「ほっ」と。キャンペーン

<   2015年 09月 ( 7 )   > この月の画像一覧

熊本戦と同じ

同じことを何回も繰り返すというのは学習能力が低いということか。

おそらく、岡山側は、きっちり守っていけば、失点しなければ、最後は大分が勝手に崩れると思っていた節がある。

大分は前半から飛ばし過ぎ。後半持つのか?
決められる場面は何度かあったけど、決定機は岡山の方があったような気がする。優勢ではあったが、技が決まらない状態。最後にうっちゃりで負けちゃったという形。

ここ2試合ほど、先制点から、最後は守りを固めて逃げ切るというパターンで連勝した。しかし、戦前、相手に守られた場合、カウンター狙いで守備を固められた場合はどう対処するのだろうと思っていた。
みんな、走っていたよ。戻るのは速かったし、プレスも果敢にやっていた。
最後の10分、最後の5分、集中力で勝った方が勝つ。そして、負けた。

シーズン前半よりは、かなり良くなってきている。しかし、最後に走り負けている。ペース配分がおかしい。勝負所がわかっていない。抜き所がわかっていない。
体力で負けている。
清水のように、練習過多で試合で失速するよりはましだが、今回のように過密日程の中で効果的に戦うには、それなりの工夫が必要だ。

監督の差が出たのかもしれない。
少なくとも、岡山の方は、戦術がはまり、予想どおりの展開から結果を導き出した。大分は弱くないことを認識している。でも勝つためには、守備を崩されてはならない。そのためのカバーリングをしっかりする。体力を温存するために無駄走りを無くす。飛ばしすぎない。
最後に仕留めるために穴のあるところを効果的に崩す。穴を責める。
そして勝った。

それだけ。簡単である。勝つとはそういうことだ。実力差が殆ど無いか、むしろ劣っている状況であっても、効果的な戦術を駆使すれば勝負に勝つことができる。

それを証明した岡山。
力はあっても、勝ち方がわかっていない(未熟な)大分。








[PR]
by worsyu | 2015-09-28 09:53 | サッカー | Comments(0)

ヨーロッパに吹いた日本賛美の風

日本が南アフリカに勝ちました。信じられないことが起きました。
ラグビーのワールドカップで日本が世界3位の南アフリカに勝ったのです。

私の戦前の予想は、多くのラグビー関係者と同様、負け試合。南アフリカに全力で当たるよりも、スコットランドに照準を合わせた方が確率が高いのではないか?という考えだった。というよりも、実力差からして、トライが取れるかどうか、取れても点差が30点以内で収まるかどうか、だった。

ところが、先制点は日本。しかも、トライも上げて接戦を展開。最終盤に掛けての試合のコントロールと戦術の選択で試合の勝ち負けが決まる展開に。

南アフリカは、ペナルテイキックを選択。消極策で、確実に3点を取って逃げ切りを図る。
一方、日本は、ペナルティキックの権利を得るも、同点に追いつくよりも、ロスタイム(-試合が止まったらそこで終わり)でのトライで逆転を狙う。

そこはペナルティだろう、と思った。円陣で話し合う選手に向かって私はそう思っていた。
リスクを背負って、ギャンブルか?しかし、ここは、チャレンジ。相手は一人少ない状況であれば、トライが取れるという計算があり、その決断に至ったのだろう。そして、ジャイアントキリングの醍醐味を我々は目にすることになる。

世界中というと語弊がある。主にラグビー人気があるヨーロッパ諸国及び英連邦であろう。
アイルランドのパブリックビューイング会場が興奮のるつぼと化し、日本以上の盛り上がりを見せる。
イギリス国内でも、これで日本のファンになるといった現象が出る。

不思議に思うかもしれないが、日本が支持される理由はいくつかある。

まず、ラグビーとはエスタブリッシュメントのスポーツであるということだ。あの荒々しいプレイが展開されているのに、紳士のスポーツというのは矛盾していると思われるだろうが、前回にもお話したように、上流階級のスポーツとして、国家を導く青年たちが好んでやっていたと言う歴史がある。

日本においても、皇族の名が付いたラグビー専用の競技場があるのは皆さんご存知の通り。

つまり、国家の威信を掛けて戦っているのである。それは重い。或る意味、戦争にも匹敵するくらいである。
だから、日露戦争で日本が大国ロシアに勝ったような興奮が今、ヨーロッパに起こっているのだ。

