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セクハラ撲滅へ

東京都の議会でセクハラやじが飛んだそうだ。
みんなの党の塩村文夏女史が出産、育児に関する一般質問をしている最中、男の声で若い女性をからかうようなやじが飛んだ。

この問題がここまで大きくなった原因は、東京都に居る外国の特派員が世界中にこの破廉恥騒動を伝え、世界中に日本の中心地で起きたという驚くべき痴態が報じられたということにある。

私は、以前から、「東京は世界を知らない田舎者が多いところだ」と批判してきた。というか、バカにしてきた。それは今でも変わりない。

おそらく、世界の人々は、「首都東京の議会で行われているのだから、地方や、一般の会社はもっとひどいのだろう。」と思っただろう。イメージを作らせてしまった。

東京なんてどうでもいいいんだが、それが、大分県なんかもっとひどいだろう、と思われることが心外である。

冗談じゃない!

何党がどうだこうだの問題ではない。やじが大体文化だとかほざいている時点でアホである。質疑応答というルールを無視している。自由討論ならいざ知らず、ルールを無視して発言している時点でアウトである。

しかも、品性下劣なやじが堂々と発せられ、議長が注意するわけでもなく、女性議員が騒ぎ出すわけでもないことが重大なポイントである。

おまけに、女性議員の過去を暴き出し、人間性を低めて、問題をごまかそうとする輩も出てくる始末。
腐っている奴が多すぎる。

女性を尊重することは、男性にとって最大の美徳であるという認識がない。

大分県は、日本で一番セクハラ告発の件数が少ない。もちろん、ゼロではない。しかし、一つの指標として、県別では一番少ないというデータがある。

今回の事件で、いっしょにされては迷惑と思っている人は、やはり、声を上げるべきだと思う。

少なくとも、大分県議会が注意喚起したことに対しては、拍手を送りたい。もちろん、手ぬるいと思うが、まるで無視したり、注意喚起すらしないところよりはまし。
できれば、セクハラ撲滅の宣言をすればもっといいのだけどね。

各市議会はそこまで踏み込んでもいいのではないか?

やはり、大分を首都にした方がいいんじゃないか?
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by worsyu | 2014-06-30 18:53 | 時事ネタ | Comments(1)

嘉納伝助を山笠にどう?

「花子とアン」で嘉納伝助役を演じている吉田鋼太郎が見事だ。

筑豊弁もうまい。
地の人が聞けば少し違うのだろうが。我々大分の人間からすると、ぴったり、はまっている。

原作者なのか、脚本家がそうなのか、それともプロデューサーの指示なのかわからないが、「花子とアン」では、白蓮と宮崎はそれほど美化されていない。

伊藤伝右衛門-嘉納伝助もそれほど悪意的に描かれていない。却ってすがすがしい。知性を感じる。
伊藤伝右衛門の再評価につながることは間違いないだろう。

私が市長だったら、吉田鋼太郎氏を博多祇園山笠の追い山に乗せたいね。
嘉納伝助として、その場に居てくれたら、盛り上がるだろうね。
(もし、これが実現したら、私も福岡に貢献したことになるだろうね。)
それくらいの度量とユーモアとセンスがあれば、福岡人を見直すけどね。

可能性は無くもない。市長の高島氏は大分県出身だからである。

山笠には間に合わないにしても、何らかの形で吉田氏を招待し、イベントを作って欲しいね。

ちなみに、彼も離婚歴があるらしい・・・・・どおりで、かれの演技には伊藤に対する愛が感じられる。
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by worsyu | 2014-06-27 09:32 | 芸能ネタ | Comments(0)

守備軽視は三流

この国の本当にゴミのような偽りの文化を作り出しているマスコミとその取り巻き連中と追随者たちを粉砕、駆逐しない限り、まともな国にはなれないことを確信した。今回のW杯で。

それは私自身は何度も言ってきたことなのだが、もっと、強く、繰り返し言わないと、いけないと確信した。
「サッカー日本代表」というのが、何時のころからかブランド化され、無用でわけのわからない、実態のない付加価値が付けられて流通していた。

「キングカズ」とはいったい何なんだろう。おそらく、三浦はブラジルに今回行って。当時のチームメイトから「お前、キングって呼ばれてるんだって」とかからかわれたに違いない。それに対して「いやあ、日本のマスコミってバカだから、勝手に神聖化してそれで金儲けしているだけなんだよ。」とか話したんじゃなかろうか?

