかし、そのこと自体が特殊だとも言える。九州であって九州でない。それが不思議なところであり、魅力でもある。
大分の今の政治家を見ても、それほど変な人はいない。
重野、吉良、衛藤、岩屋、特捜最前線(横光)、礒崎、足立。どうだろう。変なやつ居る?

我々は九州人なのは確かなことではあるが、九州新幹線が通ったからといって九州が一つになったというキャッチフレーズは受け入れがたい。
しかし、九州人であることは確かなことだ。そこに誇りが持てるとしたら何だろうか。

われわれにとっては、それは、最後まで諦めない。粘り強く頑張る。真面目。という一般的に認められている九州出身者の気質に対してであろう。
しかし、敢えて、言うならば、これからは、当分の間、出身は九州ですという言葉の後に、「大分県人です!」と一言添えるべきだろう!!
そこには、進取の気質。自由主義。民主的。個人主義。女性尊重。という性向が付加されることになるからだ。それが嫌なら九州人のままでいろ。

「大分帝国」「九州の誇り」

良いではないですか。トリニータがある限り、この言葉は使える。やはり、大分トリニータは潰してはいけない!!
大分が大分であり続けるための誇りであって欲しいし、我々にとってのメッカのカーバ神殿とならんことを祈る。
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by worsyu | 2011-07-05 10:21 | 時事ネタ | Comments(0)

無茶苦茶な国

天皇や皇太子夫妻らが震災地を訪問し、慰安している。見ていて感じるのは、接し方が随分変わってきたということだ。昔なら顔を上げることもできない人も多かっただろう。今では、天皇の目を、顔を、くまなく嘗め回すように見ている。観察している。
ありがたいと思っている人もいるだろうが、中には興味本位で見ている人もいる。
被災地の人は、ストレスが溜まってきているようで、2ヶ月以上経つと自分が置かれている境遇を受け入れられなくなる人が出てくる。だから、皇族が慰安に行くのはもうやめたほうがいい。危ないだろう。政治家が行ったら袋叩きに会うだけ。
クレーマーが増えているという話だ。

ところで、大前氏は、中国が日本の農産物に対して輸入規制を掛けたことを受け、日本政府(も国民も)が過剰反応だと不快感を示し打ち消すのに躍起になっている姿に対して批判をしている。
それは天洋食品の餃子中毒事件の際に政府は全面禁止措置をしたからだ。米国牛のBSE問題の時もそう。他にもタイ米の緊急輸入の時もコンテナの一つにネズミの糞が残っていたとして大騒ぎして、タイの感情を逆なでしたり、アルゼンチンの口蹄疫が発生してからは同国からの輸入は未だに禁止のまま、など、難癖やいちゃもんをつけて輸入を制限しておきながら、自分たちの利益が損なわれるとなったら、平気で今まで自分たちのやってきたことを棚に上げて、ごり押しする。
生産者の利益と消費者の利益の両方を達成させようとしてルールを曲げてしまう。これでは世界中の誰も相手にしないだろう。

なぜなんだろうか?おそらくマスコミのせいもあると思う。正常なジャーナリズムが無いために、歪んでいびつな大衆迎合的なマスゴミが形成されているからだろう。

放射能を海に流したのもおかしい。それまでアメリカの原子力空母が入ってくる度にヒステリー気味に汚染調査をしたり、ロシアの老朽化した原潜を深海に沈めるのに汚染されるからといって反対する。金を出すから地上で処理してくれと頼んだり。
それなのに自分たちは平気で海に高濃度の放射性物質を流す。

日清日露戦争で莫大な賠償金と領土を奪った日本が、今度は負けたら、どうか許してくださいと言って賠償金の免除を願い出る。大体、「負けるくらいなら玉砕する。国体の保持ができれば国は滅びない」とか言っていたのに、負けを認めた途端、手のひらを返して被害者面をする。

中国には本来頭が上がらないはずなのに、未だに下に見ようとする傾向がある人がいる。まもなく中国は世界最大の経済大国になる。一人当たりの所得もやがて日本と並び、追い越すだろう。

中国、韓国に対しては勝者の論理を、アメリカ、欧米に対しては敗者の論理を駆使しているようでは、世界から尊敬されることはないでしょう。

勝者でもなく、敗者でもない論理。つまり、国家を捨てることから戦後はスタートしたのです。それこそが唯一日本人の生きる道だと信じて・・・

でもまあ、結局、それも都合でしかなかった、ということなんだけど。A級戦犯に対する扱いもぬるい。それを祭っている靖国なんか一民間の宗教法人に過ぎない。やがて老人たちが死ねば潰れる運命だ。国が買い上げない限り維持できないだろう。そんな金無いし・・・

日本人のご都合主義は根が深い。年季が入っている。この自己矛盾を抱えたまま生きていることが世界から見て不思議というか神秘の国なんだろうが。

そんでもって、震災に遭ったからというわけか何か知らないが、自画自賛している妙な国民性。
そろそろ冷静になって、国の借金をどう減らしていくか、大きな政府から小さな政府への転換をどうやっていくかを考えるべき。

バブルを夢見ていたいなら中国へ行けばいい。日本はこれから質素に節約に努めて静かに暮らす国になるんだから。
その前に、東日本から西日本へ経済の比重を移さないとね。
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by worsyu | 2011-05-09 14:51 | 時事ネタ | Comments(0)

東から西へ

またまた毎度ばかばかしい話でお付き合いください。

茨城の学園都市であるつくば市で転入手続きに来た福島県民に対して放射能検査済証の提示を求めたとか・・
テレ朝の報道ステーションでやっていた。
キタキタ・・

無知が原因で起きる風評被害。人間にも・・・
役所の先回りで起きた不手際?果たしてそうだろうか。
つくば市は筑波大学を中心にした学術・研究を中心に作られた都市という側面があり、少なからず選民意識があると思う。そこに入ろうというのだから当然チェックは必要か、という意識があったと思う。
実際、住民の中には不安に思う人が多かったのではないか?知識があるとか無いということとは関係なく、気持ち悪いという意識。調和が乱されるというムラ意識もあるのではないか?
おまけに、首都圏の市民の意識は、クレームがあって成り立っているような社会である。ほんのちょっとしたことでもクレームをつける。
例えて言えば、自分が落としたフォークは拾わない。手を上げて給仕を呼ぶ。遅ければ怒る。そんな気質がある。
「日本はひとつ」なんてきれいごとを言っても、都会と田舎の流儀も感覚も意識も全く異次元のものだ。そこで面食らってしまうのも無理は無い。

千葉に福島から転入してきた子供が公園で遊んでいたら「ワー放射能が移る~」ってからかわれたとか・・・
これはたわいの無い子供の遊びなのか?それとも差別なのか?
おそらく、これは周りの子供に受けたと思う。この差別による笑いの根底には、首都圏独特のものがある。悪気は無い。しかし、笑われた方は傷つくだろう。中華思想というか、中心地至上主義的とでも言うようなものがある。

西日本では、身内をけなすことは大いにやるし、強者をけなすこともよくやって笑う。しかし、弱者をけなしたら、差別として非難されるだろう。それは陰口となる。

今回の出来事で思うのは、精神文化も「笑い」を中心に東から西へとシフトしているような気がする、ということだ。
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by worsyu | 2011-04-20 13:48 | 時事ネタ | Comments(0)