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子ザル命名騒動

高崎山の子ザルの命名で「シャーロット」が不敬にあたると憤慨している人がいる。程度の差こそあれ、英国の高貴な方たちに対して、サルという日本(および東アジア)では蔑む対象にされることもある動物を当てるということに違和感を持つ人も多いだろう。

まず、「シャーロット」といっても、これは英国王室独特の名前でも何でもない。次に、猿および霊長類を蔑視する人は限られる。不敬ということを振りかざしたい人たちがいるという現実を見る思いもある。

英国は紳士の国というのは表向き。しかし、日本は明治維新以降、英国王室及び英国とはかなり憧れをもって接してきた。18世紀、英国及びお英国王室は世界経済の中心であり、範であった。そして、日本は皇室がそうであったように、英国に認めてもらいたい一心で文明開化を進めていった。

外国人(特に白人)は、日本に来て驚くであろう。突然、自分が神様になったかのように厚遇されることに。この英国信仰というか、白人崇拝志向というのは、連続テレビ小説の「まっさん」の主演女優であるシャーロット・ケイト・フォックスに対する盛り上がり方にも見てとれる。

18世紀のヨーロッパでは、庶民はフォークとナイフで食事をしていたわけではない。素手で食べていたのだ。当然のことながら、日本では、どんなに貧しくとも、礼節を忘れず、衛生的な生活をし、箸を使って食事をしていた。
この日本の庶民の文化的高さに驚嘆した人は多い。古くはフランシスコ・ザビエルもその一人である。
しかるに、明治維新後、政府は西洋化の名のもとに、一級国に認めてもらいたいがために、西洋の猿まねをする。鹿鳴館である。
これはヨーロッパの文化人を大いに失望させた。(現在は東洋も西洋も無い。現代建築物やファッション等、あらゆる文化に混雑したものが作り上げられている。日本の猿まねから進化し、身となったのである。猿まねも無駄ではない。むしろ、日本文化はその柔軟性と感性そして神経質なまでの美への執着性にあるといっていいだろう)

このことはドナルド・キーン氏が指摘しているわけだが、韓国人や中国人だと全く扱いが違う。いわゆる人種差別が陰にかくれて無意識のうちに白昼堂々と闊歩しているのである。

古代ギリシャ人は、生まれた子供の出来具合で殺してしたという。この美的感覚至上主義に似たものが日本人にもある。倫理観よりも先に美という価値が優先されるのである。

福沢諭吉翁が唱えた「脱亜入欧」は、今、再び輝きだしている。これは、悪いことではない。むしろ、歓迎したい。しかし、日本の美的感覚を抑え込む権威主義は、やり過ぎると醜くなることも認識しておく必要がある。
日本の庶民の民度は高い。これこそが、日本を支えている。だから、マスコミや情報による洗脳には目を光らせる必要があるのだ。

結論としては、浅はかな大分市ということになる。当然、そうなることは予想できるはずなのに、当事者にはわからない。お役所仕事というか、無責任。市場調査、マーケット、風評の無視。ネットの怖さを知らない。

この話題性からどう動くかが注目される。日本のお役所(官僚)の理性が問われている。

しかしながら、どういう結論を出そうがそれで受け入れよう。まず、大分県民は昔から天皇の臣であり、また、西洋文化を尊ぶ民であり、アジアに対しても友好関係を保ち続けている民である。
誠意をもって対処すればいいのだ。それだけの話だ。
誤解しようとする輩こそがおかしいのであって、基本的に罪は無い。

英国王室にしても、そこまで権威づけられることに戸惑うだろう。却って迷惑。本来であればほほえましいエピソードになる話だったのに。
おかしな日本人。気持ちわる・・・・ということだろうか。
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by worsyu | 2015-05-08 10:03 | 時事ネタ | Comments(0)