<   2011年 07月 ( 12 )   > この月の画像一覧

アサシン

耳慣れない言葉だが、これからよく耳にすることになるだろう言葉だ。
アサシンとは暗殺者という意味だ。昔聞いた気がする人もいるだろう。漫画や映画の題名で、時々使われる。ハードボイルドアクション系で。
今秋の日本映画でもそういった題名のものが公開されるらしいが・・・

昨日、youtubeで聞いたのは、キャラクター・アサシネーションだ。意味は人格破壊、人間抹殺とか。
民主党の小沢一郎という政治家に対して行われている国家ぐるみの圧力のことに対して、この言葉が使われていた。こうしたことは、欧米でもよくあるらしいのだが、日本のように、これほどまで大掛かりで長期間にマスコミ、司法、検察、政界、経済界等の権力機構の全てを駆使して行われることは、まず、無い、という。
これは、「誰が小沢一郎を殺すのか?」という本を書いたオランダ人ジャーナリスト カレル・ヴァン・ウオルフレンの言葉だ。
この人と小沢氏との公開討論会が昨日、自由報道協会の主催で行われた。この自由報道協会というのは何なのか?記者クラブを追われたジャーナリスト、記者たちが主体の機関と思われる。

明治維新後、新政府は、官僚の力で急速な近代化を推し進めた。これは上からの改革だ。トップダウン方式。今の中国と同じことだ。昔は、枢密院というものが存在した。議会とは名ばかりで、重要な決め事はそこで決められる。元勲と言われた山縣有朋による政党政治の否定と超然主義により、民主主義というものは発展できなかったという経緯がある。

話はそれるが、今回の中国の鉄道事故にしても、日本の技術をかすめ取り、パクっただけのものではシステムが上手く動くはずが無い。日本の造船、鉄道、車、等の技術、そして、安全に対するシステムと管理には50年以上積み上げられた膨大なノウハウのソフトがある。これは真似しようとしても真似できない。中国が急げば急ぐほど事故を起し続け、そこから学び、発展していくのだろう。ただし、それまでに多くの人命が失われることになるのだろうが・・・

小沢一郎という政治家に対する風評はすごく否定的なものがある。嫌悪感をあからさまに出し、金権汚職のシンボル的存在に語られる。しかし、彼に掛けられている嫌疑が晴れれば話が変わってくる。罪人から英雄になる。ジャンバルジャンである。
日本では、トウショウヘイは出ないだろうと思ったが、どうなんだろうか・・・

一度マスコミに付けられた烙印をはがすことはできるのだろうか。三浦和義氏のように最後の最後で抹殺されるのか。それとも、郵便不正事件の村上氏のようになれるのだろうか?それをマスコミは許すだろうか?おそらく、ここまで大キャンペーンを張ってしまったら、その旗を仕舞う事はできないだろう。何度も何度も自分たちの身を守るために攻撃してくるだろう。社会的に抹殺されるまで。

もし、万が一、彼が次期首相になろうとしたら、それを望まない勢力はあらゆる手段を講じて阻止、妨害しようとするだろう。
既存の権利や権益を持っている人たちにとって、それを手放すことは、耐え難いことであるわけなのだ。
明治維新からそろそろ150年が経過しようとしているが、「日本は和を持って尊しとなす」から本当に脱却できるのだろうか。

サッカーでは当たり前のことだが、結果が全て。
指導者は最善を尽くし、結果が出なければ交代させられる。当たり前のことだ。それをやらなければ前に進めない。今正しくても明日も正しいとは限らない。目指すところは何処なのか。
サッカー文化が浸透してくるにつれ、今までの日本的な曖昧さがなくなってきた気がする。
これは良いことだと思う。
[PR]
by worsyu | 2011-07-30 15:03 | 時事ネタ | Comments(6)