バブルの残滓たるサッカー文化は、この際、一掃されなければならない。
今回の惨敗に、決定力不足、だとか、得点力のあるFWの不足を上げる人がいるが、それもそうだが、守備力の全くの軽視が一番の問題だと思う。

ボクシングでガードの緩い、技術の無いボクサーはいくら素晴らしいものを持っていてもチャンピオンにはなれないし、たとえなったにしても長続きしない。

野球でもそうだ。打撃よりも守備。そして、組織的な戦い方。細かい決めごとを守って、効果的に点を重ねていく。確率論を取り入れて、精度を上げていく。

おそらく、サッカーを指導している人も含めて、この大原則を守っている人間がどれだけいるだろうか?

外人任せでできるのは、真似ごとだけ。本当に自分たちに合ったサッカーを追求し、構築し、熟成させる気などないのではなかろうか?

はっきり言って代表なんてどうでもいい。
大分トリニータの方が大切だ。
守備の大切さがわかっている監督に作り直して貰いたい。

子供のサッカーじゃあるまいし、全員攻撃をやって、カウンターで4点も5点も奪われるようなサッカーなんて見たくない。
目指すのは省エネサッカーだ。そのためのパスの精度であり、無駄走りを極力無くすことで、最終盤まで体力が続く、そんなサッカーを作り上げてほしい。
1-0でも十分じゃないか。0-4で負けるよりも絶対いい。

闘うってそういうことなんじゃないか?

負けは負け。終戦ではない。敗戦だ。負けて善戦だとか、惜敗などない。
それは言い繕っているだけだ。

繰り返すが、次期監督は守備の大切さがわかっている人にやってもらいたい。個人的な願望だが・・

守備を軽視した格闘技なんて存在しない。競技もない。
未熟というしかない。
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by worsyu | 2014-06-26 12:10 | サッカー | Comments(0)

何て日だ

軽く愛媛戦。
久しぶりの1万人。ワンコインでありながらも、雨中の中足を運んできたトリニータ愛。愛されているね。
W杯では日本代表は雨中と暑さの中で体力を消耗しながらやっているというのに、ここでは天国のようなドーム環境。恵まれているよ。

点を決める人間はやはり、運と才能を持っているということを感じる。河原しかり、阪田しかり、高松しかり、渡辺しかりだ。

しかしながら、勝ち越して、残り14分で、若狭を入れて逃げ切りを図る。しかし、その2分後に同点に追い付かれる。若狭が入る3分前に入った渡辺に決められてしまった。

若狭は何のために入れたのか?
いっそのこと、高木と交代した方が良かったのではないか?と思うくらい、高木は狙われ続けているし、決められ続けている。

何度でも言う。これはサッカーじゃない。ほとんど高木に対するいじめだろう。
そして、監督の無能さをさらけ出している。
自分だったら、交代させるのは高木だ。
どうしても、交代させたくなかったら、ラインを下げろ。スペース開けて、誘って、抜かれて、決められる。アホか!

帰り道、8歳くらいの男の子が「何て日だ」とバイキングのギャグフレーズをやっていたが、私も「全くだ」と呼応してしまった。
子供にはわかっているんだね。

ついでに言うと、後藤はアホか!全く、出し手との息が合っていない。裏を狙う動きも下手すぎる。誰か教えてやれよ。あれじゃあ、先発は無理だよ。
末吉のミドルの精度が低すぎる。これじゃあ、相手もあまり警戒しないだろう。
セカンドボールが拾えない。愛媛は素晴らしかった。
FKからの攻撃がワンパターン。アドバンテージにはなっていない。すぐに前に出てくる。工夫がない。怖くない。これじゃあ、フットサルだよ。
バサジイは守備の意識改革で2位になった。攻撃一辺倒では上位に食い込めないことはわかりきったこと。
守備軽視のサッカーは面白いか?負け続けて去年面白かったか?

