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北Qの不気味さ

ところで、ちょっと前の話だが、北九州へ遊びに行ってきた。
昔から北九州は暗いイメージがある。博多のあのバカ明るさはない。
しかし、こちらとしては、その方が安心する。
話す言葉も、多少もぞもぞしているが、大分と同じ。アクセントもそんなに違わない。
やっぱり豊の国なんだなあ。と妙にシンパシィを感じる。
北九州市は100万都市。政令指定都市。歴史もある。でも、最近、この30年ほどで福岡のおかげで影が薄くなってしまった。
元々は豊前の国。中津も含めて。
一方の福岡(博多)は筑前の国だ。もうひとつ、久留米、大牟田などの筑後がある。福岡はこの3つがあるのに、最近では筑前が顔になっている。もうひとつこれに付け加えると筑豊がある。福岡はひとつじゃない。しかしながら、特に北九州の豊前とそれ以外の福岡地域とでは、まるで違う。日陰の身となっている。

北九州とリンクしたい。同じ豊の国同士として、いっしょに仲良くすればもっと自分たちの文化や言葉を前面に出せると思うのだが・・・
今後、北九州市に足を運んで北Qを極めたいと思っている。北Qが好きになれるかなあ・・・えへっ。殺されるかな?・・・

と、そんな思いでいたが、ショックが出来事が・・・・・
八幡のイオンモールにペットコーナーがあるのだが、犬のケースの中に何故か「ニータン」が・・・・・
これは・・・・大分に喧嘩売っているのか?バカにしているのか・・・・それとも、このコーナーの人が単に大分トリニータを嫌っているのか・・・・

ココ
これは許されざることだ!!
今度行った時にまだあったら、ちょっと聞いてみるつもり。かわいそうに、犬にガシガシやられている。北Qの人間性を疑う。ちょっと普通では考え付かない無神経さ。
これはひどい。

考えてみて欲しい。パークプレイスのペットショップに熊本や福岡、北Q、鳥栖のマスコットキャラがガシガシ犬にかじられていたら・・・と。

おそるべし北Q・・・・・・

(皆さんの中で行くことがあったら見てみてください・・・・・トリサポの力で、できたらやめさせて欲しいです!!)
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by worsyu | 2012-05-01 19:29 | ひまネタ | Comments(1)

ルーティーン化のすすめ

随分長いことごぶさたしてしまいました。書くタイミングを逃すとなかなか戻れないもので。大した内容でもないのに、それなりに気にして自縄自縛で前に進めなくなってしまった。
いろんなことが思いつき、つぶやきたかったので、そのたまったものを少しずつ出していきたい。
さすがに、バサジィの件やオリンピック代表のシリア戦のことは書く気にならないが・・・・

仕事を大量に抱えている人、勉強の仕方がわからない人もいるかと思う。私はそこにルーティーンという概念を導入すればいいと思っている。
ルーティーンとは、聞き覚えの無い人もいるだろうが、フィギュアスケートとかシンクロナイズドスイミングなどで聞いた人は多いだろう。
ルーティンワーク:基本的な動作。日常的な繰り返し行われる動作、作業。

あまり難しく考える必要は無い。私流に言えば、キーボードのブラインドタッチのようなもの。皆さんはカナ入力ですか?私は昔、かなり昔の話ですが、カナ入力でした。しかし、途中からローマ字入力に変えました。当たり前のことながら、頭の中で考えずに効率よく打つにはローマ字入力の方がいいからです。
何も考えなくても瞬間に指がポジションを追っていく。頭を使う必要は無いのです。みなさんもそうでしょう?

