GKはエゴイストでいい

栃木戦について。
後半の映像を見た。
やる気無い。覇気が無い。疲れているのか?
単純なカウンターに何度もやられる。
栃木は何もしなくていい。裏に球を出せば、大分は追いつけないから。
これはサッカーじゃない。ただのダッシュの練習だ。

こういう試合を見せられたら、今やっているサッカーに対する疑問が湧いてくるだろう。たまたま、運が悪かったのだろうか?しかも、攻撃陣は何度も決定機を外す。どんどん前がかりになる。なぜ、はずすのか?
それは、栃木側は攻撃陣に人数をかけなくても点が取れるからだ。だから、きっちりとしたブロックを作って、スペースを詰めればいい。そこを攻撃されても崩されない。
高木を狙えばいい・・・

DFはラインを高く上げるのはいいが、背後のケアをしなくてはならない。それを補完するためには、前線、中盤からプレスをかけ続けてほしい。しかし、攻撃一辺倒になると、それがなくなる。畢竟、DFのみの力で跳ね返せ、となる。

私は、数年前からずっと言い続けていることがある。若くて優秀なCBの育成を早急にして欲しいということだ。

ラインを高く上げて、「来るなら来い。スピードなら絶対負けない。」というくらいのCBが必要だ。それが今のシステムに合ったCB像だろう。それができなければ、ラインを上げ過ぎることはリスクが大きすぎる。
もしくは、SBの一人をマンマークで付かせればいい。それだけで防げたはずだ。私ならそうする。

1列目と2列目が交互に前線で攻撃を入れ替えてやればいいこと。必要以上に最終ラインを上げる必要はない。どうしてもそれをやりたいのなら、裏を狙う相手FWにマンマークで一人付かせればいい。それだけで相手の攻撃を防げる。攻撃の枚数を1枚守備に回すことになるが、それで相手の攻撃がとりあえず手詰まる。相手もブロックを崩して点を取りに来る。逃げ切る時間になればそれもなくなるが・・・・そこからどうするかだ。何もせずに手をこまねいていたから、こういう結果になった。
本当に糞のような試合だ。
何度でも言う。高木と競争して勝てば点が入るんだから。狙わないはずがない。相手に弱点をさらけ出して、無防備で攻撃する。それじゃあ勝てないよ。得意の玉砕戦法だ。

負けてもいいから、点を取ろう。その1点すら上げられず、逆に3失点。これでは、戦略ミスと言われて仕方が無い。状況に応じた布陣が必要だし、そうした指示をベンチが出すのなら、ベンチの責任は大きい。できなければ、選手に任せた方がいい。

戦犯は・・・・
1)効果的な戦術を見いだせなかった田坂監督。
2)高木。気持ちで負けている。
3)安川がカバーできていない。

戦犯ではないがGKの武田について。あの状況で3失点は仕方がないかもしれない。しかし、もっと前向きな態度で臨んでもらいたい。

武田はあれだけのセンスや才能を持ちながら、伸びきれない意味が今回わかった気がする。
ひたむきに、がむしゃらに球を追って、飛び込んで欲しい。GKに格好よさは必要ない。

武田よ、ぶざまであろうと、情けない姿であろうと、守るということは、その任にあるというだけで、尊敬されるポジションなのだ。
夢に見るのは、いつも悪夢だろう。夢の中では、思うように身体が動かないだろう。
私も、GKの夢を見た時がある。悔しさで目が覚めた。こんな夢を何度も見なければならないなんて残酷である。
しかし、それも楽しんで、苦労を快楽に変える力を持てば、メンタルが強くなる。もっと強くなれる。ポジティブ思考、楽天主義でないとGKはやっていられない。

神と呼ばれるポジションはGKだけである。
大分の守護神は武田である。大分トリニータにとってGKは特別である。
もっと、声を出して欲しい。阪田や高木に気兼ねなんかしないで欲しい。自分の色をもっと出していい。ゴールマウスを守るということに関しては、もっとエゴイストでいい。
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# by worsyu | 2014-06-18 10:09 | サッカー | Comments(0)

化けの皮が剥がれた

W杯初戦。日本はコート・ジボワールに1-2で負けました。
戦犯は誰なんでしょう?
1)西村。ブラジルVSクロアチアを裁いたわけだが、あのPK判断を下したことで、日本のサッカーのレベルに疑問を持たれた。見えないプレッシャーになったのは間違いない。(少なくとも今回の大会で日本側にPKを与える審判は現れないだろう。つまり、どんな反則」をしてもPKを取られることはないということだ。)
2)雨。降雨の中での肉弾戦は、体力勝負となり、日本選手の体力は後半に入って極度に落ちた。
3)遠藤か香川。2点とも、日本の左サイド-長友が上がった後の穴を突かれ、高速クロスを上げられた。競り合いで負けることはわかっていたこと。クロスを上げさせないことで防ぐ、ラインを高くするという戦術で決めていたはず。
4)川島。1点目は仕方ないにしても、2点目は防いでほしい。衰えが見える。

対策としては、メンバーの入れ替えだろう。荒療治。ショック療法が必要。GKは西川でいいのではないか?初戦の結果が誤算であった以上、何かを変えなければならない。西川は、4年前も実力的には川島と同等かそれ以上であった。無いのは海外での経験だけ。
ボランチを青山・山口ペアで。両サイドを酒井ペアで。香川の代わりに清武。大迫の代わりに柿谷。
勢いを取り戻す。若手の起用で流れを変えさせる。
コロンビア戦は、ベストメンバー。1戦、2戦を見て選べばいい。おそらく、コロンビアは戦力を温存するだろうし。

私は、周りの人間に聞かれるたびに、「1次予選を突破できたら儲けもの」と言ってきた。それは、言わずもがなだろう。FIFAランキングで見たら、予選突破すら奇跡なのだから。
可能性としては、頭を使って、勇気を絞り出して、日本の何かが出てきたら、というものだけだから。
マスゴミ大本営発表には、本当にうんざりする。これだけ大衆を騙して宣伝していいのか?と思うよ。

我々がもっと大きな声を上げないと、サッカー文化そのものが形骸化してしまう。成長しない。

子供たちにも、もっと厳しく、批判的な目を肥えさせてやらないといけない。

いや、おそらく、日本中にはそういう子供はいっぱいいるはずだ。それを報道しないマスゴミに大衆がだまされているだけだろう。

化けの皮が剥がれた・・と言われても仕方がない過熱報道。所詮、祭りの認識か。負けて悔し涙を流す輩がいないことが救いではあるか・・・

(闘莉王の方が良かったのではないか?DF力が低すぎる。齋藤いらない。)
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# by worsyu | 2014-06-16 10:59 | サッカー | Comments(0)

西村氏の限界

いよいよW杯が始まった。オープニングマッチはブラジルVSクロアチアだ。
そして、審判団は日本人スタッフ。どういうジャッジをするのか、期待と不安で見た人も多かったと思う。

問題のイエロー及びPK判定のシーンだが、瞬時に判断したわけで、情状酌量の余地はあるとはいえ、あれは流していい場面だろう。
仮に手が肩に掛っていたとしても、倒れるまでのものではない。
倒れる技術が半端じゃない。問題は重心の移動だ。左足をあげて右足を前に滑らせている。つまり、空中に身を投げ出してその場で寝転んでいるだけだ。

しかしながら、これが誤審かというと、そうでもない。残念なジャッジだったと言うことなのだ。

日本人は信用できる。ワイロや買収には関係ないだろう。公平なジャッジをするはずだ。
確かに公平ではあったと思う。しかし、未熟だった、ということか。少なくとも、西村氏は、ブラジルとクロアチアのそれぞれの選手の試合での行動や癖を事前に勉強していたのだろうか?
日本のJリーグではよくある場面だが、世界のステージではこれは流すところだろう。
なぜか、なぜ、彼は笛を吹いたのか?

それは、性善説に立っているからだろう。
試合前にフェアプレイで行きましょうと私はお互いのキャプテンに警告した。

わざと倒れるはずがない。何らかの力が働いて倒れたのだ。それに相当する行為があったのか。あった。

しかし、実際は、ブラジル側もクロアチア側も顔では相手をリスペクトしているようで、それはポーズに過ぎない。騙す行為は当たり前。自分の身を守るためには、やれることは何でもする。
お国柄と言えばそれまでだが、貧富の差が激しく、宗教対立、民族主義による差別が横行し、殺人事件が日常茶飯事で起きる国である。生きるため、生き残るためにサッカーをやっている国だ。
そのあたり、日本人のサッカーに対する考え方とはまるで違う。

幸い、オープニングマッチということ。お祭り騒ぎの中での試合だったので、多少は許されるだろう。
しかしながら、西村氏のW杯はこれで終わったに等しい。もし、2回目があっても、その時はブラジルの観客からは失笑で迎えられるだろう。

前回大会、同氏はブラジル人選手に退場を命じた。これで、名を挙げたのに、今度は、逆に庇うかのごときひいきとも思われる判断を示した。
これで彼の名声は地に落ちた。
流して、起きろというジェスチャーをした方が、彼の名声はさらに上がったことだろう。残念である。
同時に日本人に対する評価も落ちたし、何よりも、日本サッカー協会の受けた評価は厳しいものになるだろう。

昔、西村氏は、大分で、浦和戦を裁いた。その時、あの、山田暢久のシミュレーションを見事に見破った。あの熱狂の中でとにかく西村氏は目立っていた。勇気なのか蛮勇なのか?わかっているのか、それとも、まるでわかっていないのか?自分自身を信じて突き進む。それは見事であった。