日本を応援するのは、南アフリカが人種隔離政策を長く取ってきた差別国家であることも多少あるのかもしれない。一段低く見ている感がある。オーストラリアは囚人の国であるし、ニュージーランドも同様である。そこにはエスタブリッシュメントとしての土壌形成はない。ただ、強いだけ。尊敬には値しない。
民族を越えて、宗教も越えて、勇者に対する尊敬は勝るというわけだ。欧米諸国は善悪を決めて応援するという習慣がある。

勝ち負けは重要である。しかし、いかに戦ったか、どういう戦い方をしたかで評価が違う。そこもラグビー特有の価値観である。その面でも日本は称賛に値する戦い方をしたのだ。

さて、日本の目標はベスト8に入ることだ。残念ながら2戦目のスコットランドには大敗した。これも戦術なのだろうか?という気すらする。(スコットランドに借りを作ったわけだ。このお返しは南アフリカに勝つことで返してもらうということだ。)
つまり、地の利を生かすということだ。もし、ここでスコットランドに勝ってしまうと、日本の人気は下がっただろう。強さを示すことはできても、愛されないだろう。もちろん、勝つことが一番だが、それに次ぐ重要なことは、日本の姿を示すことである。

本当に力が付けば、ブーイングされることになる。それを快感に感じるくらいに強くなれば、それほど嬉しいことはないのだが、さすがにそこまではいけない。イギリスのラグビーファンの中ではまだ好意的に見られている。脅威とは思われていない。もちろん、まさか優勝などできるなど思っていないし、ましてや、母国が敗れることなどもってのほかと思っている。
しかし、東洋の未開の国から文化国へと飛躍してきた日本が、西洋文化を取り入れ、頑張っている姿を見るのは微笑ましいといったところだろう。

敢えて、私は言いたい。確かにラグビーの文化は日本に根付いた。しかし、それは、日本の精神土壌に合っている部分があったからであって、全く違っていたらそこに根を張り、花を咲かせることは無かったであろう。
体力的に劣っていても、規律と努力と戦術を駆使して正確なプレイをすれば、世界に通じることを証明したのだ。

すべてのプレイに意図があれば、失敗しても次につながる。

トンガ、アメリカに勝つことで、必ず道は開ける。
ラグビーに奇跡は無い。それは、あらゆる条件を満たした場合に、相手に勝つことができるという意味である。








[PR]
by worsyu | 2015-09-25 11:35 | 時事ネタ | Comments(0)

パウリーニョ獲得!!!

パウリーニョ獲得!!!

動けるのか?33才。
後2キロ体重落とした方が良くネ。膝とか腰に負担掛るよ。
いきなり得点して、でも、負傷、戦線離脱なんて無しだよ。

ウィルを思い出すなあ・・・

あの「We will Rock you!!」結構好きなんだよね。盛り上がるよね。やらないかなあ・・・・
「俺たちはお前たちを驚かせてやる」ってやつね・・・


「大分は偉大なチーム。下に落ちるチームではない。自分の力だけじゃなく、みんなといっしょにこの苦境を打開して、来季につなげたい。」みたいなコメント欲しいなあ。

みんな、もっと自信を持って、闘おう。きっちり、自分の仕事をしていけば、必ず勝てるから。
ストライカー不在の戦いから、そのピースをはめて、やっと戦えるようになるだけだから。
バランスが悪かっただけ。
使えないFWを何人抱えても、結局、だめだったということ。
まあ。伊佐は先発で使わなくて済むわけだ。それだけでも大きい。
高松や後藤を使う場面も出てくるだろう。

これで上手く行くかどうか、わからない・・・・・が、選手たちも少しは楽になると思う。

頼っちゃだめ。頼り過ぎちゃだめ。

自分の仕事をしっかりとやろう。完璧にやろう。そうすれば、化学反応が起きるはず。


今日は雨が降っているが、走ろう!!できる範囲で。
[PR]
by worsyu | 2015-09-16 13:17 | サッカー | Comments(0)

とりあえず走ろう

選手に「走れ、走れ」というのなら、自分が走れよ。というわけで、今日からでも走ろうと思う。
自分たちができることなんてタカが知れている。
しかし、少しでも思いが届くのなら・・・・・
だから、走る。
皆も走れ。ちょっとでもいから走れ。
病気の人は加減して。
痛めている人も加減して。
走れ。
選手たちのきつい思いを感じろ。
いっしょに戦おう。
[PR]
by worsyu | 2015-09-15 18:36 | サッカー | Comments(0)

