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hideの先覚性

昨日、久しぶりというか、ほとんど初めてまともにhideのPVを見た。

1998年5月に33歳で亡くなっているので、もう16年も前のことになる。
クオリティーが高いPVになっているし、勢いがある。日本が一番輝こうとしていた頃を象徴している。

あの時代、世紀末の日本でのhideは最高に格好良かったのだということがわかった。

ロックであり、ポップであり、サイケであり、パンクであり、歌謡であり、何とも言えない混沌とした中に身を置く面白さを感じる。

音楽的には、何だか幼稚な感じもしたので、ビジュアルの流行の中に生きた人という印象が当時は強かった。

しかし、今聞くと、新鮮に感じる。音楽もそうだが、衣裳、スタイルが面白い。
古くない。彼のまわりだけ、何故か時代を越えている空間に見えてくる。

後追い自殺者も出たりして、当時の若者の支持を得ていたhideだが、X-JAPANのその後の迷走を見ていると、彼の進む道に希望があったという気もする。

hideの世界観はオリジナリティ溢れるもので、先駆者としての偉大さを感じる。他人が作ったものでない、感性の強さを感じる。
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by worsyu | 2014-12-13 13:27 | ひまネタ | Comments(0)

そろそろ痩せよう

最近わかったことがある。
去年友人が亡くなり、また、今年に入ってから、母親が病気になったことでわかったことだ。

友人は、太っている割に運動神経が良く、酒にも酔ったところを見たことが無かった。付き合いが良く、誰からも信頼され、かわいがられ、女に持てた。歌もなかなか上手い。
そんな彼が、突然病に倒れ、食事ができない状況になってしまったのだ。その時に彼が言った言葉は、「食べなければ太らない。今は何も食べたくない」というやつだった。

現在の自分は、少しやせ始めている。母親の病気で気疲れしているのもあるが、実は、お菓子を食べるのを控えているのだ。いわゆる間食を抜いている。これだけでやせ始めた。お菓子はやはり毒なのだ、ということを実感。

みなさんも、市販のお菓子は食べない方が良い。そうすれば新たに運動を始める必要もないのだ。勝手に、自然に痩せていく。適正な体重に落ち着くはずだ。
それから、腹が減った時には、ウーロン茶を飲むとよい。

間食を辞めるのと、ウーロン茶で、10キロ痩せるつもりだ。多分、そこが私の適正体重だと思うので。それを維持するには、痩せるのに苦労していてはだめなのだ。だから、楽して痩せる。
これが一番の近道だ。(もちろん、これだけでは効果は半分。プラス或ることをやっている。食事改革だ。これも効果がある)

10キロ痩せて、まだ、痩せたくなったら、運動をすれば良い。それまでは運動も禁止だ。
継続できなければ意味が無い。リバウンドするだけだからだ。


松本山雅戦。勝てるとは思っていなかった。勢いが違う。メンタルで勝負にならない。引き分け上等くらいに思っていたが、0-2で完敗。まあいいだろう。

問題はここから如何に千葉より上に行き、そして、戦力を整備して良い状態で昇格争いに入っていくかだ。
J1で戦える戦力に引き上げて、そして、自信を持って戦いに臨む。力が無ければ沈む。それだけだ。
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by worsyu | 2014-10-17 14:38 | ひまネタ | Comments(0)

トップリーグ開幕戦

ラグビーの国内リーグであるトップリーグが始まった。
そのオープニングゲームが秩父宮ラグビー場で昨日行われた。昨年王者のパナソニックと強豪の東芝の対戦であった。
余計な太鼓やラッパの音が無く、歓声の中で行われたことがまず素晴らしい。ラグビー観戦の成熟度が上がっている。年配の方が多いからかも・・・

ヨーロッパや南半球を中心に盛り上がっているスポーツであるが、なぜか日本でも昔から人気があるスポーツだ。
ラグビーの、特に日本のラグビーの素晴らしさは、未だに学生スピリッツが残っている点にある。しかも、英国ラグビーから来るエスタブリッシュメントのスポーツという気風が残っているからだろうか。
勝負よりも内容、勇者と賢者を競うスポーツという側面を持つ。悪く言えばアマチュアリズムを色濃く残すマイナースポーツでもあるのだが。