博多よかばい食品

NHKの「サラリーマンNeo」のコントの中で、「博多よかばい食品物語」というのがある。
入江 雅人(48歳)直方出身。
田口 浩正(43歳)福岡市出身。
野間口 徹(38歳)北九州市出身。
この3人のしゃべる博多弁が完璧で、その掛け合いが素晴らしい。
第3回目で初めて見たのだが、おもしろい、というか、クオリティ高すぎ。ただし、問題もある。
福岡及び佐賀、長崎、熊本、鹿児島の人たち、それから宮崎も入れて、大分県以外の人は爆笑だろう。ただし、大分の人はせいぜいクスクス程度だろうか?(彼らがしゃべる言葉の訛りについていけないから・・・)人それぞれだが・・・

今回のネタは、業績不振に陥る博多よかばい食品に女性コンサルタントを呼んで意見を聞くというものだった。
彼女は次々に会社の問題点を指摘していく。最初は笑って聞いていたのだが、会社名を変えたほうがいい、といった途端、みんな切れてしまうのだ。
その経過は・・・・
「売上シェアも、ちかっばい落ちこんどー」
「全部俺のしぇきにんばい」
「コンサルタントしぇんしぇい」
「今、どげんことですか?」
「きさん、何いいよっとや~!」
「も~よか」
「二度と関門海峡渡るな」
「豚骨スープ飲むな」等々・・・・
彼女が横浜出身と言ったことで更にヒートアップしたみたいだ。九州の女なら男の3歩後ろに下がって付いてくる・・・なんて言葉も出てきた。
まあ、何とも男尊女卑的な発言が多く、私は不快だった。一方で笑えるのは九州人てどうしようもないね、という一般に流布されている型にはめられたコントであり、今のこの時期にこれを作ったのはすごいと思う。
ある意味バカなのか、それとも、余裕なのか。
福岡はいつまでたっても田舎臭さが取れない。どんなに都市化が進み、人口が増えていき、経済力も上がっていっても。むしろ、この匂いが好きなのだ。その匂いの元にあるものは、男は男らしく、女は女らしく、という時代錯誤もはなはだしい偏見による感覚だ。
それを郷愁に変えて心に届けるのが方言なのだ。この方言で一段と笑いの濃度が上がるのだ。この九州弁に共通した崩壊アクセントになじめない人は、彼らに同調できない、むしろ違和感を感じるだろう。

これは所詮コントなのだ。実際にこんな会社はない。しかし、彼らが描いているこの「博多よかばい食品」という架空の共同体は、福岡が結局成り上がり者でしかないということを意味している。
それをみんな知っているから笑えるのだ。一皮剥けば、というわけだ。

大分は違いますよ。松本復興相を非難した福岡の人たちも、このコントでは爆笑しているだろう。
大分をこの風評から防ぐためには、声を大にして言わなければならない。
大分は九州であって九州でない。瀬戸内文化圏の九州の玄関ですよ。

みなさんにオススメです。ぜひこの番組を見て欲しい。笑って欲しい。そして、ちょっと考えて欲しい。
[PR]
by worsyu | 2011-07-27 12:32 | ひまネタ | Comments(5)

聖者の行進ではない

なでしこ優勝から26時間が経過した。
リアルタイムで観戦できたことは幸運だったと思う。
感想は、監督から見ると、情のサッカーが理のサッカーを上回ったということ。
もちろん、選手個々の技術や体力、戦術などは綿密な計画と計算を建てていたと思うが。
しかし、ドイツにしろ、アメリカにしろ、計算の上では日本に負けるはずがないと思っていたはずだ。しかし負けた。なぜなんだろうか。
ドイツやアメリカでは、特にドイツでは、この結果を受けて、原因の究明が行われるだろうし、その中心となるのが監督批判だろう。