以前から私は何度も言っていると思うが、日本人の笛は厳しすぎる。蹴鞠をやっているわけではない。接触プレイの裁き方が厳しい。下手。

これは文化の問題。喧嘩が起きる。どちらかが悪く、どちらかが良い。いや、両方悪い。和をもって尊しと為す。納得できないよね。

結局、罪を償うべき人間であるか否かの判断になる。罪を犯せば罰を受ける。それでは、今回のクロアチアの選手はその罰を負うほど悪い罪を犯したのかということになるのだ。これが世界(キリスト教的)の一般的な考え方なのだ。
ブラジルも同じだ。クロアチアの選手に同情しているだろう。
「彼はそれほど悪いことをしていないよ。悪いのは無知な日本人だ。騙すほうが悪いんじゃない。だまされる方が悪いんだ。」

彼の眼もいつの間にか曇ってしまったのだろうか?というよりも、これが彼の限界であったということなのだろう。世界をもっと知るべきだった。彼はここまでだ。

まあ、もっとひどい審判が出てくれば、西村氏も救われるだろうか?・・・

日本のサッカー、フェアプレイをすることが大前提となるサッカーは素晴らしと思う。しかし、世界の大勢(キリスト教)はむしろその逆だろう。そうした中でいかにバランスをとるか。
西村氏のようなJリーグの笛が横行したら、こうしたシミュレーションは逆にはびこっていく。世界は絶対に受け入れられないだろう。彼は逆の判断をしたわけだから、世界中のサッカーファンから叩かれて当然だ。


少なくとも、大分トリニータは清く、正しいサッカーを目指してほしい。
今回の事件でその想いをさらに強く持った。

日本はやはり特異な国であったということだ。

(サッカーで世界一になるということの意味は、キリスト教を凌駕するということでもある。そんなことはあり得るだろうか?
キリスト教の中での正義であり、日本の正義が理解され、尊重され、むしろ、その頂点に立つなんてことが実現するだろうか?

これは宗教戦争でもあるのだよ。日本人は誰も理解していないと思うけどね。

そこで女子は世界一になったのだよ。異教徒が頂点に立ったのだ。

男子はありうるだろうか・・・・・チャレンジする意義は大きいね。)
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# by worsyu | 2014-06-13 14:27 | サッカー | Comments(0)

OITAをユーロに

知り合いの子供からということで修学旅行のお土産に「長崎」と刻印されたクッキーを貰った。
「長崎」という漢字にはインパクトがある。イメージが湧く。対して「大分」と刻印されてもあまりイメージが湧かない。
「別府」だとか、「国東」だとか、「日田」とか。「佐伯」「竹田」「杵築」「中津」「由布」「安心院」なんてのもいいね。何でもいい。大分以外なら何でもいい。
「大分」はありがたみが無い。漢字のインパクトが無い。OITAの方がいい。I emoticon-0152-heart.gifOITAの方がいい。
どうせなら大分よりも豊後の方がいい。しかし、それもちょっと考えものだ。BUNGOの方がヨーロッパの歴史家では認識されている。
しかし、2002年W杯以後は違う。OITAの名の方が通りが良い。

今から450年ほど前から約40年間ほど栄えた南蛮文化の影響は今なお大分に残っている。それは、物や目に見えるものではない。観光としてアピールできるものは少ない。しかし、精神文化、感覚として受け継がれている精神性の土壌というものがある。それは、何とも言い難い不思議な感覚だ。

何となく国を信用していないし、何となく先進性を受け入れようとするし、何となくヨーロッパの文化を尊重する気持ちがある。
何となく個人主義で、何となくアウトローで、何となく音楽やファッション、踊りが好き。祭りも好き。
(白蓮が別府に逃げてきた気持ちもわかるというものだ。)

県南は言わばスペイン。県北はドイツ。国東はルーマニア?それでは日田はスイス。竹田はオーストリア?別府はイタリア。それじゃあ、大分は?フランスあたりか?・・・・適当なこと言っていますが、フムフムと頷く人もいるのでは?

ここまで書いてきて、それでは、これからの大分はどうあるべきかが見えてきた。つまり、ヨーロッパ(ユーロ化)化なのだ。

というわけで、まずは、ヨーロッパの車を購入する計画を考えようと思う。もう、国産車なんて乗れないね。(乗ってるけど)

燃費がいいとかそういう問題じゃなくて、最近はダサく思えてきて、どうもだめなのだ。
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# by worsyu | 2014-06-12 10:43 | 地域ネタ | Comments(0)

トリ4位。サッシー2位。

まずは岐阜戦。
後半からバテバテの岐阜。早く1点入れろ的展開に。レジェンドチームは夏場に弱い。磐田も同じ匂いがした。
風間が受けた時で決まったか。隙が出たね。決まるべきして決まった瞬間。本当はもっと決めるべきポイントはあったと思うが、岐阜も上手い。かわされた。
これで4位。とはいえ、上位3チームとは点差が開いている。でも、夏場にかけて躍進してけば、走り勝つ。みんなの力で。そうすれば、磐田越えができるかもしれない。
武田の落ちついたプレイには安心感がある。失点しても、仕方ないかなとも思えるくらいだ。


指原V2ならず。
やはり、残念ではある。単純に大島票が流れたか、と思う。まるで政治の世界のようだが。
もう、いいのではないか?という気もする。V2にならなかったことで、逆に権威がなくなったと言っていい。そこにこだわることに意味が薄くなったと言える。

指原は史上最強、前代未聞のアイドルだった。
しかし、もう、媚を売る必要はない。アイドルにこだわる必要も感じていないのではないか?
次のステージに上がってほしい。小説でもいいかもしれない。何かを作り出す仕事を見つけることだ。無理しなくて、遊びながら楽しくできることを見つけて。
これからはそれができる。
私は、指原のMC力にも期待している。
自分が面白いことをやっていかなければダメ。やらされている感が出てしまったら、指原も終わりだ。どこまでもわがままを通して、面白いことを追いかけてほしい。
実質は、AKB(HKT)引退(脱退)が本人のためには一番いいと思う。

昔の浮世絵で花魁が手紙を読んでいる絵があるのを見て、ヨーロッパ人は驚いたと言う。識字率が高すぎるというわけだ。

指原女史も早く、皇女になる覚悟を決めて欲しい。
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# by worsyu | 2014-06-09 14:45 | 地域ネタ | Comments(0)

愛媛との友情

「坂の上の雲」がNHKで放送されて3年が経つ。2009年から2011年まで3年に掛けて放送された。
予算も大河ドラマよりも数倍掛けている。配役も豪華である。司馬遼太郎の原作である。生前は許可が降りなかった。いわくつきの小説である。
現在衛星放送で放映されている。改めて見て、やはり面白い。
とにかく、日露戦争である。日本の歴史上、大国ロシアにひと泡吹かせ、勝ったという事実は、とにかくすごい。
戦闘シーンも丁寧に作っているし、ナレーションは渡辺謙である。
大分県にゆかりのある廣瀬武夫も出てくる。

この廣瀬なのだが、このドラマでは、特に好意的な目で描かれている。このドラマを見ると、廣瀬人気が出てくるのもうなずける。廣瀬の再評価につながったようだ。
廣瀬役の藤本隆宏はその後も活躍しているし、相手役のアリアズナ役のマリーナ・アレクサンドロワも、ロシアを代表する若手女優として活躍している。

この2人を何と竹田市は招待して、これまでイベントを何度かやっている。これはすごいことだ。今だと実現しないだろう。あの時だからこそできた。まだ、人気に火がつく前だったからこそできたことだ。
竹田市長の慧眼と実行力には本当に驚くばかりだ。

一方の主要な主人公4人の生まれ故郷の愛媛県松山市はと言うと、それほど聞こえてこない。イベントか何かやったのだろうか?主演の本木雅弘、正岡子規役の香川照之、その妹役の菅野美穂、兄役の阿部寛等々の豪華すぎる役者をイベントに招くことなどできようもなく、まして、今更呼ぶことなど到底実現するはずもない。
愛媛県はもったいないことをしたものだ。というか、豪華過ぎたがゆえに手も足も出なかったのかもしれないが・・・

私は、劇中、廣瀬の死を悼む秋山真之(さねゆき)の姿に、ちょっと感動した。実際に彼らの間にどれだけの友情があったかはわからぬが、失った友を思う秋山の姿は美しかった。

愛媛と大分。海を挟んでお隣同士だ。交流はもっとあっていいと思う。
いろんな面で、友情があっていいと思う。九州の他の県よりもずっと親しく感じるのは私だけではないだろう。

私は、愛媛をリスペクトしたい。これは、愛媛FC、そして、サポーターに対してもリスペクトしたいということだ。

秋山と廣瀬の友情は時代を超えて私たちにも通じるものがある。
何となくわかる。

少なくとも、私は、愛媛を尊重するね。軽んじたりはしないよ。
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# by worsyu | 2014-06-03 18:20 | ひまネタ | Comments(1)

ネギトロ丼

某ファミレスにたまに行くことがある。
外食で迷った時に、やはり、あそこに行く。間違いはない。安心感がある。

そこで私が頼むのが、「ネギトロ丼」である。

これはイチオシなのだ。しかし、場所によって、旨い、まずいがある。
どこで差が出るか?それはご飯なのだ。

では、どこがおいしいかと言えば、それは秘密である。個人差があるし、「ネギトロ丼」が好きな人と嫌いな人もいるだろうし、ここのファミレスの調理法が嫌いな人もいるだろうし、もっと、おいしいところを知っている人もいるだろうし・・・