愛媛から来てくれた選手、サポーターのみなさんは試合中、雨にぬれず、快適にサッカー観戦できたのではないでしょうか?それがうれしいかな。

このスタジアムは、W杯で使われたサッカー場なのですよ。あのイタリア代表がこのピッチで躍動したんですよ。
そのパッションがここにはまだあります。サッカーのパッションを育み続けたい。いつ日か、けたたましい騒音にしかなっていないアナウンスが消え、トリサポから太鼓や騒音と化した笛の音が消え、本当の歓声に包まれる日が来ることを夢見ています。

愛媛の戦いぶりには拍手を送りたいね。渡辺の同点弾はすばらしかった。監督の使い方も見事だったし、戦術としても見事にはまっていた。どちらが上位チームなのかわからなかった。
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by worsyu | 2014-06-24 14:49 | サッカー | Comments(0)

白蓮と福岡の確執

「花子とアン」を見ている人も多いと思う。
ドラマでは実在の人物をモデルに書き上げられているため、実際とは違う描かれ方をしているところもあるだろう。
しかし、それは所詮ドラマだからであって、調べれば、実際の人物評価は違ってくる。それを真に受けてドラマ自体を批判することには、ちょっと、民度を疑う。

以前、私は、「博多よかばい物語」の感想を書いたが、未だに結構、読まれているようで、福岡県人からの批判が多い。
多くは、「福岡県人といってもいろいろある。そんなに男尊女卑の気風は無い。大分県は別、というのは、ちょっとおかしい」といったところだろう。

「花子とアン」に出てくる主人公村岡花子の腹心の友である(柳原)白蓮と、筑豊の炭鉱王-伊藤伝右衛門とのやりとりが面白い。
面白いというのは、そこに脚色があり、誇張があり、カテゴライズされているからである。

伊藤伝右衛門は知る人ぞ知る、福岡県の偉人である。福岡の財界を盛りたて、また、学校教育にも関心を示し、寄付をし続けた人で、立派な人、というのは福岡県民の、昔を知っている人の評価であろう。それに対して、白蓮は女の風上にもおけない、鼻もちならない奴!ということになるのである。

ここには、「博多よかばい物語」の田舎者の楽観主義と男尊女卑観を持っている福岡人と都会風を吹かして人の弱みをあけすけに指摘して、男をやりこめる横浜女の構図がぴったり当てはまる。

おそらく、現代の福岡人の感想は、地域差、年代差、何代目かの違いがあるだろうが、3つに分けられるだろう。
1)時代錯誤であり、笑える。炭鉱夫からの叩き上げの伝右衛門なら、少々荒っぽいことをしても仕方が無いか。それにしても、ちょっと、誇張しすぎじゃないか?昔はあんなんだったんだ。

2)怒りがこみ上げてくる。白蓮が生意気。皇族風を吹かせて、金を使わせておいて、自由気ままに遊び、利用した挙句、恋人を作って逃避したんだから、ろくな女じゃない。伊藤さんは立派な人。白蓮を自由にさせた大腹中の御仁である。男の中の男。このドラマはおかしい。片方の側からしか描いていない。

3)あの頃の福岡県人はひどかった。金で買われた白蓮がかわいそう。自由と平和を求めて、全てを捨てて愛に生きた白蓮は、モラルを度外視したが、素晴らしい。あの時代に、自由に生きた女の一人として、その生きざまは共感できる。悲しい気持ちになる。

芥川龍之介の「藪の中」(-黒澤明監督の「羅生門」で映画化された。)を引き合いに出してみるまでもなく、人間の業によって、見方が変わってくる。
人間の根深い感情の部分での差異が事実すら曲げてしまうことがある。

白蓮は、伝右衛門の死後、講演を依頼され、小倉を訪れている。その時、逡巡したそうである。そりゃそうだろう。福岡は白蓮にとっては、禁断の地。その時、昔を振り返って、「あの時は、悪いことをした」と呟いたそうだ。

この人は、美智子妃殿下の御成婚に対しても、異議を唱えたそうである。その真意はどこにあったのだろうか。
おそらく、死期が近づき、身体が弱ってくると、頼るものを欲し、権威にすがるようになったのであろう。
結局は、世間知らずのお嬢さんだったのである。

当時の新聞(マスゴミ)は、面白おかしく騒ぎ立て、社会問題化した。やがて、小説となり、舞台化もされ、日本の上流社会の恋物語として、面白おかしく脚色された。そのことが、現在にまで続く、九州は男尊女卑の場所という偏見を生んだのだ。それを信じ込ませる材料としては、熊襲の存在や、薩摩軍の存在、等々が持ち出され、後付けされた。
この白蓮事件も九州人は野蛮人という風潮を作る一つのエピソードになったのだ。

