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1億ドルの足

後藤郁(ごとうみやこ)は確かにきれいな顔をしている。彫りが深い。しかし、歳を取っていくと少女性がなくなって行く。
残念なのは足なのだ。太い。健康的である。しかし、この太さはアイドルにとっては致命的なのだ。
現在のアイドルにとって足とは欠かせないものになってきている。顔はどうにでもなる。しかし、足はなかなか痩せない。しかも長さも必要だ。胴体とのバランスも重要。

指原女史は、その点、抜群に良い。この足だけでアイドルをやっていける。
細くもなく、太くもない。長さもちょうどいい。肉付きがちょうどいいのだ。
同じくスタイルという点では、前田敦子も良かったが・・・
おそらく、これは自分の勝手な嗜好なのかもしれない。足のきれいな女性は、やはり輝いて見える。痩せすぎはだめ。

指原女史の足はアジアを征する。
私は秘かにアジア戦略を練っている。
中国で握手会&トークで盛り上げたい。
その時は眉毛老人の村山元総理も同行させたいが、高齢のため、実現するかどうかはわからない。
武漢市と友好都市関係にあるので、釘宮市長を連れて行ってやる方が現実的か・・・HKTメンバーを連れて広州市に行くというのも良いかも。その時は福岡市長の高島氏も同行願いたいものだ。


1億ドルの足―2本合わせて2億ドルの脚線美というのはどうだろうか?保険掛けても良いよね。
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by worsyu | 2013-09-26 18:53 | 芸能ネタ | Comments(0)

やり直し

どうせ、いけいけ捨て身戦法でオール攻撃態勢で後ろは好き放題打ってくれ状態だったのではないか?
守る気ない。

試合になっていない。誰が崩したのか?それは田坂監督だろう。
なぜ、こういう無様な試合をしても平気でいられるのか、不思議だ。
戦わなくなった将はいらないよ。もうかなり前から私は言っている。
走り勝って0-6なのか?それとも、走らなくて0-6なのか?それとも、走っても0-6なのか?
誰か守り方を教える奴は居ないのか?深谷に選手兼任でいいから守備を鍛えなおして欲しい。
さすがに、こんな試合を見せられては、残り試合に期待することはできなくなった。
人間だからプチンと緊張感が切れることはあるだろう。しかし、試合の流れを作るのは一人一人のプレイだ。誰かがそこで戦う姿勢を見せていれば、何かが変わるはず。それすらできない。負けは負け。でも、0-6という屈辱を演じてしまうチームは崩壊したに等しい。
おそらく、これからも先制されたら、「また負け試合か」となり、戦うことを辞めてしまうだろう。
我々は意地を見せた。存続の危機にありながらも、J2に沈んだ後も、かすかな可能性を見つけ、見事にJ1復帰という神業を成し遂げた。
それでは、この1年間のJ1という経験がクラブに何を残すのだろうか?
改めて、大分トリニータというチームカラー、戦術を守りを主体にした、粘り強い戦い方をするチームに生まれ変わる必要がある。
戦うチーム、クラブに作り直す必要がある。

どういうチームを目指すのか?デザインしよう。サポーター、下部組織、OB、関係者の意見をまとめ、イメージを作り、戦略的に作り上げていかないと、監督が変わるたびにチームカラーも変わってしまう。変わりすぎるクラブは、過去の遺産を引き継ぐことが出来ない。

真の姿に戻そう。我々には既にその姿は瞼に焼き付いている。守備から攻撃に。守りながらリズムを作り、攻撃へ結びつける。相手の隙を呼び込み、突いて、得点する。

手倉森に敗れて悔しいと思わないか?手倉森の活躍はうれしい。でも、やっぱり悔しい。

1からやり直しだ。
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by worsyu | 2013-09-17 12:50 | サッカー | Comments(0)

日本のおもてなし観光ベスト4

2020年オリンピックが東京で開催されることになった。
最終プレゼンの滝川クリステルは見事だったね。勿論、高円宮(たかまどのみや)妃殿下も素晴らしかったわけだが。日本人がここまで戦略的なプレゼンができるとは驚きだったね。でも、プレゼンって結局は無理に無理を重ねて嘘から出たまこと-真実に見せかけた嘘を感動の衣を纏わせてきれいに表現することでしかないわけなんだけどね。
大きな重荷を日本は背負うことになったわけだ。