この試合は、観客の反応も素晴らしかったし、選手たち、特に東芝の選手たちの気迫が素晴らしかった。39-26という点差がついたが、実力差はほとんどない。むしろ、パナソニックの方が上の部分もある。
特に素晴らしかったのは、東芝のスクラムハーフの小川(東福岡高校・日大出身)だろう。パナソニックのスクラムハーフの田中も素晴らしい選手で、際立つプレイが何度も見られたが、今回の試合ではトータルで小川に軍配が上がるだろう。プレイスキックの精度も素晴らしく。パナソニックの名キッカーのバーンズと遜色なかった。

それから、試合を裁く審判団が素晴らしかった。
特に主審の平林さんは見事だった。的確に冷静に裁いていった。ラグビーの場合、主審の権限は絶対的である。しかし、近年、テレビ放映がなされるたびに、疑惑の判定も多くみられるようになってきた。そこで、かなり前から、世界的にはビデオ判定が行われるようになり、日本もそれを導入していた。
ビデオ判定のシーンを会場に流し、衆目の中で主審が判断する。主審といっしょに選手、監督・コーチ、観客が考える。納得のいく答えが出る。
このプロセスが素晴らしい。

秩父宮の熱気が全国に伝播するかどうかはわからないが、日本ラグビー界は一歩前に踏み出した。
この試合は私が思っていた日本ラグビーのレベルを越えていた。進化している日本ラグビーを感じた。
それを実現させているのは、積極的に外国人選手を起用し、世界の戦術を学び、取り入れ、独自に進化させようと努力しているからだろう。
バックスでも180センチを超え、体重も100キロ前後の選手を揃えるようになり、壁を形成している。

日本ラグビーでは、まだ、ハンドリングの妙やショートパスの精度、連携の巧みさ、そして、スピードラグビーが展開されるが、世界は、ハンドリングもパスも確実性が重視されるし、コンタクトの力を最大限強化することが勝利につながるのである。パワーラグビーである。

日本ラグビーもこれを全く無視することはできない。世界と戦うには、ある程度相手のの攻撃に耐える壁を形成する。守備面での強化が第一である。次に、攻撃ではリクスマネジメントをしながら得点力を付ける。プレイスキッカーの育成と、キックの精度、状況判断とプレイの選択も重要だ。

世界基準にレベルを引き上げつつ、同時に、相手を凌駕する部分を見つけ、それを効果的に展開することで勝利に近づく。

もう一度言うが、ラグビーの素晴らしさは、エスタブリッシュメントとしての誇りを持って戦っていることである。
実際には、プレイしている選手がエスタブリッシュメントであるわけではない。学歴、教養の低い選手も中にいるだろう。しかし、ラグビーを競技する上では皆平等であり、紳士である。

2019年のW杯は日本で開かれる。その時、試合会場として大銀ドームが選ばれれば芝は痛むが、又1つ、格が上がることになる。

日本ラグビー界の奮闘を期待したい。
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by worsyu | 2014-08-23 11:28 | ひまネタ | Comments(0)

日本とトリニータ

昔、「人生に必要なものはすべて幼稚園で・・」なんて本がありました。なぜか内容はあまり覚えていないのですが、たぶん、幼稚園レベルのしつけがあれば全て上手くいくということだと思います。

さて、それでは、現在の日本は?
幼稚園レベルで考えるというのが、正解なのかもしれない、と思った。そして、このレベルが永遠に続くのだ。

我々は、小学生になりレベルの違う子どもともいっしょに勉強するようになる。ここでは自分の価値観などというものはまだ未熟である。だから、先生の価値観-学校の価値観に従ってしまう。権力には抗えない。理論的にも体力的にも。
しかし、違いに少しずつ気づいていく。

中学生になると、勉強の出来不出来による格差が広がっていく。それは価値観が形成されていく過程でどうしようもないものだ。それを無理やり押し込めようとするか、ガス抜きをしながら、ごまかしていくか・・これは先生側の論理であって、組織論でしかない。
不良や馬鹿は、ここで形成され始める。