まあ、このドラマも恋人になる宮崎は熊本出身で、13歳までいたので、多少は熊本弁訛りが出るはずなのだが。他にも福岡の新聞記者とか、なぜか、筑豊の人たちだけが筑豊弁なのも、ちょっとしたトリックがあるね。
白蓮はこの後、別府に逃げるわけで、別府は当時は温泉保養場として多くの文人画家が集まる社交場だったわけで、ちょっと違った雰囲気がそこにはあったと言えるね。そこに出てくる別府の人たちはどんな言葉をしゃべるんだろうね。大分弁の中でも、別府は少しやわらかい言葉なんだけどね。ちょっと、洗練されているんだけどね・・・・


昔、タモリが名古屋人を馬鹿にしていたが、これも他愛もないことなのだが、中には真剣に怒る人もいたかもしれない。しかし、多くは笑っていただろう。

私も、福岡人を多少ばかにしているように思われるだろうが、それも他愛のないことで、面白いからやっているだけなのだ。(同様に佐賀、熊本、長崎、宮崎、鹿児島も、崩壊アクセントの言葉や、文化の違いが面白いのでからかっているが・・・)
しかし、2)の感想をお持ちの方々にしたら、面白くないことだろうな、ということは想像できる・・・・
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by worsyu | 2014-06-23 11:06 | 地域ネタ | Comments(0)

GKはエゴイストでいい

栃木戦について。
後半の映像を見た。
やる気無い。覇気が無い。疲れているのか?
単純なカウンターに何度もやられる。
栃木は何もしなくていい。裏に球を出せば、大分は追いつけないから。
これはサッカーじゃない。ただのダッシュの練習だ。

こういう試合を見せられたら、今やっているサッカーに対する疑問が湧いてくるだろう。たまたま、運が悪かったのだろうか?しかも、攻撃陣は何度も決定機を外す。どんどん前がかりになる。なぜ、はずすのか?
それは、栃木側は攻撃陣に人数をかけなくても点が取れるからだ。だから、きっちりとしたブロックを作って、スペースを詰めればいい。そこを攻撃されても崩されない。
高木を狙えばいい・・・

DFはラインを高く上げるのはいいが、背後のケアをしなくてはならない。それを補完するためには、前線、中盤からプレスをかけ続けてほしい。しかし、攻撃一辺倒になると、それがなくなる。畢竟、DFのみの力で跳ね返せ、となる。

私は、数年前からずっと言い続けていることがある。若くて優秀なCBの育成を早急にして欲しいということだ。

ラインを高く上げて、「来るなら来い。スピードなら絶対負けない。」というくらいのCBが必要だ。それが今のシステムに合ったCB像だろう。それができなければ、ラインを上げ過ぎることはリスクが大きすぎる。
もしくは、SBの一人をマンマークで付かせればいい。それだけで防げたはずだ。私ならそうする。

1列目と2列目が交互に前線で攻撃を入れ替えてやればいいこと。必要以上に最終ラインを上げる必要はない。どうしてもそれをやりたいのなら、裏を狙う相手FWにマンマークで一人付かせればいい。それだけで相手の攻撃を防げる。攻撃の枚数を1枚守備に回すことになるが、それで相手の攻撃がとりあえず手詰まる。相手もブロックを崩して点を取りに来る。逃げ切る時間になればそれもなくなるが・・・・そこからどうするかだ。何もせずに手をこまねいていたから、こういう結果になった。
本当に糞のような試合だ。
何度でも言う。高木と競争して勝てば点が入るんだから。狙わないはずがない。相手に弱点をさらけ出して、無防備で攻撃する。それじゃあ勝てないよ。得意の玉砕戦法だ。

負けてもいいから、点を取ろう。その1点すら上げられず、逆に3失点。これでは、戦略ミスと言われて仕方が無い。状況に応じた布陣が必要だし、そうした指示をベンチが出すのなら、ベンチの責任は大きい。できなければ、選手に任せた方がいい。

戦犯は・・・・
1)効果的な戦術を見いだせなかった田坂監督。
2)高木。気持ちで負けている。
3)安川がカバーできていない。

戦犯ではないがGKの武田について。あの状況で3失点は仕方がないかもしれない。しかし、もっと前向きな態度で臨んでもらいたい。

武田はあれだけのセンスや才能を持ちながら、伸びきれない意味が今回わかった気がする。
ひたむきに、がむしゃらに球を追って、飛び込んで欲しい。GKに格好よさは必要ない。

