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大分トリニータよ生まれ変われ!

昨日のFマリ戦で、私は、実は、ファウル数を数えていた。前半、大分は10、内一枚イエロー、横浜は6or7だった。そして、10個目のファウルからFKで決められてしまった。これをどう見るか。ファウルで止めなければもっと入れられていたのか?それとも、横浜以下のファウル5くらいでやっていれば、失点しなかったのではないか?私は後者なのではないか、と思った。吉武氏の考えで行けば、ファウルを少なくするには、それだけの技術と走力と冷静な心が必要だ。審判に対してクレームを多くしていたのは横浜側だった。監督も含めて。 もう、こんな試合は見たくない。ファウルをいっぱい犯して勝っても意味が無い。紳士ではない。きれいごとと言ってはいけない。審判の指示に従い、日本サッカー協会の指針にも従うこと。そして、それが清く正しく美しく、そして強さに繋がるという吉武サッカーに繋がる。U-17日本代表が果たして世界一になれるか?証明できるか?世界一になれなければ意味が無いのか?大分トリニータもサポもそろそろ気づいているはずだ。このままだと沈んで行くだけだと。大分だけのカラーを作り出さないといけない。いつまでも、地域愛におんぶにだっこだと続かない。サポートする意味が浅い。魅力がない。下部組織の人間形成をサッカーを通じて行ってきた結果、トップに入った途端、反則だらけの汚いサッカーをやっていたら、誰も来ないよ。セレッソみたいに育成に特化してところてんのように次々に若手選手を輩出していくやり方もあるが、それよりも、吉武方式で、独自のサッカーに特化することで、他チームに入れなかった選手を集めて、強くする方がありだと思う。清く正しく美しくサッカーをやってきた高校生たちを受け入れる器として再生して欲しい。私は、大分という地域ならそれが出来ると思う。当然、サポも覚悟がいる。今までの応援方式、マインドが変わる。でも、変わらないものがある。「魂」だ。だから、魂のサッカーをやろうと言うんだ。横浜のサッカーに魅力を感じただろうか?浦和や鹿島のサッカーもそうだ。 そのためにも、勇気をもって、正しい方向にクラブを転換させて欲しい。そうすれば、必ず再生する。いろんな経験を経て、ここにたどり着いた。この一歩は勇気がいる。しかし、それを証明することが、大分が再生する道だと私は信じたい。 吉武氏もそれを望んでいるに違いない。絶対にそうだ。 できるわけない。大分にそれが出来るわけがない。いや、できるはずだ。大分だからこそそれができるんだよ。 みんな繋がっているんだよ。何もかもが。胸に手を当てて思い起こせよ。
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by worsyu | 2013-10-28 11:33 | サッカー | Comments(0)

吉武イズム

サッカーU-17のW杯を見ている。
若いっていいなあ。失敗しても許されるから。
予選ラウンドを見て、強い。こりゃ、決勝まで行けるかもと期待させる。

今回の代表チームの特徴は、吉武監督の戦術を効果的に発揮させるために、選手の選択から行われていたようだ。何と、メンバーの内、14名が170センチ以下というちびっ子チームになっている。
しかし、足元の技術と90分間を走りきるスタミナ、戦術を理解する頭脳と感覚で十分にカバーできている。
この年代で既に完成に近い状態まで熟成されている選手たちなのだ。従って、今後、プロに進んでどこまで伸びるかは微妙だと思うが・・・・