複雑な作業でも分業化して単純労働化にしてしまえば簡単になる。その組み合わせが多いだけだ。そして応用力。
こういうことは皆さんも子供のころにすでにやっているのです。漢字の書き取りです。漢字の辺や冠を一気に書いてその後に中身を書いたりしませんでしたか?その方が効率がいいです。誰に教わることがなくともやっているのです。ルーティン化を。

私は若い時に長編小説をいくつも読みました。今や作者と題名を覚えていてもその中身は全然覚えていないものもあります。しかし、その訓練は私に長文を読む癖を身につかせてくれました。全部を理解する必要は無いのです。一部分でも覚えていれば話の流れは繋がります。難しい言葉や地名、人名を覚えられなくても大丈夫。
専門書にしても一部を理解していれば、そこから繋がっていきます。忘れたら戻ればいいのです。

私は、今、およそ3人分の仕事をしています。しかし、余裕があります。それは作業をルーティン化しているからです。言い換えればデータベース化しているからいちいち覚える必要はないのです。忘れたら調べればいい。即答できる必要などないのです。中には何年も前の仕事を覚えている人がいますが、そういう人たちはかわいそうな人たちだなあとも思います。そんなことに頭を使うよりももっと人生を楽しむことに使うべきなのではないか?って。

作業を単純化して分割し、ルールを決め、後は、その時間割です。これがルーティン化ということなのです。3人分なので、タイミングがそれぞれあります。どれを優先すべきかが大切です。いつまでにこれを終わらせなければならない、としたら、少しずつでも前に進めておく必要があります。仕事を溜めないということも大切です。途中で突発で予期せぬ仕事が入ってくるからです。だから、何が起きても対応できるように余裕を確保しておく必要があります。それから、他人をうまく使うということも大切です。(単純化してルールを決めてしまえば他人にやらせても大丈夫です。チェックすればいいのですから。)自分が関与すべきことかすべきでないことかの見極めも大切です。ここまで関与すれば後は人任せのほうがいいという場合もありますから。
ただ、あまり人を信用しないほうがいいですが。クオリティが落ちますから。

日本の官僚的なシステムはすごいな、と思いますね。免許の更新に行った時もすごいですね。関心します。あれだけの大人数を効率よく短時間で処理するために
作られたシステムです。トップダウンだけではあれは作れません。

お役所もそうですし、中央省庁にしてもそうです。もっと広げれば日本人すべてに言えることです。ルールを決めてそれを守ることでスムーズに物事が進んでいく。なぜ、誰もそのルールを守るのか。それは守るほうが住みやすいからです。
ただ、時代が過ぎ、本質が変わってしまっても相変わらず意味の無いことを効率よくやっていることが多いから役人は駄目なのです。誰かがかき回さないと腐ってしまうのです。

私が言っているのは自分で作ったシステムです。自分がコンピュータに指示して使ってやっていることです。他人が作ったシステムでコンピュータに使われている人とは本末転倒、まるで違う次元の話です。誤解の無いように。
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by worsyu | 2012-02-09 12:39 | ひまネタ | Comments(0)

審判のメンタリティ

東九州龍谷はまたもや優勝した。これで4連覇(V5)だそうだ。強いね。しかし、準決勝ではあわやのところまでいった。というか、負けてもおかしくない戦いだった。

ラグビーの大学選手権の決勝では、天理大が帝京大と同点のままラスト5分のところで勝負がついた。ラグビーは陣取りゲーム。しかし、天理大は自陣でありながら、ボールを保持しつつ、果敢に攻撃を繰り返した。しかし、結局、ラックになり、おそらく、手で掻いたという反則を取られ、相手のPGとなった。
たぶん、こっそり掻いたのかも知れないし、掻いていないのかも知れない。グラウンディングしてプレイをしてはいけない。
しかし、どうもこのレフリーの判断が気に入らない。最初の天理のトライ認定もおかしい。あれはラインを超えていない。自分で目視して確認していない。ならば認定すべきではない。
それから、最初の方だけは笛を吹かなかった。アドバンテージを取っていた。そして、解消。(細かいところまでチェックしすぎ。まあ、公平なんだろうけど、日本人の審判って流すことが基本できない。反則を見逃すことはおかしい。しかし、時として見逃していいケースもある。試合の進行に関係ないところでの軽い反則は無視していいのだ。そうしないと、肝心かなめの判断のところで間違った判断を犯してしまうから。それが怖い人は、イーブンにわざと持っていって最後のところで勝手に反則を取る。)

後半からおかしくなってきた。やたら笛を吹き始める。なんだか、自分の都合で吹いている感じがした。走りたくないから、息継ぎしたいから?疲れたのか?天理側に執拗にFWのコラプシングの反則を取り始める。そして、くだらん説教をし始める。そんなの聞く必要はない。無視すればいい。自分たちを信じて天理はプレイし、同点にした。