武田よ、ぶざまであろうと、情けない姿であろうと、守るということは、その任にあるというだけで、尊敬されるポジションなのだ。
夢に見るのは、いつも悪夢だろう。夢の中では、思うように身体が動かないだろう。
私も、GKの夢を見た時がある。悔しさで目が覚めた。こんな夢を何度も見なければならないなんて残酷である。
しかし、それも楽しんで、苦労を快楽に変える力を持てば、メンタルが強くなる。もっと強くなれる。ポジティブ思考、楽天主義でないとGKはやっていられない。

神と呼ばれるポジションはGKだけである。
大分の守護神は武田である。大分トリニータにとってGKは特別である。
もっと、声を出して欲しい。阪田や高木に気兼ねなんかしないで欲しい。自分の色をもっと出していい。ゴールマウスを守るということに関しては、もっとエゴイストでいい。
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by worsyu | 2014-06-18 10:09 | サッカー | Comments(0)

化けの皮が剥がれた

W杯初戦。日本はコート・ジボワールに1-2で負けました。
戦犯は誰なんでしょう?
1)西村。ブラジルVSクロアチアを裁いたわけだが、あのPK判断を下したことで、日本のサッカーのレベルに疑問を持たれた。見えないプレッシャーになったのは間違いない。(少なくとも今回の大会で日本側にPKを与える審判は現れないだろう。つまり、どんな反則」をしてもPKを取られることはないということだ。)
2)雨。降雨の中での肉弾戦は、体力勝負となり、日本選手の体力は後半に入って極度に落ちた。
3)遠藤か香川。2点とも、日本の左サイド-長友が上がった後の穴を突かれ、高速クロスを上げられた。競り合いで負けることはわかっていたこと。クロスを上げさせないことで防ぐ、ラインを高くするという戦術で決めていたはず。
4)川島。1点目は仕方ないにしても、2点目は防いでほしい。衰えが見える。

対策としては、メンバーの入れ替えだろう。荒療治。ショック療法が必要。GKは西川でいいのではないか?初戦の結果が誤算であった以上、何かを変えなければならない。西川は、4年前も実力的には川島と同等かそれ以上であった。無いのは海外での経験だけ。
ボランチを青山・山口ペアで。両サイドを酒井ペアで。香川の代わりに清武。大迫の代わりに柿谷。
勢いを取り戻す。若手の起用で流れを変えさせる。
コロンビア戦は、ベストメンバー。1戦、2戦を見て選べばいい。おそらく、コロンビアは戦力を温存するだろうし。

私は、周りの人間に聞かれるたびに、「1次予選を突破できたら儲けもの」と言ってきた。それは、言わずもがなだろう。FIFAランキングで見たら、予選突破すら奇跡なのだから。
可能性としては、頭を使って、勇気を絞り出して、日本の何かが出てきたら、というものだけだから。
マスゴミ大本営発表には、本当にうんざりする。これだけ大衆を騙して宣伝していいのか?と思うよ。

我々がもっと大きな声を上げないと、サッカー文化そのものが形骸化してしまう。成長しない。

子供たちにも、もっと厳しく、批判的な目を肥えさせてやらないといけない。

いや、おそらく、日本中にはそういう子供はいっぱいいるはずだ。それを報道しないマスゴミに大衆がだまされているだけだろう。

化けの皮が剥がれた・・と言われても仕方がない過熱報道。所詮、祭りの認識か。負けて悔し涙を流す輩がいないことが救いではあるか・・・

(闘莉王の方が良かったのではないか?DF力が低すぎる。齋藤いらない。)
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by worsyu | 2014-06-16 10:59 | サッカー | Comments(0)

西村氏の限界

いよいよW杯が始まった。オープニングマッチはブラジルVSクロアチアだ。
そして、審判団は日本人スタッフ。どういうジャッジをするのか、期待と不安で見た人も多かったと思う。

問題のイエロー及びPK判定のシーンだが、瞬時に判断したわけで、情状酌量の余地はあるとはいえ、あれは流していい場面だろう。
仮に手が肩に掛っていたとしても、倒れるまでのものではない。
倒れる技術が半端じゃない。問題は重心の移動だ。左足をあげて右足を前に滑らせている。つまり、空中に身を投げ出してその場で寝転んでいるだけだ。

しかしながら、これが誤審かというと、そうでもない。残念なジャッジだったと言うことなのだ。

日本人は信用できる。ワイロや買収には関係ないだろう。公平なジャッジをするはずだ。
確かに公平ではあったと思う。しかし、未熟だった、ということか。少なくとも、西村氏は、ブラジルとクロアチアのそれぞれの選手の試合での行動や癖を事前に勉強していたのだろうか?
日本のJリーグではよくある場面だが、世界のステージではこれは流すところだろう。
なぜか、なぜ、彼は笛を吹いたのか?