これは、勝ちに来ているチームだな、と直感した。

初戦のロシアに1-0。第2戦のベネズエラに3-1。第3戦のチュニジアには2-1で逆転勝ち。
初戦は見ていないが、ロシアはヨーロッパ首位で通過してきたチームで守備主体のチームだった。前半17分に瓜生がミドルシュートを決め。それをそのまま逃げ切った。
そして、第2戦のベネズエラは南米予選を2位で通過してきたチームだ。日本は短いパスをつなぎ、リズム良く、走りながら球を廻し、相手の陣形を崩して裏を取り、又、スルーを出し、サイドを崩し、効果的に点を取った。強い。ポゼッションであり、パスであり、ジョギングサッカー?である。
第3戦は、メンタルの強いチュニジアだった。親善試合では1-2で敗れている。しかも、今回は予選を2勝してきている。日本と予選首位を争っている相手なのだ。
日本とチュニジアは既に決勝ラウンド進出が決まっている。しかし、決勝ラウンドを有利に戦うためには首位突破の方が好ましい。引き分けか、勝てば首位となる試合だった。
吉武監督は、ここまで全選手を入れ替えて使うという芸当をやってのけた。GKも3人使った。
このチームでの主力はポイントゲッターであるFWの渡辺と攻撃を組み立てる核となる杉本だろう。特に、この杉本が素晴らしい。身体のバランスといい、パスセンス、キックの安定度、密集の中でドリブルで抜く技術、鹿島の小笠原に躍動感を足して、良い子になった感じだろうか。因みに、彼は鹿島に内定だそうだ・・・・162センチしかないので、どうなんでしょうねえ。でも、現時点ではU-17では世界トップクラスの選手だ。今大会のMVP候補でもある。
その杉本はベンチスタートとなった。試合開始から、何だか動きが硬い。パスがインターセプトされて逆襲される場面が多い。チュニジアは守備を固めてカウンターという徹底した戦い方をしてきた。日本のリズムはこの積極的な守備に崩され、ボールは支配してはいるが、逆に崩されているのは日本の方だった。ここを無理に突けば逆襲され失点するだろう。リズムが悪い。堪らず、選手交代。杉本を入れる。これで多少安定感が出たか。しかし、流れは変わらず。先取点はチュニジアだった。前半終了間際だった。バイタルエリアで横に振られミドルシュートが選手の間をすり抜け、ゴールに吸い込まれた。

その後も日本が有利に球を動かし、追い込んで行った。チュニジアの選手は次々に足が吊り始め、倒れこみ、選手交代をして行った。日本も坂井、水谷と守備、中盤の選手交代をした。
時間は刻々と過ぎ、80分を過ぎた。ここで日本が同点に追いつく。決めたのは、何と、後半開始から交代して入ってきた坂井大将(さかいだいすけ)。スルーで右サイドに出し、折り返した球を相手DFと競り合いながら、クリアした球に坂井の左足が当たり、ゴール。よくここまで上がってきたものだ。
これは、彼らが言うところの「ニューローテーションポリシー」なのだろうか。つまり、流れが悪くなったり、リズムを変えるために違うポジションに入れ替わるのだそうだ。
そして、決勝点はアディショナルタイム。これも確か坂井が左から折り返し、それを渡辺が合わせたものだった。
この試合のMVPは坂井だっただろう。

この試合に限らず、吉武監督は、教育者であるし、青年期の人間形成をサッカーにおいて実践している。今回の彼らの目標はベスト4以上である。それと同時に1試合につき、8つ以下のファウルを目指しているということに驚きと感銘を覚えずには居られない。

これは、「吉武イズム」と言っていいだろう。ファウルをしない。審判にクレームを付けない。紳士であリ続けることの難しさと素晴らしさ。平常心の中でプレイすることの重要性等々・・・・
まさに私の考える「魂のサッカー」に通じるものがある。

浦和の森脇と鹿島のダビのやりあいなんか見ていると、ため息が出てくる。
これもサッカー。弱い人間がやることだと思う。

大分の皆さんもよく考えて欲しい。楽しければそれでいい?盛り上がればそれでいい?

吉武さんのサッカーはある意味現在のサッカー文化への挑戦だろう。
「イズム」と付けさせてもらったのは、そういう意味がある。
アマチュアリズムだけでは片付けて欲しくない。

ベスト8では誰も耳を貸してくれなかった。
優勝しないと彼のサッカーは支持されないだろうし、世界を変えることにはならない。
負けた言い訳と捉えられるからだ。

日本がブラジルの真似をしたり、イギリス、イタリア、ドイツの真似をして、ここまで強くなった。しかし、そうした中から独自のスタイルを見出さないと世界の中で尊敬される存在とはならない。
強くならないと誰も耳を貸さない。

吉武氏はそれを挑戦しているのだ。

私は、それを大分トリニータで実現させたいのだ。見てみたい。
吉武さんに育てられた子どもたちが、その後、いろんなところで活躍していくだろう。これまでも活躍してきたはずだ。しかし本当にそれが実践されてきていたら、もっと違ったサッカーを我々は眼にしているはずだ。
「それはアマちゃんの戯言だ」で済まされているのではないか?