高校になると、成績別に振り分けられたわけで、比較的価値観が近い連中と生活ができるようになる。それでも、その学校の価値観の範囲でのみの自由でしかない。

大学に進めば、より、自分の勉強したい分野のみに集中できる環境になる。ここで初めて、自由に勉強でき、自分の欲することができる自由な時間が持てる。この生活がいつまでも続けばいいのだが、それは、社会に出るまでのバカンスに過ぎない。

社会に出て、企業に入れば、そこで待っているのは、弱肉強食の共産主義的組織なのだ。ただし、ここで行われているのは、競争であり、営利行為である。利益追求のための組織活動なのである。
本来ならば、個人の能力を最大限発揮させるための環境整備をし、無駄なものを省き、会社からの干渉は、企業活動のみに限定され、個人の思想信条や価値観、私生活に踏み込むことはしない。そういったものは、利益を生まないからだ。

しかし、日本においては、組織に活力を与えるためならば何でもする。個人は犠牲になる。つまり、全体主義なのだ。

これは、社会主義、共産主義?否、国家資本主義とでも呼ぶべきものか?いやいや、村(ムラ・ソン)資本主義なのではないか?それとも、幼稚園資本主義とか。

どうでもいいことだが、問題は、このいびつな日本的な資本主義社会という組織を維持するために、犠牲者が出ていないかということだ。それは正義なのか、ということだ。

現実に生活していく上で、国家のことなどどうでもいい。犠牲者が少なければ、自分に痛みが来なければ、その社会は良い社会だということになる。
果たしてそれでいいのか?
未来に対する責任というものは考えなくていいのか?

幼稚園児は、先生の言うことを聞いていれば良い。言うことを聞く良い子と呼ばれる。喧嘩はしない。喧嘩をしたら、両成敗。善悪の判断はしない。友達をいっぱい作る。思いやりのある良い子と呼ばれる。
でも、この幼稚園は、激烈なる競争社会の上に浮かんでいるんだけど・・・・

競争に勝ち続けるには、良質の人材、良質の物、膨大な金が必要。それらをうまく組み合わせれば、良い結果が得られるはずだ。これが道理である。

金は無い。良い人材も集まらない。物は不足している。それでもやり方次第で良い結果をもたらしてほしい。これは精神主義。個人が組織に犠牲になる典型的な形だろう。
このやり方は、一瞬、一時的には良い結果が得られても、続かない。
とにかく金だ。
金が無ければ信用で借りればいい。10年でダメなら100年でいい。とにかくどこかから金を集めてこい!
これも同じこと。(無ければ印刷させろ!とやった人もいるが・・・・)


大分トリニータは、苦い経験をしている。だからわかっている。金をいかにして集めるか。それも、永続的に。祭りを続けさせるためには、その祭りの意義を高め、説明し、それによって、得られるものの価値を高める努力が必要だ。
ただ金が集まればいいわけではない。それでは意味が無いのだ。だからNOとしたのだ。

私は、大分トリニータは、清く正しく美しくあるべきだと提言した。吉武イズムを追求することで、他クラブと差別化を図り、正しくサッカーを愛し、遊び、楽しむ。相手を尊重し、審判に服従し、そうした中で自己実現をしていく。個人も組織も国も正しく成長していく。

これが、サッカーを通じて日本を変える。大分から日本を変えることにつながると思うのだが・・・・・

日本を救うために大分トリニータを応援しよう。

なんでそうなるの?   つまり、そういうことなのだよ。
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by worsyu | 2014-08-09 11:03 | ひまネタ | Comments(0)

ウリナラマンセー

この「ウリナラマンセー」という曲を知ったのはつい最近である。正直昨日だ。

もう、10年も前に作られたというから驚きである。
とにかく、楽しい。というか、にやけた笑いをしてしまう。

作者は「不詳」という方。右翼の方なのかどうかわからぬが、すごい人だ。
麻原音頭のようでもあり、小林あきらの音頭のようでもあり、植木等の無責任音頭のようでもある。

韓国の主張を全て入れこんで歌いあげているところがすごい。韓国側が言っていることをそのまま載せているだけなのだ。それで笑えるのだからすごい。
それから、韓国に対する愛も感じられる。最後の歌詞を歌わなければ韓国の人ともいっしょに歌えるね。