この期に及んで

どうしてこんなことになったのか?・・・・・
なぜ、俺たちがJ3に落ちなきゃならんのか?・・・・・

優勝するメンバーを揃えたと言った指揮官は去り、そのメンバーを選んだコーチが指揮官になった。

J2でプレイする資格が俺たちには無いのか・・・・・

なぜ、落ちるのか?それは落ちるだけの原因があるからだ。点が取れない。そして、守れない。攻守のバランスが悪い。
勝ち方を知らない。
自分たちの強い所と弱い所がわかっていないから、互角の力でも負ける。
精神的に弱い。余裕が無い。結局最後は精神力。残りたいと思う気持ちが強く無ければ残れない。

失点の場面。信じられない状況が映し出されている。オフサイドを貰いたいがために手を上げて見送っている。守備放棄。これじゃあ、無理だろ。勝つ気ないだろ。戦っていないだろ。
この状況でこういうプレイの選択しかできない時点でアウトだろ。
降格危機にあるチームが、というか、降格確定圏内にある最下位のチームがやるプレイではない。
逆に、「だから、その位置にいるんだ」と言われたら、「はい、その通りです」と答えるしかない。

ここから、這い上がっていく気があるんだったら、守備は最後の最後まで完璧に守る気概を持つ。98%大丈夫でもだめ。2%で決められる。ミスしたら誰がカバーするかを徹底せよ。
走り勝つサッカーをやらなければ勝てない。綺麗なサッカーなんて見たくない。上手いサッカーよりも魂のサッカーが見たい。この期に及んで綺麗なプレイに賛辞を送る余裕はない。

あきらめるのはまだ早い。私の周りでは「もうダメだろう」と言う人が増えてきている。しかし、まだやれることはあるだろう。やれることをやってからあきらめればいい。
自分たちの想いをぶつけて、それでもだめならしょうがない。後悔しないために。

少なくとも、私は、開幕戦後、いや、その前のキャンプ中から言ってきた。「なんかおかしい」って。改革が必要だと。応えてくれなくても応援している。気持ちの部分で終わっている選手が居ても、まだ、数人、闘っている選手が居る以上、応援したい。

こんなクラブ?こんなチーム?こんなサポ?冗談じゃない。
いっしょに戦ってきた。歴史を作った。そして、今も歴史を作っている。大分トリニータはすでに大分の一部なんだよ。

あきらめのはまだ早い。まだ早いよ。

非常事態宣言だ!!!
[PR]
by worsyu | 2015-09-14 16:33 | サッカー | Comments(0)

SEALDsに思う

SEALDsについて。
あのコールは面白い。4ビートか2ビート。そして3ビートを時々入れる。ヒップホップ系のリズムを利用するのは面白い。CD出したら結構売れるかも・・・・耳に付く・・・・ビートに乗っかる日本語が新鮮。これは世界に通用する。

自然発生的な未熟性が魅力なのかもしれない。しかし、既存のものに頼らないため、脆弱である。吹けば飛びそうな危うさがまた魅力なのだろう。とにかく敷居が低い。デモというものをしてみたい人にとっては、嬉しいアトラクションだ。楽しそうである。このムーブメントを戦略的にコントロールできたらすごいね。

若さゆえの甘えが許される。しかし、政治は現実だ。実際にこの国を動かしているのは官僚である。その官僚と国民の間にいるのが政治家なのだ。いらないと言えばいらない。だから、日本の政治は官僚にべったりだ。方向転換ができない。際まで行かないと自発的に変革はできない国なのである。
なぜか?総括できない国だからである。70年代の学生運動の時に吹き荒れた「総括」という言葉は、当時の日本の若者にとっては、死ぬことでしか解決できなかった。日本経済の実態はまだ貧しかったけど、経済成長の希望が見えていた。生活の向上が実感できていた時代だからである。

しかし、今は違う。生活はあの頃よりも豊かになった。しかし、将来の不安は増すばかり。希望はない。「総括」しようとしたら、国を壊すことに向かうだろう。
だから、坂本龍一氏が言うように「フランス革命にも似た」意識の高揚を見ると言うのもうなずける。
ただし、フランス革命を見ていくとわかるが、あのルイ16世は、本来、勉強家で進歩的であり、人民に対しても寛容であり、人気もあった。しかし、フランス経済が財政的に逼迫したことで、全ての不満が貴族階級に集中し、その象徴としてのルイ16世であり、マリー・アントワネットなのである。
そして、フランス革命が起きたきっかけは、「パンをよこせ」と若い主婦たちがヴェルサイユに押しかけたことに始まる。日本はまだそこまで行っていない。

「戦争法案反対」ということについて言えば、結局、自衛隊そのものが違憲なのであって、それを十分承知の上で、アメリカとの関係のバランスにおいて、行われているのが日本の政治なのである。これは事実です。まぎれもない事実です。