私は志向したいね。
吉武さんが目指しているものをトリニータで実現してみたいよね。大変だよ。毎日、話し合い、理解を深め、生活習慣から、考え方まで変えなければできない難事業だ。まるで仏教徒になる覚悟で望まないとできないことだ。でも、やる意義はある。夢だからだ。それが、日本サッカーの全てに関わる人たちの夢だからだ。

それにしても吉武さんも随分白いものが出てきたねえ。
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by worsyu | 2013-10-25 12:24 | サッカー | Comments(0)

セルビア戦とデカモリシ

セルビア戦を見ながら思ったこと。
代表にないものは、心の強さ、身体能力の高さだな。
守備崩壊は依然として続く。
セルビアの気合の入り方、身体能力と技術の高さ、そして守備の集中力の高さ。戦術の徹底。レベルが違う。

ところで、我がデカモリシこと森島のことを思ってしまう。本当だったら、このピッチにふさわしいのはこいつなのに。なぜ、伸びなかったのだろうか、と。
私は、ずっと言い続けている。点を取ることだけがFWじゃない。最前線で身体を張って相手の守備陣にプレッシャーを掛け続け、ポストプレイに磨きを掛ければ、オールラウンダーにはなれないが、怖い選手になる、と。
来季、大分にいるかどうかもわからないが、森島に言いたい。
審判に異議を言うのを辞めたらどうだ?これはくせだからなかなか直らないと思うが、やってみたらいい。世界が変わるはずだ。
相手のラフプレイに顔をゆがめてもがまんして欲しい。反則を取らない審判にクレームを言いたくなるが、我慢してみて欲しい。すると、審判の対応も変わるが、何よりも相手が変わる。こいつは、何されても怒らない。だったら、もっとやってやれ、ということになる。そこに隙ができる。
森島よ、サッカーは戦いなのだ。格闘技なのだ。真剣勝負。切るか切られるかの勝負だ。命を掛けて試合ができるならば、誰にも負けない。たとえ試合に負けても、負けなかったことになる。
世界が変わる。

もし、森島がその境地に達したなら、傷だらけになるだろうが、世界が見えるだろう。心が強くならなければできないことだ。
魂のサッカーを見せてくれ。
そんなバカができる選手、日本にはいないよ。技術もあり、スピードもある。シュート力もある。オールラウンダーとしての才能がありながらも、その才能があるゆえに邪魔をして伸びきれない。傑出したものが無い以上、それにしがみついてどうする。一度、全部捨てて、身を挺してチームプレイを優先してみたらどうだろう。身体を鍛えなおし、心を静める努力をし、バカ一直線で勝負する。

できなかったら、今以上の選手にはならないだろう。

まだ、どこかで期待している自分がいる。
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by worsyu | 2013-10-12 15:51 | サッカー | Comments(0)

警護団が必要

東京三鷹市で起きた女子高生ストーカー殺人事件について。
三鷹市というと、個人的には思い入れのある地で、作家の太宰治の墓のある場所でもあるのだが・・・

今回の事件で考えさせられたのは、フィリピン人とのハーフである加害者がネットにぶち撒けた被害者の卑猥な画像や写真などである。
新聞やテレビ、特にテレビの報道番組で語られるのは希望にあふれ成績も優秀で女優を目指していた、けなげな女子高生という姿を演出し全面に出している。
こうした感情に訴える演出をすることが果たしていいのだろうか?
私は、そろそろメディアも大人になって欲しいと思う。