アメリカは不調な選手に代え、中盤で機能する選手を登用する。スピードのある選手を入れ、裏のスペースを狙った。非常に合理的な考え方だ。機能しなければ選手の力が足りないからだ、という考え方。
それに対し、日本は、後半、永里を使ったことで佐々木監督の情の部分が出たと思う。私は、おそらく、使うだろうと思っていた。その判断は理の部分では間違いであり、情の部分では正解なのだ。
なぜ、永里を使う。信じられない。敢えて不調で悩む永里を使う。何故なんだろうか。
結果として、先制点の縦パス一本の原因を作ったのは永里からだし、PKにおいても外した。しかし、同点に追いついた場面では、右サイドから何とか中央へ戻した。丸山がつぶれ、こぼれだまを宮間の芸術的なアウトサイドで押し込んだゴールに繋がった。
弱い部分を持ちながらも、そうした部分を持つことで却ってチームのカバーリングや集中力を高めていった。
こうした考え方は、おそらく、日本独特であり、他国では理解されないだろうし、日本の解説者やサッカー関係者においても理解されないだろう。
共同体としての強さを高めることを主眼に置き、カバーする力、集中を切らさない努力、支えあう力をつけていった。
その中心にいたのが澤であり、佐々木監督はこの核-カリスマを活かすために腐心している。

結果として、情に頼ったサッカーを貫いたことで、日本女子の精神力を発揮させ、力を出し切った。
もし、負けていたら、永里は批判されるだろうし、彼女を使った監督は批判されるだろう。
しかし、勝った。逆に言うと、永里を使ったからこそ勝てたとも言えるわけだ。

このチームは最高だ、と皆口々に言う。それは、個々のミスを含めて分かり合っていること、許しあえること、カバーすることを厭わない愛を持てることにある。寄せ集めてできたチームにそれを根付かせるためには、澤という存在が絶対必要だったということだろう。他国のどのチームよりも、その面が抜きん出ていた。
諦めない。ミスは誰でも起こすもの。でも、それをカバーすればいい。弱さが強さに変わる。

結果が全て。これは戦いである。勝てば肯定されるし、負ければ否定される。アメリカは負けた。彼女たちはどこに間違いがあったのだろうか。おそらく、運ということに行き着くのだろうか。
それでも、パワーとスピードに頼ったサッカーの終焉を告げる契機になったと思う。パワーとスピード、それも大切だが、それに頼りすぎると負けてしまうということだ。
今回は負けたけど、次は負けない。ドイツもアメリカもそう思っているだろう。パーツを代えて、戦術を少し変えれば勝てる。

なでしこは侍だったということ。愛を持ちプライドを持った侍たち。

アメリカのGKのソロは言った「彼女たちはスーパーボウルで優勝したニューオリンズ・セインツに似ている」と。
おそらく、これが多くのアメリカ人にとって一番納得のいく答えだろう。

聖者の行進ここに完結!

しかし、この意味は大震災からの復興という使命を帯びた聖者には誰も適わないという意味であり、それは一過性のものだという意味だ。

アメリカはBig troubleという一言で済ますつもりだ。悲しむことは無い。我々は何も間違っていない。事故に遭っただけ。次は必ず勝つ。負けることは無い。(おそらく、そうでも思わないと、一般大衆は我慢できないだろう。暴動が起きてしまう。)

なでしこの花が咲いたとするならば、これからが大切。オリンピックはもちろん、次回のワールドカップに向けて、もう戦いは始まっている。
奇跡で終わってしまうのであれば、つかの間の歓喜(夢)で終わってしまうだろう。

アメリカに勝つではなく、勝ち続けることが大切なのだ。それを忘れてはいけない。

ところで、マスゴミが大震災と結びつけて浪速節仕立てで盛り上げようとするが、それは違う。それでは彼女たちをけなしているのに等しい。そのことを気付いてほしい。
どこかで彼女らを軽く見ている。低く見ている。男尊女卑の関東メディアならではの仕打ちだということ。アメリカの工作だということも。
宮間は明確に否定している。すばらしい。
マスゴミは東北の震災者の側に立つフリをすることで免罪符を得たかのごとき振る舞いをする。弱者の立場にいることで何でもできると思っている。不愉快極まりない。
弱者のエゴをまとってマスゴミの暴走が看過される。羊の皮をかぶる狼よろしく、震災者、東北が今や羊の皮となっている。

大分の人たちは、彼女たちの功績を正当に評価してほしい。マスゴミに騙されないように!!!もちろん、過大に評価してもいけない。冷静に。

大分からなでしこへ。
冷静に関係者たちは精進して欲しいし、暖かい目で見守って欲しいし、支援して欲しいね。
[PR]
by worsyu | 2011-07-19 11:08 | サッカー | Comments(0)