接戦で審判が目立つ試合ほどつまらない試合はない。そう感じるのは私だけかもしれないが。選手よりも審判が目立っちゃいけない。自分でストーリーを考え、その方向に動かすなんて、まるで警察か検察並みだ。最後に帳尻あわせをするのも同じ。これじゃあいつまで経っても日本のラグビーは進歩しないわ。早明戦の時も感じた。レフリーの質が上がらない限り日本ラグビーは強くならないと確信した。

東九州龍谷の場合も準決勝の下北沢成徳戦で、審判の資質が問われる判定が見られた。実際、ワンタッチだったと思うが、審判は取らない。アピールされてしぶしぶタッチネットだか何だか訳のわからない判断をする。ここから流れは変わってしまった。
ここで明らかのは、日本人は感情的なアピールに弱いということだ。だから、中国や韓国から圧力を加えられ、しぶしぶ認めることになる。政府だけの問題ではない。日本人があまりにもナイーブでプレッシャーに弱い。(しかしながら、もし、東龍に大竹がいたら、手が付けられないくらい強いチームになるだろう。それくらい、大砲以外の面ではずば抜けて洗練された、高度な技術を持った集団であることは間違いない。優勝するにふさわしいチームであったとは思うよ。つまり、5連覇(V6)するには大砲-エースを育て上げること。その前に獲得が急務ということになる。というか、さすがに来年は無理だろう、とは思うが・・・・すごいね。)

ところで、エースの鍋谷友理枝はどこかしら魅力がある。目が離れているからか・・・・女から好かれる顔だ。クラッシュギャルズの長与千種のような、山口百恵のような、不思議な雰囲気を持っているねえ。
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by worsyu | 2012-01-10 14:43 | ひまネタ | Comments(1)

熊本へ行こう

大分トリニータのおかげというわけではないが、熊本市にいくことが以前よりも多くなった。
熊本市は拡大を続け、76万人にまで膨れ上がった。おまけに新幹線も通ったということで、ついに今年の4月から政令指定都市に格上げされる。

先日熊本市に寄った。小さなことだが驚いたことがある。
それは、イオンのショッピングセンターに寄った時のことである。規模は三光よりも小さい。挟間クラスか。あまり期待していなかった。というのも、私は、ジャケットをずっと探していたのだが、大分には気に入るものがなかった。福岡でも見つけることができなかった。しかし、それが熊本でいとも簡単に見つけたのだ。

普通、高くていいものはいろいろある。でも安くていいものというのがなかなかない。それがあったのだ。同じ系列なのに、大分にはなく、熊本にはあった。
私が問題にしていたのは、体に合ったもの。これが大前提。ジャケット、スーツの類は体に合っていないといくら良い生地、良いデザインであっても、情けなくなってしまう。ぴったりしていないと駄目なものなのだ。特に長さ、肩幅が合うかどうか、胴回りは重要だ。

テレビを見ていてもそう感じる時がたまにある。文化人と言われる方だったが、もったいないなあ、と感じる時がある。スタイリストがついたタレントなら大丈夫なのだろうが・・・

おそらく、多くの人は妥協して服を選んでいるだろう。私が出会ったジャケットはそんなにいいものではない。でも、私の合格ラインを超えた。少なくとも大分よりも良いものが熊本の普通のショッピングセンターでラインナップされている。
これはショックだった。つまり、地域によって客層にとっては欲しいものが無いという状況が生まれている。大分には老人と子供しか消費帯域が無いと言われているようなものなのだ。実際そうなのだ。
奥さんの外套も買った。大分にも同じブランドコーナーはある。でも、無かった。熊本にはあった。ほかにも魅力的な商品がいっぱいあった。普通のものなのに。

店員は訛っている。当たり前のことだが、熊本アクセントでしゃべる。どこか垢抜けない。笑ってしまう。でも、商品は大分のものよりも優れている。経済的には大分よりも豊かさを感じる。
商品は需要に応じて供給される。大分で妥協している方は熊本や福岡まで足を伸ばして自分が欲しい服を探し出して欲しい。
そうでないと、供給側は勘違いをするから。売れているから正解なのだ、と。それが妥協してしぶしぶ買っているものだという感覚はないだろうから。