近年、韓国側からの日本バッシングが続いているが、私は、この曲を歌っていればいいと思う。この歌を歌うことが憚れるような時代の空気では却って危ない。

自由な空気の中で、尊重できる部分は尊重し、笑える部分は大いにバカにしていいと思う。

もちろん、韓国側はあまり良い気もちではないだろう。内容的には大体真実だが、なぜかチャカされている気分がする。

つまり、バカにされているのだから。

北朝鮮が軍事色を前面に出して誇張した音楽を付けてニュースを読むのと同じく、韓国側の主張もスーダラ節っぽく読んでいるわけで、同じだということに気づくだろう。

アメリカが他の民族や文化を馬鹿にして笑っている前提には、相手の国を基本的に尊重しているという面がある。
これは、福沢諭吉翁にも言えることで、唯我独尊。自由と平和を尊ぶ精神、心があれば、笑う権利は保障されるというわけである。

この曲を聴きながら、韓国人や他の国の人たちといっしょに笑いたい。東京じゃできないかもしれないが、大分ならそれができるかもしれない。

「ウリナラマンセー」は私の中では今年カラオケで歌いたい曲の一つに入った。

とりあえず、当分の間、毎日口ずさむことになりそうだ。
結構気に入っている。
旋律が頭から離れない。
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by worsyu | 2014-07-24 13:33 | ひまネタ | Comments(0)

トンボの羽根

以前、ここで紹介した純国産飛行艇のUS-2について。
ご存知の方も多いと思うが、この飛行艇は世界最先端の技術で作られている。あの辛坊治郎が遭難した時、高さ3メートルの波に着水し、見事に救助したというあの飛行艇だ。

エンジン部分はロールスロイス社製で、4発積んでいる。強力なエンジンと機体の軽さ、揚力を作る設計の3つがあって初めて実現するものだ。

ここに、日本文理大の航空宇宙工学科教授に小幡章(おばたあきら)という人がいる。この人は、トンボが台風の時も、風の弱い時も空中に安定して浮かんでいることに着目し、その研究をしている人だ。
微風小型風力発電をペットボトルで試作したことで、多少は知られた人だが、彼の研究は、それにとどまらない。
トンボの羽根による揚力発生のメカニズムが解明されたことで、少ない風でも揚力が得られる翼を持てば浮かぶというのだ。

これをぜひ、US-2の翼に採用すれば、時速20キロくらいで浮かぶことができるかもしれない。そうすれば、エンジンももっと小型化できるし、国産エンジンでもできるようになる。航続距離も5000キロを越えるくらいになる。
1機あたりのコストが下がる。騒音も低くなる。

話は変わるが、まずは、東京オリンピックの開会式用にスタジアム外でゴリアテやギガント、タイガーモスらを浮かべてみたいね。
宮崎ワールドを作り出したいね。みんなで知恵を出し合って。これは、誰が何と言ったって近年の世界に誇れる日本の文化であるよ。
すでに長野パラリンピックで久石さんがやっているんだよね。これはよかった。オリンピックはダメダメだったけど、こちらは素晴らしかったよ。

トンボの羽根が世界を変える。空に浮かぶ一歩となるのだ。
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by worsyu | 2014-07-15 11:18 | ひまネタ | Comments(0)

台風一過ではないが

超巨大台風のふれこみだった台風8号。
大分市内では大した影響も出ず、昨日は浮き浮きした気分の人も多かったのではないか?
台風が来るとなると何だかうれしい気分になる。それは、学校が休みになったり、生温かい雨と強風に何故だか知らないが、気分が興奮してくる。
これは、台風に慣れ過ぎているなのかもしれない。ニュースで盛んに「気を付けてください」なんて言われても、平気の平左で、家の中で結構お菓子食べてテレビやビデオ見て楽しんでいる。

結局、台風は鹿児島、熊本-宮崎を横断して、太平洋岸を東上して行った。
大分の朝は一部青空が覗いていた。
まあ、完全に過ぎ去ったわけではないし、後から雨が降ることもあるので。台風一過とまではいかなかったが。
大体、大分市内は、四方を山に囲まれているおかげで、概ね守られている。内堀がそれで、外堀は英彦山から九重連山、祖母傾連山の外堀があり、天然の防壁となっている。川の氾濫と土砂崩れが怖いのだが。(東京なんかは、富士山のおかげで助かっている部分が大きい。しかしながら、一旦、水が溢れるとあっけないくらい都市機能が麻痺してしまう。東京オリンピックの際に集中豪雨が来たらどうするんだろうね。影響の出る競技も出てくるだろう。)