丸山というキャラ

テレ東の番組でFOOT×BRAINというのがある。司会は俳優の勝村とフリーアナの杉崎(大分出身)。
6月になでしこの安藤と丸山とOGの川上をゲストに呼んでいた。
トークの中で、なでしこジャパンのイメージキャラクターになっている楓ちゃんについて。
勝村が「澤さんがモデルになっている」と言った時、何気に丸山が「プッ」と吹いたのだ。すかさず、「丸山さん笑いました?」と突っ込む。
「いいえ、笑っていません」と応える。笑いをこらえながら。
安藤も川上も決して触れてはいけないことのように無視。
おそらく、丸山はアメリカのフィラデルフィアに去年まで所属していたので、自由な立場にいたというのもあるのかも知れない。
なでしこにおける澤はカリスマ性を帯びており、誰も否定できない存在になっている。監督ですらである。なでしこ=澤となっているわけだ。
この丸山の微妙な笑いは、なでしこにおいてどう受け止められているのだろうか、と思った。
澤が、現在の和田アキ子のように、一歩引いてくれれば丸く収まるのだが・・・(和田の場合は実力や実績よりも名前だけが一人歩きしている状態なので、その分は多少はわきまえているみたいに見える。歌手としての実力は大したものではない。)

今後、澤はとんでもなく持ち上げられる。一時期のヤワラちゃんみたいに。あらゆる方面からいろんなオファーが舞い込んでくる。果たして、彼女は、どういう選択をするのであろうか?彼女が賢明であるのならば、人生をサッカーに捧げた結果としてもたらされたわけであるから、その道を極めることが正しい選択となるだろう。自分を見失い、やりすぎればバッシングされるだろう。自分からカリスマの階段を降りていくことをしなければならない。
しかしながら、私は、澤はそういった面でもエライ、わきまえていると思う。周りが騒いでいることをどこかで醒めた目で見ているところがある。同じことは、彼女の周りに居る選手たちも同様だ。彼女らはメディアの怖さ、危うさ、大きさをよく知っている。
澤は楓ではない。そんなもんじゃない。彼女が今後、どういう行動をするかで、女子サッカーの未来がどう展開していくかが決まる部分もある。

ところで、丸山と言えば、東電に去年まで所属していた関係から、今回の東日本大震災による福島原発の事故に対しても東電を擁護する発言をブログで展開。これに対して多くの批判が寄せられたことで有名になった。
後、数年も経てば、あの時、あんなに非難していたことは何だったのか、と思うだろう。それが、彼女に見えているし、それをはっきりと言えるのは、やはり、日本の中にいないからだろう。日本を離れて初めて本当のことが言えるというのも変な話だ。
言論を封じ込めようとするのは、よくない。たとえ、どんな意見があったにせよ、一方的な意見で覆うことは住みにくくなる。
もはや、いつの頃からか、日本の空気は多事争論などといえる空気ではなくなった。今は、どちらかが叩きつぶされるまでやらなければ逆につぶされる状況である。
それを理解できない輩は、表舞台から抹消されるだろう。潰されたくなければ表に立たないことだ。

ところで丸山は東京出身らしいが、どう見ても田舎者にしか見えない。いや、これは或る意味田舎者ということで正解なのかも知れない。これは悪い意味ではなく、東京=都会というのは間違っているからだ。(私は何度も東京=田舎者という表現をしているが、それは、根拠の無いことではない。東京という井の中に甘んじている時点で田舎者と呼べるからだ。外界を知らない蛙がコップの中で起きた波に翻弄されるようにおかしく見える時がある。そういう時もある、ということだ。アンチテーゼに過ぎないが。)
しかしながら、彼女は、国際人だ。日本という殻を破っている点で世界人ともいえる。
[PR]
by worsyu | 2011-07-16 10:51 | ひまネタ | Comments(0)