熊本市は町中「くまもん」が目立つ。車にも「くまもん」のグッズがある。町に勢いを感じる。
竹田、日田の方は福岡、熊本を消費圏に考えることで生活が豊かになる。大分市に出るよりも熊本や福岡に行って買い物をする方が良いものを見つけられるということだ。費用対効果でその選択肢があるのと無いのとでは雲泥の差だ。
それは、大分市にいる人にとっても同じことが言える。
本当に欲しいものを自分の目で確かめて、納得のいく形で消費するということは大事なこと。欲しいものが無いから探す。それが隣の町だろうが、隣県だろうが、ネットだろうが、世界中を探すこともある。繋がることはすばらしい。

翻って、TPPにも同じことが言えるのではないか?
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by worsyu | 2012-01-10 11:45 | ひまネタ | Comments(0)

人間の欲望

以前、2年ほど前、worsyu語録として提示したのを覚えているだろうか?
これは投資家ジム・ロジャースからの示唆によるものだ。

1)「需要と供給の原理こそが国家を超えて信じるにたる真実である」
2)「役人の言うことを信じるバカな政治家は、国民に大罪を犯す」

この2つに尽きる。
ここから導き出される答えが真実である。
今、起きている我々の、いや、あなたの周りの出来事に対して、その答えを求めるならば、この2つの教えを元に考えればいい。
簡単なことなのだ。そう、すごく簡単。明瞭。
そこで悩み、道を外すのは、人間だからなんだろう。
しかし、その間違いの付けは必ず大きなものとなって自分に襲い掛かってくる。

おわかりだろう。

これは人間の欲望なのだよ。誰も否定できない。

かつて、日本は明治維新を成し遂げた。世界の歴史の中でも極めて特異な出来事だ。
この2大原則を極めて冷徹に実行した。

日本の教育水準は高い。つまり、庶民の民度が高いからできることなのだ。
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by worsyu | 2011-12-29 12:49 | ひまネタ | Comments(0)

坂の上の雲

「坂の上の雲」が完結した。クライマックスは日本海海戦。
NHKはよく作ったと思う。戦闘シーンは今までになく秀逸。これもデジタル処理ができるようになったからであろう。
男は結構楽しめるのだが、女性にとっては戦争ものは興味はないだろう。視聴率はそんなに上がらないかもしれない。
しかし、この作品は、おそらく、何度も再放映されることになるであろう。埋もれさせておくにはもったいない。
明治に開国した日本が世界にその威を示した画期的な出来事だからだ。
豪華な出演者、主演の本木はよく演じている。東郷の渡も良い。脇役としてだったが、西園寺役の西田も良かった。
方言が巧みに使われていて、リアリティーさを演出している。ところどころ何を話しているのか聞き取れないし、訳がわからない部分もあるのだが、それがまた良い。薩摩弁の仰々しさというか、泰然自若とした落ち着きはらった様も良い。ただ、乃木はちょっと違うかな。柄本は違う。児玉も高橋ではちょっと、違う。まあ、浮いている・・・
(他にも、指摘しようとすればいっぱいある。女優陣の手や爪が異常に綺麗過ぎる。松の仕草が綺麗過ぎる等々。演出がもう少し統一感を強く出してれば、こんなにバラバラになっていなかっただろう。役者任せの部分が多すぎる。各人の解釈の違いが出ている。)
言い忘れていた。音楽が素晴らしい。久石さん。ここまでできるとは思わなかった。現段階で作品として評価されるかは微妙だが、後年、絶対に評価されるだろう。間違いない。
作品としても世界に出品して欲しいものだ。国威発揚に流されず。冷徹な目で見ているところが好感が持てる。これが昭和の理性というものだろう。しかしながら日本人の素晴らしさを見事に映し出している。
少なくとも、トルコ、台湾、タイ、ブラジル等の親日国にはぜひ、放映してもらう努力をして欲しい。
これは軍国主義礼賛のドラマではない。日本のナショナリズムを美化しているわけでもない。美化しているとしたら明治期の日本人の精神性だろうか。

東日本大震災の時、日本人の民度の高さに世界が驚いたが、それは、このドラマを見ることで納得できる部分もあるのではないか?