まあ、しかし、ファミレスで、この「ネギトロ丼」を食っている時は、「美味しい」と実感できる。

疲れた時に食べると、特に思う。
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# by worsyu | 2014-05-27 11:59 | ひまネタ | Comments(0)

さらなるレベルアップを望む

横浜FC戦。

ダイビングヘッドの風間、きれいなループを描いたクロスを上げた西、見事でした。きれいなゴールだった。
でも、ジョンハンはいただけない。俺が俺がオーラが出過ぎて空回り。2回の決定機をいずれも逃してしまった。信じられない。

本来なら3-0でもおかしくないゲーム。
武田のおかげで失点を免れたが、こんな楽勝の戦いできわどく1点差でしか勝てないとは・・・
勝つには勝ったが、物足りなさを感じた。
磐田戦で結構やれたことが自信になっている。それを確かなものにつなげるために、追加点で突き放すことができなければ、上位を脅かす位置までにはたどり着けない。

可能性は見えるのだが、いつ、その牙を見ることができるのか?研いでばかりで終わらないだろうな。来年になったら、又、ごっそりメンバーが変わり、初めっから作り直しとなれば、そして、その繰り返しだったら、と思うとぞっとする。

勝ち方を知らなければ、という意味は、試合をコントロールして、流れに乗って、無駄な力を使わず、ストロングポイントで優位に立ち、勝つことだ。

攻めになった時の中盤のタレントはかなり層が厚くなってきたので、見ていて楽しいサッカーができるようになってきた。松本怜、松本昌也、木村、伊藤、為田、風間・・・成長していくのがわかるので、これにFWがどう絡むか?そして、両サイド-岩武、西、ジョンハン、安川、そして、坂井も見てみたい。レンタルで新潟に行っている松原は戻ってくる場所があるのか?というくらい戦力が充実してくれば・・・
問題はFWとDFだろうが・・・・・

現体制で、ぜひともJ1に復帰してほしい。そのためにも、2点目、3点目が取れるようになって欲しい。
今はまだ、不気味なチーム止まりだ。滑り込み3位えはなく、堂々と3位かもしくは、2位を勝ちとる気概で戦ってほしい。

あっつ、それから、無駄なイエローはやめよう。つまらん。意図的な汚いイエローはもうたくさんだ。鹿島のサッカーを見ていても、相変わらず汚い。それが文化だと言わんばかりに堂々とやっている。鹿島では汚いプレイは市民権を得ているようだ。

日本のサッカーは違う。大分のサッカーは違うということを実践してほしい。

審判に対してはリスペクトすること。判定に必要以上にクレームをつけることはやめてほしい。それは監督もそうだ。

がまんしよう。そこから何かが変わってくるよ。
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# by worsyu | 2014-05-19 10:56 | サッカー | Comments(0)

シャムスカに逢いたい

磐田戦について。

岩武のミスは痛かった。珍しく空振り。あそこは、球もそうだが、相手を見なければ。飛んだら、絶対に当てなければいけない場面。これまで何度も堅実なプレイを見せてきたのに残念だった。若さは理由にならない。2度としないようにしてほしい。

阪田の棒立ちもどうかと思う。壁に徹しているから、相手は狙いやすい。壁にすらなっていないが。後ろにパスされるという考えがないから動かないのだ。待っていたらやられる。J2レベルなら通じても、それ以上の相手ならやられる。J1で何も学んでいないのか?というか、頭使っていない。周りが見えていない。
山田がキープした途端にファーサイドに走りこんだ前田の判断は素晴らしい。これに合わせて山崎はシュートパスを出しただけなのだ。

これは、前田がゴール前で動けば何かが起きるという確率論ができているということだ。つまり、形にこだわれば、その形ができるまで延々と繰り返す。しかし、ゴールゲッターが決める確率でボールを供給すれば、いつかはゴールが生まれる。形ではないのだ。
前田をフリーにさせた時点で、決まりだったか。

トリニータの守備は緩い。危なっかしい。特にゴール前、人に付くということをしない。だから、スペースが生まれる。それでも、首の皮一枚で凌げる自信があるのだろうか?それとも、得点する力を過信しているのだろうか?私にはわからない。

GKの武田だが、無難な働きをしている。しかし、物足りない。何だろう。動きが優雅で無理が無い。落ち着いている。
フットサルの決勝を見たからか、日本代表の関口の活躍と比べてしまう。彼はとにかく、ファインプレイをするたびに「メンタル」左胸を右こぶしで強くたたいてアピールする。みんな奮い立つ。見ているこちらも勇気づけられた。(バサジィ来ないかなあ~)
GKはメンタルなんだよ!プレイスタイルは違うかもしれないが、武田ももっと周りのみんなを鼓舞するくらいやってほしい。

後半になって、確かにトリニータの動きが良くなった。というか、磐田が落ちた。歳のせい?ベテランが多いから、計算して試合の流れを読もうとしてしていたのかもしれない。凌げばチャンスは来る、と。
しかし、大分の動きの方がまさったし、執念がまさったと言える。安川は謙遜していたが、あれは見事だ。確かに、前田は全く棒立ちだった。腕を広げてチャージするわけでもなく、前はガラ空きだった。磐田でもミスをするのだ。

試合の方は、このまま、両者譲らす引き分けに終わった。後藤のパンチ気味のシュートは見事だったが、末吉のミドルと同じく、たまたまだろう。コントロールできるようになれば得点につながるかもしれない。
磐田がイエロー2枚である。したがって判定では勝ちだ。評価していい。シュート数、支配率、決定機等、大分の勝ちに等しい内容だ。しかし、結果は引き分け。
悲観せず、清く正しいサッカーをしている大分トリニータを応戦したい。

今回、試合の2日前に静岡入りしたそうである。この試合の意味がよくわかっている。監督の評価が少し上がった。

後半戦のような戦いができれば、と言うが、これほど気持ちが入ることがあるのだろうか?大分の後半の動きや球に対する執着心、そして、グラウンド全体を走る動きがシーズンを通してできるとはとても思えない。
手を抜くことを覚えなければいけない。確率として、その方が高いからだ。10ある力を90分間、まんべんなく使うことなんかできない。どこかで手を抜かなければ、途中で息切れしてしまうし、ここぞという時に力を出せない。
今回、前半の失点は痛かったが、そこを防いでも、先取点を取っても、後半、追いつかれたかもしれない。しかし、そこで先手を取って、カウンター狙いで守備重視で試合を進めていけば勝てただろう。その術を知らない。

シャムスカ越えは、今の大分にとっては、1勝以上の価値がある。極端なことを言えば、今シーズンの勢いを決める戦いになるし、シャムスカ待望論を封印することもできる。

大分にとって、シャムスカという名前は、老若男女全ての人々に知られ、愛され、尊敬されている存在である。鹿島にとってのジーコ、名古屋にとってのストイコビッチに似たものがある。ある意味それ以上の存在でもある。
サッカー記者が思っている程度の想いではないのだよ。それはシャムスカにおいても同じ想いであることがわかって感動した。

今度、大分で磐田戦がある時は、万難を排し、シャムスカに会いに行きたいね。そして、お互いに感謝の気持ちを交換したい。そして、その時は、清く、正しいだけのサッカーではなく、強くなった大分トリニータを見せてほしい。勝ってシャムスカ越えを達成してほしい。

大分は前半戦は5位~8位でいい。後半戦で3位~5位を狙えるチームになってほしい。それができると信じたい。可能性は秘めている。
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# by worsyu | 2014-05-14 11:59 | サッカー | Comments(0)

落語協会次期会長

落語協会の次期会長に柳亭市馬がほぼ決定?なるかも?という噂が耳に入ってきた。
(これは噂であるから本当になるかどうかはわからない・・・)

柳亭市馬とは、大分県豊後大野市緒方町出身の落語家で、現在は会長の柳家小三治の補佐的な役を引き受けていた副会長でもあった。最近の小三治は持病のリウマチが悪化し、病気がちで、高座に上がるのも一苦労といった具合だったが・・・

市馬が、もし、落語協会の会長に決まると、もちろん、これは、九州初の快挙である。

大分県は私が何度も言うように、外輪式東京アクセントという特色ある地域である。他の九州各県が崩壊型のアクセントで、聞き取りにくい話し言葉からすると、非常に聴きやすい。しかも、小藩分立であったためか、上下の差を示す敬語形式の言葉はあまりなく、平等意識が強い。だから、他県の人が聞いたら、ずいぶん乱暴な言葉に聞こえるらしい。
博多弁と比べればわかる。博多弁は商人言葉である。回りくどく、ばかていねいで、細かく区切って、相手に本意を伝えず、ごまかす言葉である。だから、筑豊や久留米の人間からすると、女々しい言葉に聞こえるらしい。熊本弁などは、我々大分県人からすると、乱暴な男勝りな言葉に聞こえる。対等な間柄ではストレートすぎるくらいズカズカと土足で入ってくる印象もある。どこか、韓国に似た風情がある。たくましさを感じる。といった具合だ。

とにかく、大分県から、江戸の下町文化である落語の頂点に立つ人が出たことは、本当に快挙であり、彼の努力と才能に感嘆するしかない。

奥豊後から東京へという図式は今までも何人かいたが、文化面で頂点に立つということは、彫塑家の朝倉文夫以来ではあるまいか?(大分県という形では指原女史に続いてということか・・・文化人では、高山氏以来か・・・)

