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スシローは美味い

古今亭志ん朝の落語の「そば清」の話。その枕で、子どもの頃、志ん生に連れて行ってもらった時に、「お前たちはそばや寿司をたらふく食いやがる。ありがたみがねえ。これは腹にためるもんじゃねえんだ。おやつみたいなもんなんだ」というくだりがある。

私は、寿司はすし屋じゃなきゃ食いたくない性質(たち)で、スーパーなんかで売られている寿司は、仕方なく食べるが、これは寿司であって寿司でない。
回転すしなんてものに高い金出して食うなんてのは、愚の骨頂みたいなもの、と思っている。
しかし、最近、「スシロー」は美味いと思う。タッチパネルでオーダーし、しばらくして流れてくる。シャリがほんのりと暖かい。この熱が大切なのだ。醒めてしまうとにぎりの寿司の魅力が半減する。冷たい寿司は本来の寿司ではないのだ。スシローでお持ち帰りができるが、醒めてしまったら美味しくない。
また、この酢飯がいい握り具合で、口の中で心地よくネタと混ざり合って良い。まあ、ちょっと崩れすぎな気もするが・・・
たかが、回転寿司なのだが、「スシロー」は結構美味い。場所にも拠ると思うが・・

これをたらふく食ってしまうと、寿司本来の美味さ、醍醐味が消えてしまう。腹七部目でとどめて置いて、余韻を楽しむ。満腹感を求めてしまうのはもったいないではないか。
寿司の醍醐味は腹七部目なのだ。

ついでに言うと、私は、あのしょうゆ注ぎが好きだ。ネタの上に一滴か二滴たらす。シャリには掛けない。醤油の風味を活かし、ネタの味を楽しむためにも醤油は2滴まで。
小皿に醤油をどっさり溜めて、そこにわさびを入れて溶かし込んでいる人もいるが、これはいただけない。
粋じゃないよ。

と、個人的な好みを言ってしまいましたが、日本の寿司の文化を存分に味わってもらいたいので、庶民でも工夫しだいで楽しめることを言いたかったのです。高い金を出せば、いいネタが乗っていれば、それなりに美味いだろう。でも、江戸前の寿司とは、握られたものをその場で食べるのが一番美味いのです。
高い金出して、冷たい寿司をたらふく食べて満足しているようじゃ、だめですね。

一番いいのは上手い寿司職人の居るすし屋で食べるべきでしょうが、庶民にとっては、限られた中でも楽しむことができるし、それはそれで馬鹿にされることではない。心の豊かさこそが粋なんだよ。

よかったら一度試してみてください。
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by worsyu | 2012-12-25 14:56 | ひまネタ | Comments(0)

政治とプロレス

たけしではないが、所詮、日本の政党、政治家なんて、プロレスみたいなものなのだ。
力道山から馬場、猪木が育ち、別団体になり、そこからまた、みちのくだのノアだのが出来、後は好き放題、やりたい奴が勝手にリング作って遊んでいる。現在は60団体くらいあるんじゃなかろうか?
政治にしたってやっていることはプロレスのパフォーマンスと同じなんだから。日本人には貧富による階級の意識が希薄であり、また宗教観も希薄ゆえ、プロレスになってしまう。実体のない痴話喧嘩ぐらいしか対立軸が無いのだ。投票する政党も行ったり来たりして定まらない。おもしろければその風に乗る。今回は民主党が吉良上野介役にされたのだ。スケープゴートになった。

この政治というか、選挙というもので社会は変わらない。誰も別に変わって欲しいとも思っていないし、ただ、面白いからやっているだけなんだし。税金払ってそのショウを見ているだけなのだ。

たけしが石原慎太郎をからかうのがおもしろい。減税日本の河村たかしが石原の太陽の党と合流する際に断られたことを、貢いで捨てられた女になぞらえている。「どこが悪いか言ってくれ、直すから」という河村に対し、「その根性が気に入らない」と切って捨てる石原をイメージさせて笑える。
もちろん、私もかなり前から言っていたことだが、新銀行東京に1400億円もの都税を使いながら、途中でトンずらしたのに、都民が「国政で出てがんばってくれ」って言っているのが信じられないと言う。
最後は石原さんにどうせなら「引退後に暮らす豪華な別荘を尖閣諸島に建てて、最前線で中国に竹やり突き立ててやってくれ」と言い放つのも笑える。

民主党が負けて自民党が政権を取ったことで、お笑い界というか、楽しいプロレスに戻りそうで、結構面白いかもしれない。いじり甲斐がある。突っ込んで笑いが取れる。やっぱり自民の政治家じゃないと辛気臭くていけない。
なんて、言えるほど日本に余裕はない。たけしだからこそ言えることだろう。彼なりに精一杯のところだろう。もう少ししたらこれも言えなくなるかも知れない。

さっそく右翼の街宣カーがけたたましい音量で軍歌を流し始めたのには辟易する。でも、まあ、これもご時勢と言えるか。

この熱は当分醒めそうに無いな。最後の最後で日本人は感情に流される民族である、と言われている。昔に比べたらディベートにも慣れ、そう簡単には独断と偏狭に陥ることは無くなったと思う。

世界中の金持ちが日本に住みたいと思われるような国にしたいね。
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by worsyu | 2012-12-17 15:58 | 時事ネタ | Comments(0)