滝川の言う「おもてなし」文化は確かに日本人にとっての特徴的な面ではある。
確かに東京でのサービスは本当に素晴らしい。それは、異常なまでのサービスだ。しかし、あえて言いたい。心がない、と。システマチックに行われているだけなのだ。

東京で行われている商業サービスは、整然としていて驚くばかりだ。それは、江戸時代から続く町民文化からきている。公衆道徳が発達しているので、混乱しないように個人の意志よりも団体の整合性を優先させる文化が長い間に形成されてきたからだ。
それは列を作って静かに順番を待つことであったり、場所取りのルールも守ることや、車の割り込みであったり、その他、あらゆることにルールというか作法があるのだ。
知らない人は戸惑うだろうし、整然と行われていることに感銘する人もいるだろう。
これは、彼らにとっては当たり前のことなのだ。その方が都合がいいからなのだ。
東京は日本で1,2を争う危険な都市である。犯罪の多い都市だ。人口比率で考えると少ないかもしれない(ロンドン、ニューヨーク、パリ等の世界の都市と比べれば少ないかもしれないが)が、毎日自殺事件が起きる。当たり前のように。すぐ近くで人が死んだり、軽犯罪が近くで起きることがある。
しかし、多くの人は見て見ぬふりをして助けようとするわけもないし、振り向きもしない。それは日常茶飯事であり、ごくごく当たり前の一日でしかないわけだからだ。関わりあうと却ってとんでもないことになることを恐れて逃げる。

おもてなしの心に優れているのは、やはり福岡だろう。都市と田舎が融合している変な街だ。福岡でオリンピックが行われなかったことは残念だったが、これも時代の流れだろう。今や、オリンピックが巨大ビジネスとなり、この魅力的な娯楽が安全に事故無く安心して行われる場所が求められているのだから、東京になることは当然であったのかもしれない。
そして、私を含め、一番頭が痛いのが、開会式等のエンターティメントだ。今まで失敗してきた汚名を返上できるのか?実際、現在、最高のエンタを見せてくれるのは東京ディズニーランドだろう。それを上回るところがあるだろうか?でも、使えない。アメリカ文化のエンタだからだ。

私が、日本に来る外国人に見て欲しいもの。
まず、富士山だろう。できたら静岡側から正対して見て欲しい。
次に江戸の花火だろう。これは、江戸っ子の粋を象徴している。東京でなければだめだ。
3番目は京都の金閣寺だろう。龍安寺、清水寺も入れていい。
そして、4番目に別府の温泉。個人的には明礬温泉がお勧め。
この4つが私がお勧めする日本の観光ベスト4だ。

私がおもてなしするならこの4つということだ。
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by worsyu | 2013-09-13 11:37 | 時事ネタ | Comments(0)

乙事主の助命嘆願を

パークプレイスに乙事主(おことぬし)が現れたとのこと!
怪我をされた方は本当にお気の毒である。

地元の猟友会が逃げた猪を追っているとのことだが、どうなんだろか?
人間の勝手で、ある時は、自然を守ろうといい、自然との共生を謳い、自然を豊富に保全していることを讃えて売り出しているところである。
しかし、人間の生活と相容れないものは排除されるという論理は、結局、作り物の自然。盆栽の大きなものでしかない。生き物が人間と共生しているイメージはそこには無い。
すでに、分譲住宅がどんどん建てられて、猪や鹿、イタチなどの動物が生活する環境はどんどん狭められている。
「もののけ姫」ではないが、人間の身勝手で自然を壊し、自分たちの勝手で自然を作り変えていく。それが今、展開されている。
田畑を作っているわけではない。それが荒らされることで駆逐される地域ではない。豊かな自然-原生林があり、そこを勝手に刈り込んで、でも、一気に禿山にしてしまうのは見てくれが良くないという理由で、少しずつ、ごまかしながら、自然を侵食し、駆逐している途上にある。大いなる欺瞞だ。やがては、八幡のように、山全体を人間の居住区として覆うまで自然を破壊しつくすのか?
それとも、人間は、あくまでも、この豊かな森の片隅に居候させてもらっている存在という謙虚な気持ちを取り戻すことができるのだろうか?