彼の落語については、前に紹介したが、品がある。
これは、多くの落語家にはなかなか真似のできないことである。下町口調というと、べらんめえ、すっとこどっこい、と、乱暴な威勢の良い様が思い浮かぶ。しかし、その裏に、彼らに対する愛情や深い理解がないと、味が出てこない。ただ、真似をしているだけになってしまう。
市馬ももちろん初めは真似から入ったのだろうが、勉強をし、理解し、愛し、育み、熟成させ、芸に昇華させている。

江戸落語は、もはや、東京だけのものではなく、日本を代表する文化となったということをここに私は宣言したい。
そして、その担い手にもっともふさわしい噺家は柳亭市馬であるということもここに記して置きたい。
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# by worsyu | 2014-04-28 14:46 | 芸能ネタ | Comments(0)

強いボランチが欲しい

湘南戦は残念な結果となった。
今の大分のサッカーは、パスでつなぎまくって、シュートまでの形を作るところで終わりである。点が入ったらラッキーってやつだ。つまり、点取り屋がいない。
相手は、プレスを早く、強くやればいい。それでパスミスが起きる。そこを狙うだけ。
つまり、自滅するのを待てば勝てる。
昔の、堅守速攻などとはほど遠い。

これで、監督が更迭されないのが大分の現状であろう。つまり、勝利よりも優先されるものがあるから続いているだけだ。
若手育成と言えば聞こえはいいが、結局は、2軍のかき集めである。J1が見えているチームと見えていないチームの差が出たと言われても仕方がない。

このチームが活性化するための近道は、得点感覚のあるFWだろう。点を取る才能というのがあって、それは、上手いとか、強いとか、それだけではない。人に負けないポイントがいくつかあって、それを上手く組み合わせて点に結びつけるテクニックと言った方がいいか。それと嗅覚をもっているかどうかも重要だ。
しかし、それが望めないのだから、育てるしかない。つまり、1-0で勝ってきたというのは、それなりの理由があるのだ。

守備陣が崩壊の危機にあるのか?そちらの方が心配である。高木、阪田は、安定しているが、彼らに頼り過ぎだ。システムでもっと安定した守備ができないのか?なぜ、相手をフリーにさせるのかがわからない。1対1で負けなければ、それで十分なのだ。不必要なスペースを与えるのは、守備で2対1を作ろうとして自ら崩しているからだ。

誰か、守備を教えてやれる人間はいないのか?もっと、守備の練習をやってほしい。

パスのスピードが速くなれば化学変化が起きて、すごいサッカーができるかもしれない。

パスとは、自分の保持から一旦フリーな状態になり、味方に渡す。その間が危険なのだ。それでも、確率として、70%~90%大丈夫ならパスの選択をするのは正解だろう。しかし、60%以下の確率でパスをするのは、相手に奪われるリスクを負うことになる。
苦し紛れにパスをして相手に奪われる。それならば、体を張って保持して時間を稼いだ方がいい。そこで奪われても、カバーリングができていたら守備への切り替えはスムーズである。組織で戦うということはそういうことなのだ。
安易にパスをしていたら、本当の意味で支配していることにはならない。廻されているだけだ。

急場の一策は、ボランチがもっと守備に貢献することだろう。反則を少なくすることも大切なことだ。今の6対4で攻撃に傾いている形ではなく、逆に守備的に考えを変えれば、守備は安定する。CBの負担を少なくするためにも、両ボランチの役割は重要である。

サッカーはルールの厳しい格闘技である。基本は身体をぶつけ合うことだ。基本に帰ってボールの保持と守備の重要性を再認識してほしい。
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# by worsyu | 2014-04-23 10:56 | サッカー | Comments(0)

遷都 大分へ どう?

日本も事ここに到って、起死回生の一手が必要になってきた。
多くの方はご存じないか、知ろうとしないかだろうが、日本政府の財政状況は破綻寸前である。
日本経済が崩壊する前の乱痴気騒ぎで浮かれていられるのも後、何年だろうか?10年持つだろうか・・・
その時の為に、私は、今のうちに提言しておきたい。
遷都だ。
大分に遷都すればいい。

まあ、東京や大阪以外ならどこでもいいんだが、穢れていない地という意味で大分は良い地であると思うよ。
最初に言っておくが、これは私の妄想ではあるが、理にかなっている論であることを認識して欲しい。
主たる目的は、巨大化して機能不全に陥っている中央官公庁の一掃と縮小、そして機能改善にある。日本が破産すれば一番に要らなくなるのは、役人どもである。一度、解雇して、規模を大幅に縮小して再雇用する必要があるからだ。そのためには新しい地が必要なのだ。これまでも、日本の大変革の時は遷都をすることで、官僚機能の回復と経済の再生を図ってきた。そして、とうとう、その時が来たのだ。東京は江戸から平成までの400年余り、世界一の都市として発展してきた。しかし、事ここに到って、その幕を下す時が来たのだ。
東京は遷都以後も日本最大の都市として存続していく。しかし、政治機能は移すということで、日本の舵取りの使命は持たないことになる。日本再生のためには、どうしても必要なことなのだ。

まず、場所であるが、これは、宇佐平野でいいだろう。ここに、半径1kmの巨大な球状の施設(コア)を作る。ここに全ての政治機能を集める。地上に出ているのは、全体の3分の1程度、地下部分にその3分の2が埋もれている。周りを液状のもので覆い、浮かせることで耐震性を持たせ、ここを新霞ヶ関エリアとする。
国会議事堂はどうするか、最高裁判所はどうするか、天皇はどうするのか、という問題は、後回しでいいだろう。

障害となる問題は一つずつ消していけばよい。
大分は何よりも、関西、関東、九州、四国を束ねる位置にあり、言語的にも東京に近いアクセントでもある。今までの無駄を一気に解消させるには行政改革しかない。その一番の特効薬が遷都なのだ、ということを言いたい。
国民の税金を集め、配分する。その権力を一手に受けて肥大化し、後戻りできなくなった。官民の癒着も激しく、公正なビジネスを阻害し、既得権に群がる者を排除できなくなってしまった。

大分に移れば、半分は東京に居続けるだろう。コアを設けることで、肥大化を防ぐことが出来る。これはその象徴なのだ。

 

 

 

 

 


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# by worsyu | 2014-04-03 12:48 | ひまネタ | Comments(0)

吉木りさの巧みさ

ちょっと気になる吉木りさ。
グラビアだけど、結構司会やレポートもそつなくこなす。
昨日、BSで足立区沿線の旅レポートをやっていた。小菅を散策。駄菓子屋を訪ねる。子どもとの会話も上手い。店は年中無休でやっているそうで、90歳のおばあさんと会話。上手いこと引き出す。聞き上手。おばあさんは東北から親戚の紹介で嫁いできたという。体は丈夫な方で、マラソン選手でもあったという。そんな話まで引き出せる吉木りさ。
西新井に移って、そこで或る男兄弟と待ち合わせ。自宅で三味線を披露。国内はもとより、世界中を演奏で飛び回っていると言う。
吉木が「実は私も民謡は小4から習っていて・・・」
「じゃあ、いっしょにやりましょうか」
「秋田大黒舞で」
そして、三味線の音色に乗っていく吉木の声に驚かされた。こりゃ本物だ。民謡の声が出てきてびっくり。しかも、なかなかのもの。三味線を弾いていた兄弟も終わった途端、感嘆の声が上がった。
この娘の評価が倍以上に上がった。
会話の中に知性も感じる。鼻に付かない。男目線で申し訳ないが、非常に男を喜ばせてくれる。

引き合いに出して申し訳ないが、指原には、これがない。一芸がない。あるのはただの勢い。今の地位を維持しようとすると、消耗するばかりで、結局はゴミのように捨てられ、過去の人になるだろう。
指原よ勉強しろ、と何度も言っている。来年、卒業でもいいのではないか?役者の道へ進むにしても、もっと人間の幅を持たないと。

吉木の巧みさはそこにある。芸能界で生き残るべきものをいくつも持っている。素を出さないことでタレント性を維持できるというのがある。男は虚実の際の部分を求め、好むというのがあるので、それを知っている吉木はすごいと思う。

 

 


 


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# by worsyu | 2014-03-28 10:17 | 芸能ネタ | Comments(0)

強さと弱さ

カマタマーレ讃岐戦。
北Q戦に続いてまったりした動きである。パスが遅い。短い。細かい。狭い。それでもミスをする。まあ、仕方ない面もある。慎重になるが故なのだろうか。
このテンポじゃだめだね。今のパス速度が2倍になったら、このチームすごいぞ。
PKの1点だけだったが、強さが見えた。でも同時にこれじゃあ、まだまだだという感慨もある。
試合開始から30分間、どっちもどっち。しかし、そこから次第に讃岐の動きが落ちていく。魂が抜けたみたいに閉じこもり始めた。
当たりが強いし、ラフプレイも多い。これがJ2。醜いものだ。しかし、これに応じてはいけない。我慢しなければ。
不必要なファウルは、その場しのぎで、結局は自らの首を絞めることとなる。
讃岐のDFのラフプレイは、結局、PKという形に終結した。これは他人事ではない。大分もこの道を歩んではいけないのだ。
田中輝希のイエローは、やはりやりすぎだ。必要ない。自分をコントロールできていない。
チェの動きは躍動的で、攻撃面も守備面でもいい働きをした。しかし、あの刺青は何だ。何を考えているのだ。テープを巻いて隠せ。勘違いをしては困る。君のプレイには熱い魂を感じるが、それをコントロールできなければ、試合に出る資格はない。
阪田と高木のDFはJ2では信頼できるレベルだ。J2では、ある程度予想した通りに動く。しかし、もし、不確定な動きをされたり、イレギュラーがきた時、対処できるだろうか・・・
危険なプレイで一か八かで身体で飛び込んでくる輩は別にして、わずかな確率を求めた攻撃で破られそうになった時のリスクをどう軽減化するのか。カバーの決め事を整え、キーパーの負担を少なくする必要がある。
GKの武田は思っていた以上に安定している。技術も高い。久しぶりの逸材である。J1へ昇格するためには、GK武田の活躍は絶対に不可欠だ。彼の成長を願って止まない。そして、失点よりも怪我の方が心配である。
チームは、まだまだ連携が取れていない。細かいミスが続く。しかし、そんな中でも、可能性を感じる。熟成すればもっと良くなる。焦らず、パスの精度とスピードを上げていけば、自然と点は取れるようになるだろう。
無理なプレイをする必要は無い。反則覚悟でプレイする必要は無い。もっと志を高く持って欲しい。勝利や勝ち点はもちろん欲しい。しかし、それは手段であって目的ではない。いっしょにサッカーを楽しみ、作り上げたい。心をいっしょに戦いたい。
清く正しく美しいサッカーは見ていて楽しいし、応援したくなる。たとえ、1-0であろうと、0-0であろうと、たまに負けても、全体のサッカーを見れば、彼らが目指すものをいっしょに追求したくなる。