だから、本当にこの問題を解決するには、自民党の言うように憲法を変えて、アメリカが推し進める自由という名の覇権に組み込まれるか、それとも、敢えてそこからは一歩引いて、平和憲法遵守の立場から自主独立路線で行くかの選択しかないのだ。

そして、その産毛の生えた未熟なSEALDsに平和憲法遵守の立場から自主独立へという道筋が垣間見える。

本当にそんなことができるのか?という疑念と、本当にみんなが(日本人だけじゃなく、世界中の人々が)賛意を示すのならば、それができるかも、という可能性を見る思いもする。

自民党がどうのこうのというよりも、日本の官僚-若き官僚たちがこの運動をどう見ているのかの方が重要である。日本のエリートたちの選民意識はそれほど高いとは思えない。庶民の民度の高さに比べて、エリートたちのエリートとしての意識は低いと思う。だからおもねるのだ。
日本の若き官僚たちもこのSEALDsの動きについて、心を動かされている人が出ているだろう。
SEALDsが上手いのは、文系ではなく、理系でもなく、アート、デザイン、音楽の力で計算された感覚に訴える方法で支持を集めている点にある。これは、同調する。否定できない。
「なんかSEALDsいいよね」って感じが広がることで、彼らは支持はされないが、共感が生まれるだろう。

しかし、現実の政治に彼らの思いを実現させる段になると、分裂が始まるだろう。結果についての責任が生まれる。自己保身が始まると内部対立が起きる。政治とは結局権力闘争なのだ。
ロベス・ピエールやダントンのような政治家が出てくるかもしれない・・・・強い権力を用いないと変わらない。でも、それは民主主義ではなく独裁政治なのだ。

まあ、先のことよりも少し先のことを考えた方が面白いか・・・・・
フランス革命は、面白いよ。今度、わかりやすくまとめて紹介してみたいと思っている。
[PR]
by worsyu | 2015-09-11 11:51 | 時事ネタ | Comments(0)

「~けん」なんて使わない

私は先祖をず~っとたどって行っても両親とも大分の人間である。どこの地域かという話はとりあえず置いといて。
大分の人は、「~たい」「~ばい」「~か」という語尾は使いません。一般に言われる九州弁は、福岡、佐賀、長崎、熊本等の西九州の言葉をひっくるめて言う言葉です。
大友氏(鎌倉)の影響もあるのか、全県下、外輪式東京アクセントです。それに関西の味付けがなされています。方言そのものは、平安時代から続く言葉があります。

鹿児島は独特のアクセント、イントネーションがあり、聞き取れません。宮崎も鹿児島に近い所だと同様のイントネーションです。東北弁に近いものがあります。宮崎でも延岡あたりだと大分に近い気がします。

ところで、最近「~けん」というのが大分の代表的な方言かのような風評が起きています。県のPRポスターやCMで「~けん」が使われています。まるで大分県の代表的な方言のように言われますが、どうもピンときません。大体、私は生まれてこの方使ったことがありません。何だか福岡っぽくて嫌いです。本来は「~きぃ」か「~き」が正しいと思います。というか、この「~けん」を使う人は、福岡県によく行く人か、そこで育ったり影響を受けた人しか使わないと思う。それとも、間違った認識で外部から大分に来た人が良かれと思って使っているかでしょう。

大分県は熊本、宮崎、福岡、海。四方を海と山で囲まれていて、他の九州人との接触はほとんどありませんでした。独自の言葉を保持していたのです。大分市周辺の人たちは、関西との交易の中で影響を受けたかもしれませんが、内陸に行けばその影響はほとんどありません。
日田は天領で福岡(博多)との関係が強く、また、熊本周辺との付き合いもあったので、特殊です。

この「~けん」。果たして大分に根付くのでしょうか?関西から「~や」が根付いたように上手く根付くのでしょうか?(おそらく、新日鉄が出来たことで、北九州の人たちが入ってきたことで、影響を受け、大分市の一部に根付いたように思われます。)

観光協会が故意に広めようとしているのかもしれませんが、無理がある。というか、私は一生使うことはないでしょう。

生粋いの大分県人ですから。使うわけが無い。

福岡の属国でもないので、使う必要は無い。あんな、崩れたアクセントなんか使いたくもない。できれば北Qに大分の方言を根付かせたいくらいだ。
というか、北Q弁との違いは、この「~けん」を使うか否かの違いなのだが・・・・

どうか、大分県人の人は使わないでほしい。
[PR]
by worsyu | 2015-09-08 15:35 | 地域ネタ | Comments(0)