インプレッサ生還劇に思うこと

私は車にあまり興味が無い。普通に車に乗っている。でも多少のこだわりはある。それは、やっぱりいい車に乗りたいということだ。静かで、それでいて、スピードが出て、万が一事故が起きても、それなりに剛性を持ったボディであって欲しいということかな。そういう意味では今乗っている車は合致しない。

それは、今回、長野で起きた笹子トンネル事故で再認識した。この事故があったから思うのではない。その想いを強くしたということなのだ。
偶然があったからこそ起きた生還劇。でもそれはいくつもの条件がそろった結果の必然なのだ。この車の優秀性はやはり認めざるを得んだろう。

ネットでは、さすがスバルのインプレッサと特にユーザー達―スバリスト達の間で?賞賛の嵐が巻き起こっている。

中津販売会社(岐阜)の社長がブログで感想を激白している。実際、その車を見て「よくがんばったな」と声を掛け、ボディーを撫で、涙を流す。
たかが車にここまで愛し、そして、感情移入をし、ユーザーも、メーカーも傷ついた車を見て、それでも命を救ってくれたこの車に人間と同様の感謝をし、そして賞賛する。
関係ない人もその話を聞き、同じく感動し、涙をこぼす・・・
これが日本のモノづくりなのかも!

良い物を作れば必ず売れる。自信を持って売る。そしてユーザーとの間に信頼関係が築ければ、何物にも変えがたい至福の時を迎える。メーカーもディーラーもユーザーも同じ価値観を共有し、より良い物を目指していく。

ユーザーからは、「さすが零を作った会社・・・」というマニアックなつぶやきも聞こえる。

日本はアメリカ、東南アジアで成功している。意外にヨーロッパ、中国では苦戦しているのだ。
このモノづくりの価値観を広く共有できる国と地域はそんなにあるわけではない。でも日本の心は世界に広がっていることは確かなことなのだ。
自信を持って世界に出て勝負して欲しい。
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by worsyu | 2012-12-14 15:43 | ひまネタ | Comments(0)

早明戦で起きた世紀の誤審

関東大学ラグビー対抗戦の早明戦を見た。
いい試合だったと言えるが、残念な試合でもあった。審判の誤診のせいで感動は半減。ラグビーの人気もこれで決定的に下がるだろう。

早稲田VS明治はお祭り、とでも考えているのか?確かにかつては人気カードで国立は満員状態になっていた。しかし、時は移り、実力は下がり、単なる大学ブランドの競り合いと化してしまった。

問題のシーンは最後のロスタイム。その前にも早稲田は認定トライを取られてしまい、審判に対して不信感を持っただろう。何度も反則を繰り返しトライを阻もうとする行為が続けばそれは認定トライとなる。しかし、あれは早すぎる。
ただ、それは認めても仕方ないかなと思えるが、多くの視聴者は、この審判は明治寄りにジャッジしているということを感じたはずだ。
そして、問題の場面となる。

あれはスローフォワード。間違いないだろう。ラグビーを知らない人のために解説すると、攻撃側はボールを持った人間よりも前にいる味方の人間は全てオフサイドとなる。従って、パスも前に出してはならない(横はOK)、ボールを前に落としてもいけない(ノックオン)。反則とみなされるのだ。
問題の場面ではゴール前、早稲田のタックルを受けて、苦し紛れに前方にボールを押し出す。転げ落ちる。それを拾った味方の選手がダイブしてタッチダウン。トライ、と認定された。

まともな神経の人間だったら、怒るだろう。あきらかな反則なのに。いくら審判が絶対とはいえ、ひどいレベル。誤診だ。

海外など、ワールドカップの試合などでは、最近、ビデオ判定が行われるようになってきた。日本はローカルルール、アマチュアリズム重視ということなのだろうか?審判に権限をゆだねている。

ラグビーをやっている人たちもラグビーが好きな人たちも残念だっただろう。
私は、早稲田が好きではない。明治を応援していたが、あれはちょっと醜い。

百歩譲って審判の勇み足。協会側はどういう判断をするのだろうか?
逆に、なぜ反則を取らなかったのか?という考えをする人も出てくる。何か圧力でも掛かっていたのか?試合を劇的に盛り上げるために加減しろ、とでも指示があったのか?と勘ぐる人も居るだろう。
早明戦100試合目というメモリアルマッチで起きた事件は、残念ながら現在置かれている日本ラグビー界の現状を表すこととなった・・・・
アマチュアリズムの弊害。コネや縁故が横行するルール無視の閉じられた世界になっていないか?

これでワールドカップが開催されるなんて信じられない。

TV放映される試合はきちんとしてもらわないと、ますますラグビー人気は下がっていくことだろう。

まあ、ラグビーという競技は、勝負二の次でぶつかり合って遊ぶという面もあり、どちらが男気があるかを競っているという面も底流にはあるわけで、棒倒しに似た妙なバンカラエリート意識というのもあったりして、一般の人には受け入れられない面もあるのだが。そういう意味では勝った負けたと騒ぐよりも、どちらが男気があったかを見て楽しむ方がいいのかも知れない。そういうスポーツなのだ、という認識があれば、誤審なんてどうでもいい、お互いに楽しめればいいんだよ、ということにもなる。大きなお世話ということになる。
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by worsyu | 2012-12-03 10:14 | ひまネタ | Comments(3)