そこに侍が居た

さあ、決勝だ。
サッカー女子W杯準決勝は、アメリカがフランスに3-1、日本がスウェーデンに3-1で決勝に進むことになった。この2チームの予選からの勝ち上がり方が似ている。準々決勝はお互いにブラジル、ドイツとギリギリの戦いをしている。アメリカは、一人レッドカードで少ない中、同点、延長。そして、勝ち越され、それでも、ロスタイム残り一分足らずのところで追いつき、最終的にはPK戦で勝った。死闘を演じた。こういうチームは強い。精神的にタフである。
日本も地元ドイツとの死闘を繰り広げた。ランキングは1位と4位だが、勝つべくして勝ち進み、お互いに意識しながら決勝戦に至った気もする。
日本のスウェーデン戦は、確かに余裕があった。先制はスウェーデン。プレスを掛けて日本のパスサッカーを封じる作戦。バックパスを狙い、澤のパスをインターセプトし、そのまま持ち込み、左足で綺麗なシュートを決めた。
しかし、日本には余裕があった。スウェーデンは揺さぶりに付いて来れない。次第に疲労していく、精神的にも60%球を支配されているので、疲れる。スウェーデンのミスを待てばよかった。
同点に追いついたのは大野のドリブルでの持ち込みから。左に出して宮間が綺麗な回転の掛かったクロスを上げると、初先発の川澄が相手に身体を押されながらも足に当て、ゴール。同点に追いついた。前半を1-1で終えた。
後半、スウェーデンが力を振り絞って攻撃を掛けてくるが、それを凌ぎ、逆に澤がヘッドでこぼれ球を押し込み逆転。さらに鮫島のフィードに安藤が合わせようとするがGKに弾かれる。その球を川澄がダイレクトであわせると芸術的な弧を描いて無人のゴールマウスに吸い込まれた。
後半開始20分で試合はほぼ決まってしまった。後は残り時間をどう使うか。
74分。2得点の川澄out先発を外れた永里in。
86分。大野out高瀬in。
89分。宮間out上尾野辺in。
この交代は見事だ。岩渕が見れなかったのは残念だったが仕方ないだろう。
DF陣がよく頑張っている。岩清水、そして熊谷のCBは安定感がある。献身的だ。サイドの近賀がいい。左の鮫島は守備に問題があるが、相手が疲れていたこともあって、今回は攻撃参加が上手く機能した。アメリカ戦は要注意だ。
大野、安藤、川澄、阪口、宮間、澤。この6人で中盤を作り、攻撃も組み立てている。そして、中盤の守備もやる。川澄がサイドに下がって守備をしていたのが目立ったし、安藤も身体を張って球を追っていた。すごい走力である。
いったい、彼女らに乳酸が溜まるということは無いのだろうか?と思うくらい、走り回る。パスにこだわり過ぎず、ドリブルを混ぜ、サイドチェンジ、ロングフィードも混ぜ、攻撃のバリエーションは豊富だ。

アメリカに勝つためには何かが必要。何かが足りないから勝てない。それは精神面もあるが、戦術的に有効な方法を見つけなければ勝てない。もう見つかっただろうか。試合を消化していくにつれ、成長していく姿が見えた。
私は、周りが見え始めたのではないかという感覚がある。澤だけでなく、全員が周りが見えている。だから、球の動きを相手が読めない。今回、永里が外れポストがいなくなったことでますます読めなくなった。これは正解ろう。
澤を潰すだけでは済まない。永里がいなくなったことで潰すポイントが見えなくなった。どこからでも仕掛けられ、抜かれる脅威が生まれた。しかも、前線からの守備に厚さが増した。永里を使った場合の攻撃力と守備力を考えた場合、チーム戦術からは外したほうが機能するという結果が出たわけだ。

今回の川澄の活躍で得点力という面でもう1枚カードが増えたわけで、決勝も川澄先発が濃厚だろう。試合がもつれた時、交替選手を誰にするか。
岩渕がプレッシャーの中で冷静にプレイできるかどうかは未知数だ。しかし、使うしかないだろう。岩渕を使わずに済むほど楽な相手ではない。
丸山は結果を出したので使える。永里は使いづらいだろう。おそらく負けていて、最後にパワープレイでポストとしての役目しか果たしえない。
高瀬、上尾野辺は最後に故障者が出たら交代できるというカードとして使えるメドがたった。