一方、ネットでは、彼女の裏の一面がクローズアップされ、被害者であるにも関わらず、遺族や本人の尊厳が中傷にまみれる。

ネットの怖さも感じるが、一方で、テレビでは分からない部分も知ることが出来る。結局、世の中の現実は、そんなにきれいなものではないということだ。そして、それをどう受け止めるか、評価するかは、本人次第ということ。

しかしながら、この件に関して、私は、彼女を非難するつもりはない。都会の子によくある興味本位の自己顕示欲のある思春期の子どもにありがちなことだ。それが、タレント活動をしているということで、多少危ないことにも手を出してしまったという程度だろう。
通常、タレント活動をしていれば、事務所が私生活の面もフォローし、大きなところは、時にはヤクザを使って対処するだろう。
こういうことがあるからヤクザとの繋がりは芸能界にとっては持ちつ持たれつになるのだ。警察は助けてくれない。

でも、でもだ。本当にネットの力を信じていれば、ネットに助けを求めたら、逆に助けてくれる人が現れたかもしれない、と思うのだ。
そのためには、個人情報を流すことになるわけで、逆に危ないことに繋がるかも知れない。ネットで危ない目に遭い、ネットで逆に助けられる。そういうことが起きる時代になりつつある。

それでも信じられるネットによるストーカー警護団のようなものが組織されれば、警察よりも頼りになると思う。

警察か、ヤクザか、ネット警護団か。

私は提唱したい。ネット警護団の創設を。
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by worsyu | 2013-10-10 10:54 | 時事ネタ | Comments(0)

魂のサッカーを求めて

俺たちはきれいなサッカーを求めているわけではない。それでは汚いサッカーを求めているかといえば、それも違う。
魂のサッカーを求めているんだ。
昔、大学ラグビーで学生日本一になり、その後の日本選手権で社会人チャンピオンのトヨタを破った慶応大学のように、魂のプレイをするチームを求めているんだ。

多くの若きサッカー選手がこの地-大分に来てサッカー人であることの喜びや練習環境の素晴らしさ、そして、選手たちに対する市民、県民の尊敬の念。そして、サッカーだけに集中できる環境で、うまくなり、また、再生していった。
我々は、このサッカーを取り巻く環境をもっともっと築き上げていけばいい。そうすれば、必ず、サポーターと選手、クラブと地域のもっと熟成された関係が築けると思う。
まだ、道は途上だ。長い道はまだ始まったばかりだ。サッカーの面白さ、素晴らしさを子どもから、老人まで、感じ、語り、そして、楽しむことができるまで、まだ時間がかかる。
身の丈に合ったクラブ運営だけでは味わえなかった喜びを体験した。また、J2へ降格して、わずかな可能性に掛けた勝負に奇跡的に勝利し、われわれを感動させてくれた。
そのことに感謝することを忘れてはいけない。
夢を見るのは体力、気力が居る。勇気が居る。
このままこのクラブが消えてしまっても、十分、思い出を、夢を見させてくれた。でも、まだ、このクラブに新たな夢を作り出す力があるのなら、再びJ1という舞台に戻ってくるだろう。
そして、それを作り出すのは、我々の夢を見る勇気なのだ。
立ち止まる暇なんかない。明日のことを考えよう。サッカーを楽しむことをもっと広げていこう。
壊れたら作り直せばいい。前よりももっと頑丈なものを。
夢を託すことができるクラブであって欲しい。
日本で最初に南蛮文化が花開いた地である大分(豊後)でサッカー文化が根付き、広がりつつあることは、歴史の必然だ。
熱はいつか醒める。今隆盛を誇っているクラブチームも永遠に続くわけではない。スポンサーが撤退した途端、クラブが消滅してしまう危険もある。
われわれはマグマのように沸々といつでも熱をエネルギーに変える状態になっていればいい。そのための努力を日々していればいい。
マスコミにも負けず、ネットにも負けず・・・・・静かに、でも、確かに我々は成長していこうではないか。

魂のサッカーを求めて・・・・
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by worsyu | 2013-10-07 12:30 | サッカー | Comments(0)