猪を駆逐することよりも、自然を尊ぶことを優先させた方が大分市のイメージは上がると思うけどね。
本来、そこを売りにしていたわけなんだけどね。
大分市はすぐ近くに自然があることが驚きなのだ。たとえば、鳥が多い。小鳥がなかなか逃げない。そんな小さな事に感動する。海端には鉄工所やコンビナートがあるのにだ。豊かな自然が手に届くところにある。この豊かさを理解しているのなら、乙事主を殺せとはならないだろう。
私は逆に何とかして乙事主を殺さないでくれと嘆願したい気持ちだ。

ご都合主義と呼ばれないように。
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by worsyu | 2013-09-09 12:19 | 地域ネタ | Comments(0)

重光葵という超人

今日は、アメリカではVJDAY(ビクトリージャパンデー)だ。そして、日本では敗戦記念日である。どこのマスコミも報じないが、日本が戦争に負けたことを正式に認めた日である。つまり、戦艦ミズーリー号の船上でポツダム宣言を受諾し正式に降伏文書に署名した日なのである。
この屈辱的な日であり、しかし、新しい日本の始まりの日でもある歴史的な場面になぜか2人の大分県出身者が居る。一人は日本政府全権の重光葵(まもる)であり、もう一人は大本営全権の梅津美治朗である。

重光は現豊後大野市三重町で生まれ、その後、母親の実家の重光家に養子となる。杵築で少年時代を過ごしている。ちなみに一方の梅津は中津市の出身である。
重光の外交官としての経歴は華麗である。当時の状況にあって、ドイツ、イギリス、アメリカ(シアトル)で公使の勤務を務め、そして中華公使として上海に着任。上海事変が起きた後、苦労して停戦協定をまとめる。
しかし、天長節にて爆弾事件に遭う。重光は、国歌が流れていたからという理由で逃げずに右足を吹き飛ばされてしまう。
その後、駐ソ公使、駐英大使となる。チャーチルとは、公私を交えてお互いに認め合う仲となる。
そして、戦争終結時に再び外相に担ぎ出され、皆がしり込みする中、天皇の意を汲み、全権代表として降伏文書の署名に臨んだのだ。

彼は「願わくば御国の末の栄え行き, 我名さげすむ人の多きを」とその日の朝に詠んだと言う。(これから先、わが国は栄えて、自分がしたことを悔い、蔑む人が多くなることを望んだのだ)誰が重光葵を蔑むだろうか。歴史の真実を知れば、重光が外交官として凛として臨んだことを私たちは忘れないだろう。少なくとも大分県人は、私心を捨て、太平の世を切り開いた重光葵(まもる)という人を誇りに思うべきだろう。 その調印式から10時間後、再び重光葵は、マッカーサーとホテルで会うことになる。
マッカーサーは天皇、首相、両議院議長以外の日本人には会うつもりはないとしていました。そこに待ち伏せし、しかも、交渉したのだ。占領軍が直接政治をやろうとし、軍政を敷こうとしたからだ。これが実施されれば、公用語は英語となり、通貨は軍票に、占領軍の裁判は軍事裁判で行われるはずだった。しかし、重光は「わが国はドイツの無条件降伏とは違う。条件降伏なのだから、無闇に従ってはならない」と毅然と理路整然と訴え、それを撤回させたのだ。その時の心境も詠んでいる。「折衝の もし成らざれば死するとも われ帰らじと誓いて出でぬ」(この交渉は決裂するかもしれない。自分の主張が通るという確証は無い。しかし、死することも辞さず、成らねば帰るつもりは無いことを心に期し、全力で当たるつもりだ。)よく考えて欲しい。たかが外相である。それが日本の命運を賭して勝者の占領軍のトップと交渉をしているのだ。退けることもできたはずだ。しかし、マッカーサーを納得させ、命令を撤回させたのだ。

理だけではダメ、義だけでもダメ。そこには人間として相手を説き伏せる力がなければ成し遂げられるものではない。 そのため、彼は外相を罷免されることになるのですが・・・ 彼のおかげで、日本が日本であり続けられているのだ、ということを私たちは知っておかなければならないと思う。
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by worsyu | 2013-09-02 15:51 | 地域ネタ | Comments(2)