それは、性善説に立っているからだろう。
試合前にフェアプレイで行きましょうと私はお互いのキャプテンに警告した。

わざと倒れるはずがない。何らかの力が働いて倒れたのだ。それに相当する行為があったのか。あった。

しかし、実際は、ブラジル側もクロアチア側も顔では相手をリスペクトしているようで、それはポーズに過ぎない。騙す行為は当たり前。自分の身を守るためには、やれることは何でもする。
お国柄と言えばそれまでだが、貧富の差が激しく、宗教対立、民族主義による差別が横行し、殺人事件が日常茶飯事で起きる国である。生きるため、生き残るためにサッカーをやっている国だ。
そのあたり、日本人のサッカーに対する考え方とはまるで違う。

幸い、オープニングマッチということ。お祭り騒ぎの中での試合だったので、多少は許されるだろう。
しかしながら、西村氏のW杯はこれで終わったに等しい。もし、2回目があっても、その時はブラジルの観客からは失笑で迎えられるだろう。

前回大会、同氏はブラジル人選手に退場を命じた。これで、名を挙げたのに、今度は、逆に庇うかのごときひいきとも思われる判断を示した。
これで彼の名声は地に落ちた。
流して、起きろというジェスチャーをした方が、彼の名声はさらに上がったことだろう。残念である。
同時に日本人に対する評価も落ちたし、何よりも、日本サッカー協会の受けた評価は厳しいものになるだろう。

昔、西村氏は、大分で、浦和戦を裁いた。その時、あの、山田暢久のシミュレーションを見事に見破った。あの熱狂の中でとにかく西村氏は目立っていた。勇気なのか蛮勇なのか?わかっているのか、それとも、まるでわかっていないのか?自分自身を信じて突き進む。それは見事であった。

以前から私は何度も言っていると思うが、日本人の笛は厳しすぎる。蹴鞠をやっているわけではない。接触プレイの裁き方が厳しい。下手。

これは文化の問題。喧嘩が起きる。どちらかが悪く、どちらかが良い。いや、両方悪い。和をもって尊しと為す。納得できないよね。

結局、罪を償うべき人間であるか否かの判断になる。罪を犯せば罰を受ける。それでは、今回のクロアチアの選手はその罰を負うほど悪い罪を犯したのかということになるのだ。これが世界(キリスト教的)の一般的な考え方なのだ。
ブラジルも同じだ。クロアチアの選手に同情しているだろう。
「彼はそれほど悪いことをしていないよ。悪いのは無知な日本人だ。騙すほうが悪いんじゃない。だまされる方が悪いんだ。」

彼の眼もいつの間にか曇ってしまったのだろうか?というよりも、これが彼の限界であったということなのだろう。世界をもっと知るべきだった。彼はここまでだ。

まあ、もっとひどい審判が出てくれば、西村氏も救われるだろうか?・・・

日本のサッカー、フェアプレイをすることが大前提となるサッカーは素晴らしと思う。しかし、世界の大勢(キリスト教)はむしろその逆だろう。そうした中でいかにバランスをとるか。
西村氏のようなJリーグの笛が横行したら、こうしたシミュレーションは逆にはびこっていく。世界は絶対に受け入れられないだろう。彼は逆の判断をしたわけだから、世界中のサッカーファンから叩かれて当然だ。


少なくとも、大分トリニータは清く、正しいサッカーを目指してほしい。
今回の事件でその想いをさらに強く持った。

日本はやはり特異な国であったということだ。

(サッカーで世界一になるということの意味は、キリスト教を凌駕するということでもある。そんなことはあり得るだろうか?
キリスト教の中での正義であり、日本の正義が理解され、尊重され、むしろ、その頂点に立つなんてことが実現するだろうか?