とにかく、決勝は、アメリカとの最終決戦にしたい。勝たなければ意味が無い。彼女たちにはそれに応えるべきプライドを持っている。

私は、そこに侍を見た。彼女らこそサムライと呼ぶにふさわしい。
[PR]
by worsyu | 2011-07-14 10:09 | サッカー | Comments(0)

なでしこ見事

素晴らしい!!
澤は女にしておくのはもったいないくらい男っぷりがいい。というか、これこそが女力なのだろう。素晴らしいね。
決勝点を決めた丸山。かなり批判してしまったが、それは謝るしかない。失礼しました。
岩渕を使うのが遅れて冷や冷やしたが、ドイツも体で押さえ込んできた。それでも、それをかいくぐって何度か脅かした。やっぱりいいねえ。
でも、やっぱり若い。
監督が正しい。これも謝らなくてはならない。お見それしました。
波があるんだね。どんなに好調のチームでも、大勝し続けることはできない。負けて修正し、勝って自信をつける。波をコントロールしながら、勝負をしていく。
魂のこもった守備だった。最後まで走り続ける。見習いたいねえ。球のつなぎは見事。
[PR]
by worsyu | 2011-07-10 06:37 | サッカー | Comments(0)

サマーキャンプ

久しぶりの2万5000人超え。あの交通渋滞なら発表の後から入った人もいたかも・・・
試合の方は、60:40で東京の方が支配していたかな。押される押される。
あれでよく失点しなかったものだ。辛抱強く守っていたね。根性を感じたね。
寄せが遅いからくい込まれる。それでも、何とか凌いだ。これは自信になるかも。しかし、フリーで打たせちゃいかんね。もっと体を寄せてシュートを打たせない工夫が必要。
前線にはなかなか球が運べず、当然のことながらカウンターで相手のミスに乗じて攻めるという戦術に。これしかないね。どこかで勝負しなきゃならんのだが、それをもっと中盤でやれれば効果的なカウンターになるのだが・・・・
まあ、相手のFWのロベルトに助けられた面もあるかな。サンキュッ!!
ところで、どうでもいいけど、東京の応援は「マンセー、マンセー」と聞こえて怖かったですねえ。北朝鮮かと思いました。

大分の空どうでしたか?きれいでしょ?この空、雲の流れ、いつも空を見上げてきれいだなあって思うんですよ。(今日は夕方からということもあり、風も吹いていてすごしやすかったんじゃないかな?)
道端に咲いている小さな花、小鳥のさえずり、自然の中にある巨大ドーム。

今日は勝負云々よりも、3万人近く集まったということが価値があるね。タンスの奥から引っ張り出してきた昔のレプユニやTシャツ。懐かしいですね。年配の方々も結構見かけました。

0-0で終わったことで、試合の途中で帰る人もいなかったようです。

0-0で満足しているのはなぜか?それは、大勢のトリサポ、市民、県民が集まったことがうれしかったからでしょう。勝たなくてもこれだけ楽しめたのはなぜなんだろうか?
それは費用対効果だと思います。
つまり、無料招待だったからでしょう。前売りで1500円だったら、今の倍は集まるね。

毎度クソみたいな試合を見せられてストレス溜めるより、守備を整備して、バランスを取って試合をコントロールできるようになれば観客も戻ってくるんじゃないかなあ・・・・・

来年は、福岡も落ちてくることだし、ついでに浦和さんも落ちてくだされば楽しいJ2になる(笑)。FCさんももう一年付き合ってくれるとありがたいんだけど・・・・。やっぱり、FC東京、浦和レッズがいないと・・・ねえ。つまんない。そこで相手を苦しめることに、生きがいを感じる。ジャイアントキリング。地方の旗手としての存在価値を見出すんだなあ。

試合後、他人が残したゴミを拾ってゴミ箱に捨てる。これも楽しいんだなあ。

また、スタジアムの清掃に行きたいなあ・・・
[PR]
by worsyu | 2011-07-10 02:24 | サッカー | Comments(0)

竹田の理性

私は、去年の8月、戦争末期に起きたB29墜落事件のことを書いた。竹田市と熊本県の県境で起きた事故で、そこから逃れてきたアメリカ兵に対する竹田市と熊本の人々の対応とを書いた。「殉空の碑物語

竹田市の人たちがアメリカ兵に対して行った救急医療行為や危害を加えなかったという事実は、おそらく、当時の日本では考えられないことだったろう。
何故か?