京都、湘南、磐田。これらのチームとどう戦うかだ。そこで真価が問われる。それまでにチームの熟成を進めていかなければならない。チームも選手個人も、そして、われわれサポも成長しながら、サッカーと向き合いたい。



 


 


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# by worsyu | 2014-03-17 20:06 | サッカー | Comments(0)

正しいサッカーをやろう

私は、去年から、トリニータの方向性は、「清く、正しく、美しく」だと言った。これは願望である。しかし、そうなって欲しい。
協会が指針を出す前から、私は、大分トリニータの方向性は日本サッカー協会の希望と合致するはずだと言明した。
それは、吉武氏のサッカーに対する考えの延長戦上に大分トリニータのチーム、クラブ、サポーターが乗っていけば、必ず、全てが上手くいくはず、ということを意味している。
子どもの頃からサッカーを通じて人間形成をしてきた人間が、プロになった途端、勝負のためには嘘を平気でついたり、騙すプレイばかりをしたり、危険なプレイで相手を傷つける行為をしたりして、勝負第一主義に徹してしまう。それは、本来のサッカーのあるべき姿ではない。(熊本VS松本の試合を見たが、今の熊本は、勝負にこだわりすぎて、間違った方向に向かっている気がした。ある意味、昔の大分を見ている気分もした。もう、こういうサッカーは見たくない。)

清武が対ブレーメン戦で見せたフェアプレイに対して、ブンデスリーグは、公式youtubeチャンネルで賞賛している。
スポーツマンの鏡であると。

過去において、大分トリニータはナビスコ杯を制覇し、J1で堅守速攻というスタイルを確立した。しかし、それを支えていたのは、決して「清く、正しく、美しい」サッカーではなかった。そこから抜け出さないといけない。一旦、それを忘れる必要がある。
これをやるには、勇気がいる。反則を犯さない勇気。判定に抗議しない勇気。さらに、自分たちに不利になろうとも、スポーツマンとしての誇りを堅持し、自ら非を認める勇気。すなわち、紳士たらねばならない。
平たく言えば、マスコミが作り出したサッカーに対する軽いイメージを払拭するために、努力しなければならない。「やべっち」に背を向ける覚悟が必要だ。

浦和サポが差別的なダンマクを出したようだ。これまで、私は何度も指摘してきた。彼らの精神的な表現方法のその根幹には、明らかに、差別主義がある。それは、設立当初のコアサポから始まっている。反モラルであることが粋で、格好良いという、ファッショのごとき体裁を纏うことを是としているのだ。それが、サポーターに熱を与えることとなり、又、マスゴミを使って騒動を煽る。これは、戦略であって、叩かれることが人気に繋がることと信じている。残念ながら、結果としてJリーグでは一番の人気を得ている。それは、それだけの民度なのかも知れないが、長い目で見た時、その方向性が間違っていることは必ず実証されることになるだろう。そうでなければ日本サッカー(Jリーグ)に未来は無いだろう。

私は、過去において、浦和レッズはJリーグにふさわしくないから、退会させるべきだと主張した。その考えは今でも同じだ。
選手たちは、それを是としているのであり、クラブも是としている。当然、下部組織の子どもたちも是としているだろう。そして多くのレッズサポも是としているのであるから、彼らの生命線でもある差別主義をなくすことは不可能なのだ。

 

世界広しとはいえ、差別主義を是とし、擁護するクラブなど浦和くらいだろう。



 


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# by worsyu | 2014-03-11 11:50 | サッカー | Comments(0)

国東の珍(ちん)百景

イギリス人はどうやら権威を持つと像を作りたくなるみたいだ。
ロンドンにあるマダム・タッソーの蝋人形館が有名なところだ。

功利主義で有名なベンサムは、死後、自分の体を防腐処理して展示して欲しいと言ったそうだ。実際に、ロンドン大学に今も展示されているそうで、イギリス人の自己顕示欲は並大抵なものではないらしい。
しかし、学生たちが、その頭部をいたずらでぐちゃぐちゃにしてしまったため、現在は、蝋で作られた頭部が乗っかっているらしいが。
なかなか、ロンドンの学生もやることがエグイ。

ブラックなユーモア大歓迎のお国柄なのである。


それにしても、六郷満山会が「多くの人に見せたいなら別の場所。多くの人が見られる場所が良いのでは?」とコメントしているのには笑ってしまった。
これは、彼らなりのブラックジョークなのかもしれない。
なかなかやるではないか・・・・


まあ、久しぶりに笑える出来事ではある。これから、あの裸体を仰ぎ見て、両手でも合わせて拝むのかい?そりゃあない。
はやいところ下半身を布で被せて隠してやって欲しいものだ。ただし、それでは誰も芸術作品だとは思わないだろうが。

日本珍(ちん)百景に登録確定だね。ただし、テレビでは紹介できないかも・・・・あっボカシを入れたら大丈夫だ!!


設置写真だけで十分だ。わざわざ見に行くほど私の品性は下劣ではない。
像が撤去されるまで国東には近寄らないつもりだ。







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# by worsyu | 2014-02-25 18:01 | 地域ネタ | Comments(0)

ARTの暴力

アート、特に現代アートとは何かという根源的な問題を我々に突きつけられた思いがする、今回の事件。
作家本人の裸体をそのまま型取り、鉄を流し込んでできたものなどが本当に芸術と呼べるものなのか?

かつて、アートと我々が呼んでいるものは、常に、時代に先駆けていたし、大衆を向いた自由や思いを志向していたように思う。そこには、確かに「美」というものが存在した。

典型的な例が、マネの「オランピア」だろう。当時のフランスの宮廷画壇との対決を明確に示した作品であり、印象派の産声が上がった代表作品である。
そこに描かれている女性は、娼婦である。当時のモラルを破壊するセンセーショナルな作品であっただろう。黒人の下女と黒猫が傍らに描かれている。現在、オルセー美術館で展示されている。
ここには、日本の浮世絵の影響と同時に、江戸時代の日本の大衆文化やその欲望と発露と作品の関係性などが見て取れる。一般庶民の女性の裸体を描くことはタブーではなくなったのだ。一方、日本においては、戯画としての自由はあったが、そこに到達するには、まだ時間が掛かった。

しかし、現代アートと呼ばれるものは、タブーを壊すことのみが目的化されていて、美の追求を停止か、無視しているように思える。ほとんど意図的に醜いもの、無価値なものを提示して、これが芸術の最先端だと言わんばかりである。

これらの運動は、大衆には擦り寄らない。上から見下ろすように、暴力的(神の啓示がごとく無神経)に我々のモラルを壊してしまう。

かつて、マスコミが権力を持ち、社会のモラルを壊していったように、今やネットが制限の無いモラル破壊を実践している。それを上手く操作できる者が権力を得る社会となったのだ。


アートは、庶民の美的感覚を無視する。景観を壊し、伝統的な慣習や民俗的な行いを壊す。それこそが目的と化しているのが現状だ。
パフォーマンスとしてのアートは、そうした問題提起をすることで社会に波紋を作り、社会を見直すきっかけとなることがある。
ただし、それはパフォーマンスとしてであり、作品としての価値は無いに等しい。


もし、国東の千燈地区にその銅像が建ったとしたら、その地域は、モラルハザードを許した地域として、一般の外部の人間は近寄らなくなるだろう。少なくともロングトレイルのコースとしては最悪の状況となるだろう。悪趣味の方は別にして。
それは、大衆の美的価値が権威の美的価値に負けた象徴として、「国東の恥辱」の文化財として鎮座することになるだろう。


アントニー・ゴームリー氏の裸体を見て何を感じよというのだろうか?
ダビデ像のごとく崇められたいのだろうか?
そこにはイギリスのユーモアしか見出せない。
つまり、文化的に未熟な人々-異教徒たちがイギリス人(ヨーロッパ)に憧れている様を、そして、権威にひれ伏した姿を表現したかったのだろう。
ネットではそう取られるだろう。

私は断固設置反対である。

 

 


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# by worsyu | 2014-02-19 11:24 | 地域ネタ | Comments(0)

国東峯道に巨大人物像永久設置だあぁっ?!