これは宗教戦争でもあるのだよ。日本人は誰も理解していないと思うけどね。

そこで女子は世界一になったのだよ。異教徒が頂点に立ったのだ。

男子はありうるだろうか・・・・・チャレンジする意義は大きいね。)
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by worsyu | 2014-06-13 14:27 | サッカー | Comments(0)

OITAをユーロに

知り合いの子供からということで修学旅行のお土産に「長崎」と刻印されたクッキーを貰った。
「長崎」という漢字にはインパクトがある。イメージが湧く。対して「大分」と刻印されてもあまりイメージが湧かない。
「別府」だとか、「国東」だとか、「日田」とか。「佐伯」「竹田」「杵築」「中津」「由布」「安心院」なんてのもいいね。何でもいい。大分以外なら何でもいい。
「大分」はありがたみが無い。漢字のインパクトが無い。OITAの方がいい。I 053.gifOITAの方がいい。
どうせなら大分よりも豊後の方がいい。しかし、それもちょっと考えものだ。BUNGOの方がヨーロッパの歴史家では認識されている。
しかし、2002年W杯以後は違う。OITAの名の方が通りが良い。

今から450年ほど前から約40年間ほど栄えた南蛮文化の影響は今なお大分に残っている。それは、物や目に見えるものではない。観光としてアピールできるものは少ない。しかし、精神文化、感覚として受け継がれている精神性の土壌というものがある。それは、何とも言い難い不思議な感覚だ。

何となく国を信用していないし、何となく先進性を受け入れようとするし、何となくヨーロッパの文化を尊重する気持ちがある。
何となく個人主義で、何となくアウトローで、何となく音楽やファッション、踊りが好き。祭りも好き。
(白蓮が別府に逃げてきた気持ちもわかるというものだ。)

県南は言わばスペイン。県北はドイツ。国東はルーマニア?それでは日田はスイス。竹田はオーストリア?別府はイタリア。それじゃあ、大分は?フランスあたりか?・・・・適当なこと言っていますが、フムフムと頷く人もいるのでは?

ここまで書いてきて、それでは、これからの大分はどうあるべきかが見えてきた。つまり、ヨーロッパ(ユーロ化)化なのだ。

というわけで、まずは、ヨーロッパの車を購入する計画を考えようと思う。もう、国産車なんて乗れないね。(乗ってるけど)

燃費がいいとかそういう問題じゃなくて、最近はダサく思えてきて、どうもだめなのだ。
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by worsyu | 2014-06-12 10:43 | 地域ネタ | Comments(0)

トリ4位。サッシー2位。

まずは岐阜戦。
後半からバテバテの岐阜。早く1点入れろ的展開に。レジェンドチームは夏場に弱い。磐田も同じ匂いがした。
風間が受けた時で決まったか。隙が出たね。決まるべきして決まった瞬間。本当はもっと決めるべきポイントはあったと思うが、岐阜も上手い。かわされた。
これで4位。とはいえ、上位3チームとは点差が開いている。でも、夏場にかけて躍進してけば、走り勝つ。みんなの力で。そうすれば、磐田越えができるかもしれない。
武田の落ちついたプレイには安心感がある。失点しても、仕方ないかなとも思えるくらいだ。


指原V2ならず。
やはり、残念ではある。単純に大島票が流れたか、と思う。まるで政治の世界のようだが。
もう、いいのではないか?という気もする。V2にならなかったことで、逆に権威がなくなったと言っていい。そこにこだわることに意味が薄くなったと言える。

指原は史上最強、前代未聞のアイドルだった。
しかし、もう、媚を売る必要はない。アイドルにこだわる必要も感じていないのではないか?
次のステージに上がってほしい。小説でもいいかもしれない。何かを作り出す仕事を見つけることだ。無理しなくて、遊びながら楽しくできることを見つけて。
これからはそれができる。
私は、指原のMC力にも期待している。
自分が面白いことをやっていかなければダメ。やらされている感が出てしまったら、指原も終わりだ。どこまでもわがままを通して、面白いことを追いかけてほしい。
実質は、AKB(HKT)引退(脱退)が本人のためには一番いいと思う。

昔の浮世絵で花魁が手紙を読んでいる絵があるのを見て、ヨーロッパ人は驚いたと言う。識字率が高すぎるというわけだ。

指原女史も早く、皇女になる覚悟を決めて欲しい。
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by worsyu | 2014-06-09 14:45 | 地域ネタ | Comments(0)