何度もこのことを考えた。いろんなことが思い浮かび、それを強引に当てはめることもできる。ただ、いろんなことが考えられるが、彼らは山中に生活しながらも、人間としての理性を失わなかったということだ。

「硫黄島からの手紙」の中で西中佐が負傷して捕虜となったアメリカ兵に対して医療行為をする場面があったが、これは映画でフィクションだから、どこまで信じていいのかわからない。実際、この映画を見た人も、日本人であろうとアメリカ人であろうと、半信半疑であろう。

調べてみると、当時、日本がB29により爆撃を受けていた頃、やはり迎撃で落とされて市中に舞い降りたアメリカ兵のほとんどが殺されている。もしくは暴行されている。死体に対しては陵辱されている。東京でも大阪でも、名古屋でも千葉でも、どこでも同じだ。医療行為を施すなどもってのほかなのだ。

しかしながら、竹田市の人々が理性を保ち、行った行為は、驚愕の事実として存在する。マスゴミ的にはあまり面白くないだろうが、これは事実なのである。多くの日本人には受け入れられないことなのだが、事実なのだ。

私の力だけではこの史実を広めることが難しいのですが、少なくとも、大分県の人たちはこの事実を知っておいて欲しいし、ここから何かを学び取って欲しい。

とかく九州というと血気盛んで勇ましいイメージが蔓延している。爆弾三勇士のイメージを国家宣伝で流布されてそれに被せて作られた意図的なものである。

私たちは九州人です。でも大分県人です。誇りを持って欲しい。九州人としての誇りではない。日本人としての誇りでもない。大分県人としての誇りです。
[PR]
by worsyu | 2011-07-07 09:43 | 地域ネタ | Comments(0)

予想以上に弱かった

一次予選最終戦。対イングランド。0-2。
よく2点で済んだものだ。完敗。
イングランドはバカではなかった。(しかも審判買収疑惑までして勝とうとする周到さ。協会は当然、抗議するんだろうな!!これで、イングランドのサッカー協会も地に落ち、泥に塗れたわけだ。まあ、これがあるからサッカーは駄目なんだがね・・・ちなみにカナダの審判団。英連邦に審判させるなんざ、ちょっとひどすぎますね。線審笑っていたよ。イングランドの選手と言葉を交わして含み笑いしていた。女の方がエグイねえ・・・・・)
そしてドイツもバカではないだろう。

日本は今回は「澤の思い出作り大会」という目標は達成できたのではないか。
それが目標?

私だったら、控えの選手こそ先発で使いたい。メキシコ戦で試すべきだった。
元々、そうした考えがないのだから。無理か。
さすがに丸山は最後の時間稼ぎにしか使えないが。
岩渕中心にチームを作り直さない限り無理だろう。
今更、それをやったって無理だし。
岩渕は今回はお飾りで終わりそうだ。もったいない。

3点以内に押さえて欲しい。それから得点して欲しいね。勝つなんてことはありえない。
岩渕が先発したとしても勝つことは無理っぽい。
スピードとパワー、高さで圧倒されるだろう。
女子サッカーのいい所は、PKがほとんど無いところだ。反則も少ない方だろう。

監督が有能な人だったら、もう一つか二つ勝てていただろうか・・・・
澤はもう燃えつきてしまったし・・・・それがチーム全体に伝染するだろう。

解説も何だかなあ~。残り15分で「追いつけばいいんです」なんて言葉が出てくるあたり、冷静ではない。ひいきでしゃべるな。失笑してしまう。

予想スコアは1-3 希望は2-3 最悪は0-4
[PR]
by worsyu | 2011-07-06 09:21 | サッカー | Comments(0)