去年の晩秋の頃。国東の文殊仙寺を訪れた。車で山を分け入り、着いたのは夕方の5時前。日暮れ前で夕闇が迫る頃合。人も少なかったが、丁度、護摩祈祷をやっていた。たまたま間に合って、まあ、ありがたいことだった。こういう真面目な寺を見ると、ありがたいと思うものだ。しかし、それだからといって、過度な信心や宗教的な思い入れは何も無いわけなのだが。

境内を廻りながら、鐘楼の先の宝筺印塔から、遠く、四国を眺めることができる。絶景である。

さて、最近、「国東アートプロジェクト」なるものが近々開かれるという噂を聞いていた。正直言って近代アートなるものにどこまで価値を見出すかどうかは、私自身、疑問符が付く。ポップカルチャーの方がまだ理解できる。美的な感覚で判断できるからだ。しかし、アートとなると哲学的な嗜好性が入り込むのだ。ほとんど思考の迷路の中でもがいている様はとても美的とは形容できない。醜ささえ感じることもある。

そこで修験者たちからクレームが起きたらしい。
どうやら千燈エリアにイギリス人彫刻家アントニー・ゴームリー氏の人体像作品を永久設置するという計画が突如浮上したのだ。

冗談じゃない。これは暴挙だろう。アートという名を借りた文化の破壊だね。


文殊仙寺の説明板にも書かれていたが、千燈寺は、大友宗麟によって焼き払われているのだ。400年以上前の話だが。(その時思ったのは、大分市の人たちは宗麟を讃えることばかりやっているが、宗教弾圧をしたことを忘れてはいけないということだ。そして、この国東の地はそういう意味では欧州文化の暴力を過去において受けた地であるということなのだ。)その後、明治維新の時にも、廃仏毀釈で多くの寺院の仏像、石像が壊されている。多くの苦難を経て、1300年余りの歴史をこの国東の地で育み守ってきた。それは、人々の思いであり、もはや、地や肉と化していると言っていいだろう。習慣として生活の一部となっているものだ。

そこに、作家自身をかたどった像を永久設置するなど、とても、信じられない。なぜ、こんな暴挙が思いつくのだろうか?そして、それが許され、そして、大金を出して設置しようとしているのか?

普通の感覚ではない人たちと思われる。でも、同じ日本人であり、大分県人がそれをやろうとしている。


私は以前、法則-教義として2つ示した。
一つは、需要と供給の法則はあらゆる場面において貫徹する。もう一つは、役人の言うことを信じるバカは、民衆に大罪を犯す(大借金を負わせる)、ということだ。


イギリス人に聞いてみるがいい。セブンシスターズに仏像を建ててもいいか?と。


こういう当たり前のことがわからない。話し合う必要も無いし意味も無い。コモンセンスだよ。常識以前の問題だ。
なぜ分からないか。もう、計画が進んでしまっているからだ。権力で押し通そうとしている。ブレーキの無い自動車に乗っているのだ。
本来、役人の暴走を止めるのが政治家の役割なのに、そんな政治家は日本中どこを探したって居やしない。大分では話し合おうだとか、議論することは良い事だとか言ってごまかすことしかしない。逃げているだけ。常識人のふりをして、実際は票が逃げるのが怖いだけ。非常識人であることを宣言しているだけ。(青島都知事くらいかな・・・でも、東京ならば何やったって平気だろうけどね。ゴミの島なんだから。)


折衷案で、素材を換えて半年の期間設定にするとか、設置場所を変えるとか、考えられるが、それでは却って作家に失礼だろう。

ここは、作家のゴームリー氏にしっかり説明して諦めてもらうことが一番いい。
バカな役人がやらかした不祥事は、市民が誠意を持って説明して始末するしかない。
イギリス本土にも事情を説明して、同意を得ることも必要だと思う。

絶対に設置させてはいけない。

ロングトレイル協会もあやふやな態度でいる。そりゃそうだろう。でも、ここは、騙されたということを全面に出せば理が通るはずだ。それとも、知っていたとしたらこれは罪だねぇ・・・・

しかし、国東って何考えてるんだか・・・・・と言いたくなる。



I only make that recent modern art destroys the existing culture and history a purpose and want many people to know that it is the exercise that there is not of most value.
Mr. Antony Mark David Gormley of the British sculptor is going to install the huge iron image which modelled one's naked body in the kunisaki City Oita Prefecture of Japan.
I object.
The plan is already authorized, and the foundation work is over.
However, I was informed of the talk set up permanently suddenly.
At the place where the mountains of nature range, a lot of temples of the Buddhism exist there. For more than 1,300 years, I brought up Buddhism culture with nature. 400 years ago, I am sacrificed for the Christianity propagation, and a temple burnt down exists. In addition, 200 years ago, religion oppression was carried out by power of the government for European culture introduction.
Do not disturb this rich nature and culture.
I want you to agree that you build the alien substance which is not good for this splendid scene and want you to give an opposite voice.
I want many people to know it.





 

 


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# by worsyu | 2014-02-14 17:53 | 地域ネタ | Comments(1)

風間がやってくる

風間宏矢(こうや)が大分にやってくる。完全移籍でだ。ちょっと、これはニュースである。
最後にきて、なかなかうれしいニュースである。

風間さんと言えば、我がサッカーの師というか、同氏の解説本にはお世話になりました。まともな解説者であった。現在は川崎の監督だけどね。

その次男がやってくるのだ。まあ、長男よりはやると思うよ。セレッソの柿谷くらいの活躍を期待したいところか。スピードと上手さとアシスト力を期待したいね。比較的身体もあるので、競り合いやポストプレイにも期待したい。周りを活かすプレイができるので、その辺りも期待したいね。


さて、トリニータは20周年のアニバサリーである。ロゴがかっこいいね。このフレアがやっぱりいい。青のトルネード柄も上品でいいよね。このデザイン力が何故かアパレルグッズに活かされない。もっと大胆にフレア柄を入れて欲しいね。現状のアパレルグッズはちょっと子どもっぽくてダサイ。大人も楽しめるものを作って欲しい。デザイナーなら大分市にいっぱいいるし、学生も入れたらかなりの数になる。一般公募したほうが、ましなものができるといつも思うのだがね・・・・・

 

大銀ドームで「風間」の名前が呼ばれる。何だかうれしいね。
活躍できると思うよ。本人次第だけどね。後は、周りとの意志の疎通かな。シンプルでいいと思うよ。



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# by worsyu | 2014-02-13 11:35 | サッカー | Comments(0)

暗闇に導かれたシンフォニー

希望のシンフォニーと呼ばれていた。
なぜ、そんなものに飛びついたのか?それは、何かにすがりたかったのだろうし、物語が欲しかったのだろう。

東日本大震災は、日本をすごく感傷的な雰囲気にさせてしまった。それを助長したのがマスコミによる大宣伝だ。国中が物語りを求めて、復活の旗印を探しまくったのだ。
AKBの指原がトップを取ったのも、その物語性に時代が上手く乗っかったからの結果だろう。
同様に大分トリニータのJ1復帰もその時代の流れに乗っかった部分も多少あっただろう。

東北では、特にそうした感傷主義が蔓延しており、その空気は東京及び首都圏までを覆いつくしていたと言える。

大分に住んでいると、感傷主義に浸っている東日本の社会の状況が異様に思えるのだが、実際に経験し、そこから逃れたいと思っている人や、不安を抱える人にとってみたら、何でもいいからすがりたい気分の方が勝るのだろう。

「Hiroshima」はyoutubeで去年聴いたし、TVでも盛んに取り上げられていた。「現代のベートーベン」「盲目の天才」「奇跡のシンフォニー」「魂の旋律」とか。安直なコピー文字が躍りまくっていた。曲の方は、マーラーを基本に近代音楽の巨匠たちのパクリ(オマージュ?とは言えない)だらけ。全体としては薄っぺらな感動の押し売りを狙った曲である。
逆に、これくらいのシンフォニーなら、音楽をやっている多くの日本人なら簡単に作ってしまうくらいの曲だ。オリジナリティーの無い、ただ、上手さだけが耳に残る。狡猾ささえ感じる。何で、こんなものに魂を売るのか私には理解できなかった。

こうした、マスコミによる捏造の暴露は決して悪いことではない。「感動を返してくれ」という人は多いと思う。詐欺とはそういうものだ。それに加担したマスコミの責任は大きい。特にNHKは権威の失墜を免れないだろう。そもそもNHKを特別視していたこと自体がおかしいのであって、過度に信じてしまえば騙されるという、いい経験になったのではないか。

幸い、大分ではコンサートが開かれなかった。しかし、CDを買われた方は多いと思う。ご愁傷さまである。

フィギュアスケートの高橋大輔選手はSPで同氏の曲を使っている。辞めた方がいいと思う。恥の上塗りになる。メダルを狙っていないのならいいが、応援しているおばちゃんたちの名誉のためにも曲を変えたほうがいいだろうし、見識を疑われることになる。

作曲家に物語を作って売り出すのは昔からよくある話だ。しかし、貧乏人が宮廷音楽を作ることもできるし、大金持ちの名家の出の人が演歌を作ることもありうる。今や、音楽は技術と理論とセンスがあれば、その人間の出所などはどうでもよいことなのだ。基本ができたら、後は編曲してもらえばいい。それでどうにでもなる。そこにおけるオリジナリティーと出来上がった曲の評価は、専門家さえわからないのだ。ましてや、一般の人は、感覚を研ぎ澄まして、自分の嗜好に合致するもの以外は評価しないという鉄則を立てていなければ、こういった詐欺に会うことは避けられないだろう。

最終的に暗闇に導かれてしまったシンフォニー。正しい位置に戻ったのだろう。
これは、悪いことではない。

 