そして、ラストの方で講和条約後に国内が無政府状態にまで紛糾した原因として新聞が煽った事実を見ても、昔も今も大して変わらないということがよくわかる。
司馬さんの警鐘は今でも生きている。
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by worsyu | 2011-12-26 11:58 | ひまネタ | Comments(0)

国際結婚

国際結婚というと華やかで何となくうらやましい気がするが、実態はそうでもない。
日本の場合、男性は低所得国の配偶者が多く、逆に女性は先進国の配偶者が多い。
男性の1位は中国。2位:フィリピン。3位:韓国、北朝鮮。4位:タイ。5位:ブラジル。
女性は、1位:韓国、北朝鮮。2位:アメリカ。3位:中国。4位:イギリス。5位:ブラジル。
今や、6%~7%が国際結婚といわれる。毎年5万人が国際結婚をするのである。
この背景には特に日本の農村部の男性が結婚できずにいるということがある。40歳、50歳になっても結婚できずにいる地方の男性にとって、結婚という夢をかなえるためには、国際結婚に頼るしかないのである。
その仲介業者に騙され、また、すぐ離婚になり訴訟問題になることも多いらしい。
国際結婚がこのまま進むと、100年後には純粋な日本人と呼べる人々は半分近くになるのかもしれない。
それでもなお「日本人」というアイデンティティを持つとすればそれは何か?
それは漢字だろう。それに英語を加えて。それらをひらがなでくっつけて会話し、考える人たち。これさえできれば、姿が外人であっても日本人と言えるだろう。多少の間違いや変形は大丈夫だ。
このひらがなの助詞や助動詞でいろんな言葉を繋ぎ合わせて言葉を紡ぐという手法さえ受け継がれれば日本人は維持される。この知恵は偉大であり、他の国には真似できないことなのだ。
日本人の日本人たる所以はこの日本語を話し、考えるという柔軟さにあると言えるだろう。

それから、この国際結婚で見えてくるのは、お隣の中国、韓国、北朝鮮の人たちと結婚する人が多いということだ。ネットではネトウヨを中心に民族主義を叫んでいる人が多いが、実際は若者はこれらの国々の女性と結婚する人が多いのである。
昔に比べて韓国や中国を蔑視する論調が盛んに聞こえてくるが、実際は昔以上に東アジアの女性と結婚することが近年のトレンドなのだ。おそらくこの流れは変わらないだろう。
ネットで飛び交っている言葉の暴力、国粋主義と反対側で若者は東アジア化に拍車が掛かっている。中には奥さんが中国人で普段のウサ晴らしに投稿している人もいるだろう。

そんなもんなのか?
結構、そんなものかもしれない。ネットなんて所詮その程度のことに過ぎない。

ちなみに都道府県別に見ると、やはり都会に多い。数だと以下のようになる・
1)東京 2)神奈川 3)愛知 4)大阪 5)千葉 6)埼玉 7)兵庫 8)静岡 9)茨城 10)福岡
これを率で並べると以下になる。
1)東京 2)山梨 3)千葉 4)長野 5)愛知 6)埼玉 7)群馬 8)神奈川 9)静岡 10)岐阜
となる。
山梨、長野、群馬、岐阜などは、工場労働者によるものと思われる。

サッカーが強くなるには、国際結婚が重要だということがわかる?・・・・
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by worsyu | 2011-12-14 12:50 | ひまネタ | Comments(1)

鈴木菜穂子アナは美人?