オランダは残念だったね。でも、試合はどちらかというとアルゼンチンが押していた。最後の2枚、攻撃的に行ったのが流れを引き寄せたか。
お互いに守備と攻撃のバランスと統率は取れていた。だから、0-0でも十分面白かった。真剣勝負だった。
体力的というよりも精神的にPKの連ちゃんは無理だったか。メッシは外すわけないし。

コロンビアVSブラジル戦で思ったのは、日本ではありえない汚いプレイでカードも出ず、試合が終わったことに疑問を感じた。日本のレフェリーなら、あそこは流さないだろう。試合には関係ないから流したのだろうが、あり得ない。線審が怠慢である。

こんなサッカーは見たくないし、こんなにまでして勝ちたいとは思わない。

オランダが優勝できないからといって、彼らのサッカーの素晴らしさを否定する気にはならない。ベスト8以上に常に入っていることはすごい。


大分トリニータにラドンチッチが入ってくるそうだ。結局、そこにすがるしかないか。

だったら、もう、最終ラインを上げ過ぎるのはやめてほしい。
高木は守備固めで使え。
後藤は後半のカウンター要員にしろ。
GKは武田に戻せ。他の選択肢はありえない。
来シーズンのボランチをそろそろ探しておけ。

千葉戦では、ブーイングが出たそうだが、そりゃそうだろ。

このままなら、松本山雅でも応援したくなる。その方がよっぽど楽しい。
「乗換歓迎」

地域密着に胡坐を組んで何の魅力も感じなくなってしまうチームには、少しずつサポーターも離れていくだろう。

舐め過ぎだろう。

ニータンを長浜神社で見かけたが、人が囲むわけでもなく、さびしい想いをしただろう。
これが現実なのだよ。


最後の拠り所としては、吉武イズムの追求と発展しかないのではないか?
吉武氏が示した日本サッカーの指針を実現させることが大分トリニータの存在意義になる。
それだけで絶対の存在になる。
ただの地方クラブじゃ満足できない。
求心力が欲しい。
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by worsyu | 2014-07-10 13:27 | ひまネタ | Comments(0)

愛媛との友情

「坂の上の雲」がNHKで放送されて3年が経つ。2009年から2011年まで3年に掛けて放送された。
予算も大河ドラマよりも数倍掛けている。配役も豪華である。司馬遼太郎の原作である。生前は許可が降りなかった。いわくつきの小説である。
現在衛星放送で放映されている。改めて見て、やはり面白い。
とにかく、日露戦争である。日本の歴史上、大国ロシアにひと泡吹かせ、勝ったという事実は、とにかくすごい。
戦闘シーンも丁寧に作っているし、ナレーションは渡辺謙である。
大分県にゆかりのある廣瀬武夫も出てくる。

この廣瀬なのだが、このドラマでは、特に好意的な目で描かれている。このドラマを見ると、廣瀬人気が出てくるのもうなずける。廣瀬の再評価につながったようだ。
廣瀬役の藤本隆宏はその後も活躍しているし、相手役のアリアズナ役のマリーナ・アレクサンドロワも、ロシアを代表する若手女優として活躍している。

この2人を何と竹田市は招待して、これまでイベントを何度かやっている。これはすごいことだ。今だと実現しないだろう。あの時だからこそできた。まだ、人気に火がつく前だったからこそできたことだ。
竹田市長の慧眼と実行力には本当に驚くばかりだ。

一方の主要な主人公4人の生まれ故郷の愛媛県松山市はと言うと、それほど聞こえてこない。イベントか何かやったのだろうか?主演の本木雅弘、正岡子規役の香川照之、その妹役の菅野美穂、兄役の阿部寛等々の豪華すぎる役者をイベントに招くことなどできようもなく、まして、今更呼ぶことなど到底実現するはずもない。
愛媛県はもったいないことをしたものだ。というか、豪華過ぎたがゆえに手も足も出なかったのかもしれないが・・・

私は、劇中、廣瀬の死を悼む秋山真之(さねゆき)の姿に、ちょっと感動した。実際に彼らの間にどれだけの友情があったかはわからぬが、失った友を思う秋山の姿は美しかった。