 オウム真理教の事件も、教祖が弱視であるということで、真実を見る目に霞が掛かってしまったごとく、今回も同じく弱者の衣を着た詐欺師に引っかかったわけだ。

多くの人間がこの詐欺に関わっていることを明らかにして欲しいし、責任を追及することは必要だろう。

これは映画にしたい題材である。日本人に特に顕著であり、特有な「弱者のエゴ」がどこまでも通っていく喜劇。そして悲劇である。



 


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# by worsyu | 2014-02-06 10:32 | 芸能ネタ | Comments(0)

愛すべき自己

去年の年末は安倍首相の靖国神社参拝で、国内外で賑った。
この靖国神社の問題はいろんな問題を孕んでおり、いかようにも問題提起できるし、解釈もできる。

私は、つまるところの話をしたい。
結局、先の大戦の最大の責任者は、日本では昭和天皇であったということは紛れも無い歴史的事実なのだということなのだ。
これは、現在、70歳以上の人たちは皆思っていることだろうし、認めざるを得ないことなのだ。

実質、開戦時、昭和天皇は傀儡状態であり、お飾りでしかなかった。政治的権力は軍部が握っており、天皇は権威のようなものでしかなかった。(今のタイ国の状況を見れば理解できるだろう。タイも日本と同じように、王族は象徴としてのみの存在にならないと、政権は安定しないだろう・・・)従って、戦争責任としては、実質上は無いに等しいものだっただろう。しかし、憲法上では最高責任者-統治者として明記されている。今の北朝鮮を見れば理解できるだろう。

戦後、アメリカは日本を統治するために天皇制を維持することにした。それは、今後、永遠にアメリカが日本を支配下に置くことを日本側に認めさせる人質-保証のようなものだった。天皇の権威を保証する代わりに、政治的権力と結びつかないように、平和憲法を作るように仕向けた。その際、靖国神社の問題も出たが、国の保護を受けないということと、憲法で十分と思ったので、問題にしなかった。

さて、戦争犯罪人とされた人たちは、天皇の名のもとに戦い、死んでいった多くの兵隊たちと同じと思えないことも無い。死んでしまえば罪は消える。贖罪はなされたと思い込みたい。それは、遺族たちの思いであっただろう。罪(濡れ衣を着せられて)を背負って処刑場の露と消えていった人たち。それを哀れむのは人の情として理解できないわけではない。本当の罪人は天皇であるからだ。
しかし、彼らは天皇に罪が及ばないことを知り、喜んで死に臨んだ。自分たちの死が天皇の身をお救いしたという満足感さえあっただろう。
「天皇陛下万歳」という叫び声を上げて死んでいった多くの兵隊と同じ気持ちだったのかも知れない。
その頃の人たちは天皇のためなら命は惜しくないと思っていたのだ。信じられないだろうが。

年を経て、遺族たち、又、ナショナリズムに溺れたい人たちの中では、故人の想いとは別に、悪いことをしたわけではない、という想いが強くなっていく。名誉回復を望む気持ちが起きてくる。更に、国を想う気持ちは尊いという気持ち。更に、歴史の再評価、再検証を望む声が大きくなってくる。(もちろん、彼らの中で、天皇の為に死ねる人など一人も居ない。これは確かなことだ。)

戦後、ナショナリズムを謳うことは、どこか罪深いことと思われていた。だから、無国籍的な文化が氾濫していたのだ。しかし、この空気を一変するある出来事が起きた。
それは、サッカーW杯である。

君が代を堂々と歌い、日本という名前を叫び、勝てば喜び、負ければ悲しむ。これはまさしく戦争の擬似体験に近いものすらある。こんな楽しいナショナリズムを忘れることなどできない。もっと楽しむために、もっとナショナリスティックになっていいし、気に入らない外国をもっとけなしてもいいんだ。煽ってもいい。これまで押さえ込まれていた感情が一気に爆発した。

さて、ここまで書いてきて、突然結論を言う。未来を見るならば、未来をデザインするならば、偏狭なナショナリズムに漬かっていてはいけないということだ。
一番大切なことは、自分が何をやりたいか、であり、何を望むかであり、そのために何をなすべきか、なのだ。自分を大切に。家族も大事、子どもも大事。でも、自分自身が一番大事。そのために、愛すべき自分になるために、勉強し、働き、善行するのだ。
私は言いたい。自己愛こそが、隣人愛にも勝る。
それが原点だろう。

ラブトリニータは自己愛の延長になければならないものだ。そのために、われわれは努力してもいいんじゃないかな。

因みに、私は、近年、春日神社に初詣に行くことにしている。
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# by worsyu | 2014-01-24 12:59 | ひまネタ | Comments(0)

武田洋平に期待するしかない

大分トリニータの今シーズンのラインナップが決まった。
GKは丹野をセレッソに戻し、武田を取った。丹野には期待していたが、もう居ない。清水も福岡にレンタルである。これで戦えるのか?J1を経験した2人を放出して、武田に賭けたわけだ。もし、武田が怪我をしたらどうなるのだろう。室、上福本で対応するしかないわけだが、不安は残る。その分はDF陣でカバーするしかないか。
少なくとも、武田は飛べるのか?丹野も、特に清水は飛べなかったので、そこに期待したい。上背もあるので、DFがコースを狭めればかなり対応できるはずだ。
心は強いのか?どんな状況でも、どんなに挑発されても冷静な対応ができるのか?失点しても動揺することはないのか?等々・・・

そのDFだが、当然のことながら、4バックだろう。これは決まりだ。阪田、高木が居るので、ある程度は安定する。それに、安川、若狭が延びているのでそこにこ期待したい。サイドバックに走力のある選手があまりいないので、土岐田やチェ・ジョンファンに頼るしかないか。
中盤は為田、木村を中心に両松本もいるし、ジョナサンがどこまでやれるのか?宮沢、マンシャの代わりになるメンバーはいるのか?ボランチとして据えるやつがいない。不安定さは否めない。
FWは森島が抜けた以上、得点は下がると考えていい。後藤は10点は取れるだろう。高松も10点近く取れるかもしれない。怪我さえなければ。伊佐がどれくらいやれるのか?5点くらい?西にはあまり期待が持てない。同じく5点くらいだろう。4人合わせて30点。他のメンバーで10点取ったとして、総得点は40点になる。為田や松本がブレイクしても2人合わせて10点くらいか。甘く見て、全部合わせて50点。これは、5位~15位相当になる。失点を少なくすればいいわけだが、おそらく、50点以内に抑えないと上位には食い込めないだろう。それだけ、守備的な戦いを前提にして勝負するということになる。
その覚悟でやらざるをえない。ペース配分を考えて、後半に体力を温存して効率的に試合を進めていく必要がある。またそれだけの体力も必要となる。
得点が40点で、失点が50点以上になると16位~20位に沈んでしまう。

武田が丹野のように大分で伸びれば、期待できる。素質はあるんだから。後は、読みだろう。GKの良し悪しは、この、先を読む力があるかないかで、半分以上は決まる。

ここがある程度計算できれば、DFの攻撃参加への配分が決まる。全てがセットされる。
開幕戦を見れば大体わかるだろう。
そこから、3試合くらい見れば修正能力や適応力、チームコンセププトの決定が成される。それで大体前半の勢いがわかる。

期待したい。いや、するしかないのだ。
当然だが、丹野、清水以上のものを求めていく。
(ほとんどギャンブルに近い布陣だ。)

大分王国実現のために。
清く正しく、美しいサッカーをめざして。

とは言え、正直、全く計算できない。同じく降格した磐田とは雲泥の違い。前を向き、頭を上げて、正々堂々と戦おう。日本サッカーの未来のために。
それしか無い。精一杯応援するしかない。
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# by worsyu | 2014-01-20 12:27 | サッカー | Comments(0)

小野田さんの格言

なぜか朝から小野田氏の格言を読み返していた。
虫の知らせだろうか。不思議な縁を感じる。彼から私にシグナルが発せられていたのだろうか?
以前にも小野田氏のことは書いた。経歴のことはそこに書いた通りだ。所謂超人である。
私はその辺りのネトウヨではない。むしろ、逆だろう。しかし、彼の極限状況から得た考えから得るところは多い。真実があるからだ。

「世の中には出来そうにないことでも、やらなければならないことがあるし、できることでもやってはいけないことがある。この判断基準こそが、その人の価値を決める。」
安倍総理の靖国神社参拝はどちらなのだろうか?又、細川元総理の都知事選出馬はどちらなのだろうか?もっと下世話な話で、結婚の判断はどうだったのだろうか?転職の判断はどうだったのか?・・・


「生まれた時は自我ばかり、生きるためには自制と自律がなければ。」
とかく、日本人に個人主義の感覚は薄いと言われる。その点、比較的大分県人は個人主義的傾向が強いとも言われる。これは小藩分立で強い藩がなかったせいで、平等主義があり、又、キリスト教の普及も影響しているのかも知れない。しかしながら、自らを律し、社会の規範を守る意識は大切なことである。ルールには意味があるということだ。

「豊かさは自分の心で感じるもの。不便さは何とでもなる。最後は自分の五体で何とかなる。」
本当の豊かさとは何か?永遠のなぞだ。しかし、極限状況を経験している彼にとっては、どんな状況においても何とかなるという信念があるし、実際、何とかしてきたのだ。

「計画どおりにいかないことは沢山あるが、思い通りにはいくものだ。不満などどうってことはない。自分の満足度を少し変えればよいのだから。」
これもそうだ。楽天家である。底を知る人間の強さがある。不満なことなど個人の主観であって、どうでもいいことなのだ。今の状況でもある程度満足することはできる。計画をやり遂げる意志があればそれは幸せなことだ。