鈴木菜穂子というNHKの朝のニュースキャスターをしている女子アナがいる。
明石屋さんまが大絶賛で再婚したい女性なんだそうだが。
私は、羽鳥、西尾のズームインが終了してからしょうがなくNHKに移ってきたわけで、最近の話だ。つまり、7月あたりから彼女の存在を知った。

確かに綺麗だ。肌が白い。足が綺麗。清潔感がある。気取っていない。しかし、品がある。NHK待望の女子アナだろう。
地デジ移行の時にアナウンスしていたが、彼女から移行するカウントダウンをやられたら、あまり苦情も言えない。仕方ないか、となる。アナウンサーって大事だね。局の顔だ。

私は、基本的にこの手の韓国顔はあまり興味なかった。韓国系美人に近い顔だ。思い返してみると、学生時代、この鈴木アナに似ているといえる女の子がいた。足が綺麗で、学内では一番人気があった。その彼女とは、友達といっしょに何度か飲み会に行ったり、食事したりしたが、付き合うことはなかった。もちろん、当時、彼女には付き合っている男性がいたのだが。その後その彼に騙されていることがわかって泣いていたが(慶応の学生というブランドを騙っていたのだ)・・・そういう点もどこか可愛くもある。
その後、彼女は教師になり、結婚した写真を見た。

しばらく忘れていたが、この鈴木アナを見て、思い出した。そしてこの美しさを再認識した次第。

考えてみると、私の女性の趣味は、欧米の映画の影響が強いのだろう。エキゾチックな顔立ちの女の子の方が好きなのだ。
日本人はロシア美人が好きだよね。ウクライナやカザフスタン、中国のウイグル族も綺麗な民族だよね。まあ、日本人の起源はバイカル湖周辺に住んでいたというDNAによる鑑定から推察する論もあるくらいだからね。

(実際、結婚した今の奥さんは、まあ、バイラなどに出てくるRieに似たような顔立ちの女性である。まあ美人の部類かな、というか、美人である。綺麗である。突然変異で生まれたような女(ひと)だからね・・・
そんな彼女に対して、私は、「化粧しなくても綺麗だよ」と良く言う。彼女は笑いながら否定するがまんざらでもなさそうだ。それでは彼女を大事に扱っているかというと、そうでもない。綺麗なことは認めているが、惚れているというわけではない、ということをほんわかと匂わせなくてはならない。どちらかというと「お前なんか興味ないよ」みたいなフリをしつつ、綺麗だね、とか愛しているよ、とかいう言葉は冗談半分でも言い続けている。半信半疑だろうが、悪い気はしないだろう。それから、怒らない。これも重要。何かしでかしてもいっしょになって悩み、考え、笑い飛ばす度量を持たねばいけない・・・・・等々。それから、これが一番重要なことだが、美人というのは昔からちやほやされているから孤独な人が多い。意外と心が弱く、傷ついている。打たれ弱い。意外なことにコンプレックスを強く持っている。それを見つけ、うまく利用することだ。外見が綺麗なことは誰でもわかっていること。でも、内面の美しさは俺にしかわかっていないよ。ということを気付かせること。でも、注意しないと基本わがままだから、すぐに飽きられてしまう。そのためにこちらに惚れさせる必要があるのだ。こちらが優位に立っていないとすぐに捨てられてしまうだろう。それから、愛以外のもので繋ぎとめておかなければならない。これが美人と付き合う方法だ。面倒臭いんだったらやめたほうがいいね。)

この鈴木アナを綺麗だと認めることは、韓国の女優顔も綺麗だと認めつつあることに気がつく。最近の流れに影響されてか、私の女性の嗜好も微妙に変わってきたのだろうか?それならば、今の世の男たちの女性の嗜好はかなり変わってきているのだろう。昔なら吉永小百合なんだろうが、今は誰だ?(昔は整形なんてほとんどいなかったからね)
北川景子は確かに綺麗だね。ただ、最近の人たちは、常に整形かどうかの見極めが必要になるから難しいわけだ・・・

NHKの女子アナといえば大分県代表は広瀬アナなんだけどね。応援しています!!







鈴木菜穂子アナで検索するとなぜか、ここに来てしまった方は申し訳ない気持ちだ。そんなつもりで書いたわけではないのだが、ツラれ記事となってしまったようで申し訳ない。重ね重ね。
悪気は無かったのでご容赦ください。
鈴木さんには毎朝癒されています。御同人。
せっかくですので、たまにここを覗いてくれるとうれしいです。
独断と偏見に満ち満ちていますが。
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by worsyu | 2011-12-06 10:39 | ひまネタ | Comments(0)