愛媛と大分。海を挟んでお隣同士だ。交流はもっとあっていいと思う。
いろんな面で、友情があっていいと思う。九州の他の県よりもずっと親しく感じるのは私だけではないだろう。

私は、愛媛をリスペクトしたい。これは、愛媛FC、そして、サポーターに対してもリスペクトしたいということだ。

秋山と廣瀬の友情は時代を超えて私たちにも通じるものがある。
何となくわかる。

少なくとも、私は、愛媛を尊重するね。軽んじたりはしないよ。
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by worsyu | 2014-06-03 18:20 | ひまネタ | Comments(1)

ネギトロ丼

某ファミレスにたまに行くことがある。
外食で迷った時に、やはり、あそこに行く。間違いはない。安心感がある。

そこで私が頼むのが、「ネギトロ丼」である。

これはイチオシなのだ。しかし、場所によって、旨い、まずいがある。
どこで差が出るか?それはご飯なのだ。

では、どこがおいしいかと言えば、それは秘密である。個人差があるし、「ネギトロ丼」が好きな人と嫌いな人もいるだろうし、ここのファミレスの調理法が嫌いな人もいるだろうし、もっと、おいしいところを知っている人もいるだろうし・・・

まあ、しかし、ファミレスで、この「ネギトロ丼」を食っている時は、「美味しい」と実感できる。

疲れた時に食べると、特に思う。
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by worsyu | 2014-05-27 11:59 | ひまネタ | Comments(0)

遷都 大分へ どう?

日本も事ここに到って、起死回生の一手が必要になってきた。
多くの方はご存じないか、知ろうとしないかだろうが、日本政府の財政状況は破綻寸前である。
日本経済が崩壊する前の乱痴気騒ぎで浮かれていられるのも後、何年だろうか?10年持つだろうか・・・
その時の為に、私は、今のうちに提言しておきたい。
遷都だ。
大分に遷都すればいい。

まあ、東京や大阪以外ならどこでもいいんだが、穢れていない地という意味で大分は良い地であると思うよ。
最初に言っておくが、これは私の妄想ではあるが、理にかなっている論であることを認識して欲しい。
主たる目的は、巨大化して機能不全に陥っている中央官公庁の一掃と縮小、そして機能改善にある。日本が破産すれば一番に要らなくなるのは、役人どもである。一度、解雇して、規模を大幅に縮小して再雇用する必要があるからだ。そのためには新しい地が必要なのだ。これまでも、日本の大変革の時は遷都をすることで、官僚機能の回復と経済の再生を図ってきた。そして、とうとう、その時が来たのだ。東京は江戸から平成までの400年余り、世界一の都市として発展してきた。しかし、事ここに到って、その幕を下す時が来たのだ。
東京は遷都以後も日本最大の都市として存続していく。しかし、政治機能は移すということで、日本の舵取りの使命は持たないことになる。日本再生のためには、どうしても必要なことなのだ。

まず、場所であるが、これは、宇佐平野でいいだろう。ここに、半径1kmの巨大な球状の施設(コア)を作る。ここに全ての政治機能を集める。地上に出ているのは、全体の3分の1程度、地下部分にその3分の2が埋もれている。周りを液状のもので覆い、浮かせることで耐震性を持たせ、ここを新霞ヶ関エリアとする。
国会議事堂はどうするか、最高裁判所はどうするか、天皇はどうするのか、という問題は、後回しでいいだろう。

障害となる問題は一つずつ消していけばよい。
大分は何よりも、関西、関東、九州、四国を束ねる位置にあり、言語的にも東京に近いアクセントでもある。今までの無駄を一気に解消させるには行政改革しかない。その一番の特効薬が遷都なのだ、ということを言いたい。
国民の税金を集め、配分する。その権力を一手に受けて肥大化し、後戻りできなくなった。官民の癒着も激しく、公正なビジネスを阻害し、既得権に群がる者を排除できなくなってしまった。

大分に移れば、半分は東京に居続けるだろう。コアを設けることで、肥大化を防ぐことが出来る。これはその象徴なのだ。

 

 

 

 

 


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by worsyu | 2014-04-03 12:48 | ひまネタ | Comments(0)