九州人?+大分県人です

松本龍。格好いい名前だねえ。
格好の餌食にされている。以前、このブログでも指摘したように、現在、東北地方はクレーマーと化しているから、心の余裕が無い。政治家が足を運べば叩かれるだけだ、と言った。
(まあ、マスゴミと対抗する政治勢力との工作によるものだろうが、言いたいことがあったらその場で言うべきだと思うね。後からいろいろやるのはあまり誠実さを感じない。胡散臭い。後出しジャンケンは日本人の得意技だがね。)

この言葉を石原都知事が言っても何でもない、自嘲気味に快く笑うだけだろう。なぜなら、彼は東京という権威の象徴だからだ。
松本氏も中身は当たり前のことを言っているだけ。問題は「九州の人間」という言葉を使った時点で権威が無くなったわけだ。つまり、叩いても大丈夫となったわけだ。

東北はこの弱者のエゴを使ったこと、感情を爆発させたことにより、プライドをなくしたと言える。この禁じ手を使ったことで弱者であることを認めたことになる。弱者であり続けなければならなくなる。つまり、弱者であるから、堂々と請求できるのだ、と。これはつまり、被差別部落の論理なのだ。つまり権威主義(利権)におもねることを宣言したようなものなのだ。

もう一度、繰り返すが、もし石原都知事が言っていたらどうなるだろう。「俺は東京の人間だから東北の何市がどことか言われてもよくわからない。(笑)」「あれが欲しいこれが欲しいはだめだ。知恵を出せということだ。知恵を出したところは助ける。出さないやつは助けない。それぐらいの気持ちでなきゃだめだ。」等々。

みなさん、想像できるでしょう。和気合い合いと歓談している姿が。クレームなど付ける訳が無い。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は、以前から言っているように、大分は「いわゆる九州人」とは違うという意見の方だ。だから、彼が川筋気質というか、男尊女卑的な、やくざ的な物腰で人気を取っていることに違和感を覚える。「九州の男やけん」という何やら変なストイシズムが受け入れられない。(これを言うのも3度目だが、「府内戦紙」という変な祭りがあるが、これは女のハレの祭りであって、男はそれなりの引き立て役の存在でしかない。ここが博多の祭りとの明確な違いだろう。)

私は、はっきり言って大分が田舎だとは思っていない。たとえ、田園風景が広がっていたとしても、新幹線が通っていなくても、経済的に恵まれていなくても、外部の文化を受け入れる精神的な余裕があり、それを楽しむことができる。権威に拠らず、感情に流されず、理を尊ぶ日本の中でも稀有な人々が多いところだと思っている。違う人ももちろんいるけどね。


大分は言葉に訛りが無い。他の九州弁のようにイントネーションが崩壊していない。だから、普通なのだ。特殊な地域ではない。九州の中では特殊であっても、日本の中では特殊ではない。しかし、そのこと自体が特殊だとも言える。九州であって九州でない。それが不思議なところであり、魅力でもある。
大分の今の政治家を見ても、それほど変な人はいない。
重野、吉良、衛藤、岩屋、特捜最前線(横光)、礒崎、足立。どうだろう。変なやつ居る?

我々は九州人なのは確かなことではあるが、九州新幹線が通ったからといって九州が一つになったというキャッチフレーズは受け入れがたい。
しかし、九州人であることは確かなことだ。そこに誇りが持てるとしたら何だろうか。

われわれにとっては、それは、最後まで諦めない。粘り強く頑張る。真面目。という一般的に認められている九州出身者の気質に対してであろう。
しかし、敢えて、言うならば、これからは、当分の間、出身は九州ですという言葉の後に、「大分県人です!」と一言添えるべきだろう!!
そこには、進取の気質。自由主義。民主的。個人主義。女性尊重。という性向が付加されることになるからだ。それが嫌なら九州人のままでいろ。

「大分帝国」「九州の誇り」

良いではないですか。トリニータがある限り、この言葉は使える。やはり、大分トリニータは潰してはいけない!!
大分が大分であり続けるための誇りであって欲しいし、我々にとってのメッカのカーバ神殿とならんことを祈る。
[PR]
by worsyu | 2011-07-05 10:21 | 時事ネタ | Comments(0)