2つの荒城の月

荒城の月といえば瀧錬太郎作曲で日本を代表する名曲ですね。
この荒城の月をユーチューブで探してみるといろんな方々が歌い、また演奏している。

大分県の人はご存知の方は多いと思うが、現在一般に歌われている荒城の月は山田耕作が編曲したものだ。ピアノ伴奏が付き、変調もしているし、一部メロディーも改作されている。
これは長い間に国民に愛され変化したものだから致し方ない部分もある。
しかし、問題は、あの♯の箇所だ。
原曲では、花の宴の「え」の部分が半音高いのだ。廉太郎のスコアにはシャープが付いているのに、山田はそれを取ってしまった。

竹田市で毎年行われる滝廉太郎声楽コンクールでは必ずこの部分に♯を付ける。皆、暗黙の了解の下、山田の編曲部分を元に戻して歌っている。

ユーチューブで正しい荒城の月は無いものか、長年、廉太郎声楽コンクールから排出された多くの声楽家がいる中でまともに歌っている声楽家はいないものか。

最初に見つけたのはドイツのロックミュージシャンのスコルピオンズ。これもなかなかいい。この曲で結構乗れるというのはすごい。これも、この♯があるからヨーロッパに受けるのかもしれない。

そしてようやく見つけ出した。
鮫島有美子。この方もドイツに在住しているからというのもあるのだろうか。正しい荒城の月を歌われている。
こちらのほうが哀愁を帯びているし、大人っぽいし、流れが自然だし、品があるし。
たった1音の違いなのだが、この違いは決定的で、この曲のほとんど心臓部分になっている。
(米良美一のはこちら。本当は男声の方がいいのだが・・・)

竹田市が孤軍奮闘で瀧の世界的な遺産である名曲を復活し、守ろうとしているのだ。私も賛成だ。

聞き比べて皆さんも考えてみて欲しい。こればっかりは好き嫌いがあるし耳に馴染み深いほうが好きだという人もいるだろう。多いだろう。別にいいじゃないかという人もいるだろう。
しかし、この2つは全く違うものだ。♯をつけて歌うのとつけずに歌うのでは、この曲に対する解釈も微妙に変わってくる。

現在、竹田市で行われる瀧廉太郎コンクールでは、この鮫島さんと同じピアノ伴奏で行われる。何の不思議もなく。当たり前のように。

演じる側も聞き入る側も瀧錬太郎に敬意を表してこの半音上げる「荒城の月」を堪能しているのだ。
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by worsyu | 2011-11-22 01:47 | ひまネタ | Comments(0)

相田みつを

         じ    い   い
       ぶ    っ    の
   花   ん    ぱ   ち
  を     の  い




日本語って不思議だなあって思うね。この相田みつをの短い詩であるが、実際は、彼独特のヘタウマの毛筆で書かれている。
命はいのちであり、自分はじぶんである。ひらがなにすると観念的になり、この中で唯一、花だけが漢字になっている。漢字は表意である。しかし、本来は表音なのだ。
中国で生まれた漢字は多民族間で意思を伝える為に利用されたにすぎない。中国人がしゃべる中国語も音として頭にあるだけで漢字が彼らの頭に整然とぎっしり詰っているとは考えにくい。

この詩を見てわれわれ日本人は、強調された花の周りにある言葉を繋ぎ合わせて映像として頭に描くことが出来る。想いが映像となるのだ。
日本人は漢字をうまく利用している。
相田みつをの詩は大衆に人気がある。単純で明快である。わかりやすい。でも、文学界などからは評価されていないのが現状だ。それは彼の独特の書によって私たちにビジュアル的効果を果たしているからだろう。単なる詩ではない。漢詩を書で書いただけのものは心に届かない。助動詞や助詞などがなければ言葉にならない。ひらがなで繋ぎ合わせることで文章になるのだ。しかも書は観念を絵(ビジュアル化)にしているものだ。

相田みつをの詩を就任の挨拶の時に引用した野田総理は、なかなかのものである。本人がどのくらい意識していたかどうかは知らないが、相田みつをブームの再燃を現象として果たしている。

日本人にしかこの想いや美はわからないかもしれない。このひらがなと漢字が書によって表されている民衆に支持される芸術作品だ。
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by worsyu | 2011-11-18 12:35 | ひまネタ | Comments(0)