彼が本当に望み、やろうとしていたことは、日本人の誇りを取り戻すことだったのだと思う。それは、靖国などの小さな問題ではない。
彼の言動から真実を見出すことはなかなか難しい。しかし、その裏にこそ真実の想いが見える。



ご冥福を祈ります。
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# by worsyu | 2014-01-17 11:17 | 時事ネタ | Comments(0)

東龍の路線は間違っていない

東九州龍谷の優勝を逃した試合は残念だった。紙一重の差で負けてしまった。
長崎の九州文化学園の田中を止められなかったことに尽きるわけだが、その策は無かったのだろうか?・・・
ブロック要員として、吉丸(181)や竹内(183)を使うことは考えられなかっただろうか?という疑問がある。
情に流されたのだろうか?
仮に入れていたとしても、止められたかどうかはわからない。しかし、ワンポイントでもやる価値はあったと思う。
ただ、敢えてそれをやらなかったのだろう。それは、ここで勝つよりも大切なことなのだろう。今後を見据えた選択だったのかもしれない。

東龍の技と九州文化の力の対決だったわけで、力が勝ったということか。彼女らの腕力はすごい。筋力トレーニングをやっているのだろう。体つきが大人である。
しかし、女性にとって、この年代で過剰な筋肉トレーニングをすることに、私はあまり賛成できない。
アナウンサーは田中に対して「東京オリンピックのエース」と叫んでいたが、果たしてそうだろうか?
今や世界は185センチ以上のアタッカーでないと通用しない。ロシアやブラジルなどは190センチ以上がゴロゴロいる。そんな中で日本は木村沙織が185センチである。新人で期待される大竹にしても183センチ。岩坂は187センチあるが、伸び悩んでいる。
そこに170センチの田中が入ってくるはずがない。仮に入ってきてもエースにはなれないだろう。
高校バレーに特化して強化してきた結果、彼女らは優勝を勝ち得たわけだが、その先が無い。
もちろん、東龍の選手にしても、全日本に入ってくるような選手は2、3年に1人居るか居ないかだろうが。
過度な筋力トレーニングを高校生に課すのは、成長期の骨の発育を阻害することも考えられ、増強剤を使用しようとする輩さえ生みかねない。

ところで、東龍はいつの頃からか、美人が多くなってきた。キャラ立ちし始めた。比金や熊本がそうだ。確かにかわいい。多くのファンが付いた。今やレッドドラゴンはブランドでもある。追っ掛けも出てくる。幸い、来年以降は今のところさほどかわいい子も居ないようなので、昔の強くて、憎たらしい、東龍に戻ってくるのではないか?と期待している。

それにしても、赤いユニフォームで長袖をたくし上げる姿は何ともクラシカルでいいねえ。

人気、実力を備えた東龍を維持するのは並大抵のことでは無いだろう。しかしながら、現体制の路線は間違っていないことを今回の大会で披露できたと思う。敢えて言うならば、やはり、力強さに欠けていたかもしれない。主砲の不在をカバーできなかったということかも知れない・・・・
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# by worsyu | 2014-01-14 11:14 | ひまネタ | Comments(0)

柳亭市馬

柳亭市馬の落語を久しぶりにTVで見た。衛星放送なので、一般の人は見ていないだろう。
演目は、「七段目」と「大工調べ」であった。
去年の今頃にも、私は彼の落語を論評していたと思う。その時は「上手いのはめちゃくちゃ上手いのだが、何だかちょっと面白みに掛ける。艶が無い」みたいなことを言ったと思う。
しかし、今回、見て、聞いて、まるで違う。
一言で言うと格があるのだ。
「七段目」は、得意とする歌舞伎ものであるので上手さが光る。面白かった。結構長い話なのだが、最後までダレずに聞けた。
「大工調べ」は唸らせた。与太郎のアホさ加減と棟梁の気風の良さ。大家の意地汚いながらも貫禄も感じる微妙な風体と大岡越前守の裁き具合のきれいさを見事に演じ分ける。恐れ入りました。嫌味じゃないのがいいのだ。上品であるのだ。棟梁のべらんめえの啖呵に感激した。涙が出そうになる。美しさを感じるのだ。それを大分県出身の人が演じることが、とてもすごくて、うれしい。
この1年で随分器量が良くなった。落語協会の副会長に就任したそうだが、さもありなんと思う。
今や、兄弟子の小三治はおろか、当代落語界随一の噺家となった感がある。師匠の小さん以上の器もある。スケールの大きさを感じる。
私は、古今亭志ん朝を越える噺家はもう現れないと言ったが、今は、それに近い位置に居る。唯一、眼の肥えた客を呼べる噺家として柳亭市馬を推したいと思う。聞く価値のある噺家なのだよ。
独演会で大分に来ることも多い。幸せなことだ。この価値観を共有できる人が増えることを願う。
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# by worsyu | 2014-01-06 18:24 | 芸能ネタ | Comments(0)

判定なら勝ち

天皇杯準々決勝は残念な結果となった。しかし、90分の間では引き分けだったし、イエローカードをFマリは2枚も出しているので判定があるならば勝っている。
どちらが紳士的なサッカーをしていたかというと、紛れも無く、大分の方だっただろう。これは胸を張っていい。

後藤に過度の可能性を見るのは危険だが、いい働きをしていた。もう一人こういう裏を狙えるFWが欲しい。
森島は後半リードされてからの投入だったが、これは残念な采配だった。
宮沢から永芳への交代は遅すぎた。交代してから中盤が締まった。
高木のあの失点に繋がるミスは難しい球ではあったが、これを大きくクリアするなり、足元でコントロールできなければ清水では止められない。

もっとフィールドを広く使ったサッカーをして欲しい。走り勝つんだったら、もっとスペースを使わないと。パスを受ける練習が足りないのではないか?どんな速いパスを貰っても安定したトラップができるように練習して欲しい。スペースは動いて自分たちで作り出すことも大切だ。

勝てる試合だったし、決定機はFマリよりも上回った。これから2年、3年後にはFマリを上回る可能性も見えた。ただし、采配には疑問があるし、田坂でなきゃならない必要性も感じなかった。

CBに上手い選手が欲しい。若くてもいいから技術的に優れた選手が欲しい。阪田は根性がある。高木は身長がある。しかし、2人とも技術には疑問符が付く。90分間持たない。これで3バックをやろうとしていたのだから驚くほか無い。

とにかく、イエロー無しで戦えた事を讃えようではないか!!

トリ戦士は勇者であり、紳士であったよ。
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# by worsyu | 2013-12-24 14:32 | サッカー | Comments(0)

トリサポよ紳士であれ

西川が浦和に行くらしい。決定ではないが、ほぼ決まりだそうだ。
今朝から何もする気にならない。
何というか、ため息が出て、肩が落ちて、ひんやりとした気が背筋から後頭部にかけて抜けていく感じだ。

まあ、これで、当分の間(西川が次に移籍するまで)、J1の浦和戦は見ることはなくなるだろう。
勝っても負けても面白くないんだから、見る必要がない。不快になるだけだからだ。

磐田にはシャムスカが監督復帰するらしい。

「大分帝国」
大分は大分で作り上げるしかないのだ。勝負強ければいいわけではない。人気があればいいわけではない。
清く、正しく、美しいサッカーを作り上げて欲しい。
ばかばかしいけど、それしかないではないか。やがて、それが実を結ぶ時が来る。
どんな戦い方をしたのかは、テレビで見ればわかる。
誰に後ろ指を刺されることなく、胸を張っていこうよ。
それで負けたってしょうがない。それは負けではないよ。
「走り勝つサッカー」最後まで集中して走るサッカーを見せてくれ。

クラブの核を失いつつある今、コアサポを見にスタジアムに足を運ぶ人も多いだろう。
いやいや、そのコアサポは、やはり、戦う選手といっしょに戦っているんだよ。

何のために?
日本サッカーの正しい道を導くためだろ。
そのためにやるべきこと。
1)意図的な反則をしない。
2)審判に文句を言わない。
3)相手選手の挑発に乗らない。
つまり、常に紳士であって欲しいということだ。心を強く持って欲しいということだ。

今回の西川の浦和移籍報道で思ったことは、そういうことだ。
トリニータ戦士よ紳士であれ!

そして、われわれトリサポも紳士にならねばならない。
それが、日本に日本のサッカー文化を真に根付かせることに繋がるのだ。

私も生まれ変わらねばならない。
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# by worsyu | 2013-12-21 14:00 | サッカー | Comments(0)

管理サッカーを目指せ

今年、スポーツ界での訃報で一番大きな出来事が川上哲治氏だろう。
ジャイアンツの黄金期を築いた名監督である。もちろん、現役時代も安打製造機として2千本安打を達成している名選手ではある。しかし、なによりも、読売ジャイアンツを連続9回日本一に導いたその手腕が長く讃えられるし、組織論として日本の企業社会に与えた影響は大きい。
当初は、戦力もそれほど飛びぬけたものではなく、特に20勝投手がいない中で、細かな野球をする、いわゆる管理野球を徹底させることでトップを維持したのだ。
長嶋なんてのは、サインは見落とすし、チームの決め事を守らず、スタンドプレイをする、天才肌の選手。一方の王はきちんとまじめに従う努力型の選手。こうしたスター選手をうまく管理して従わせ、組織としての強さを維持したことは驚嘆に値する。
大体が、スポーツ選手などというのは、腕自慢で自分の才覚だけで金を稼いでいるという輩ばかりである。それでも組織として勝利することとは必ずしも合致するわけではない。
長嶋が何度もサインを見落とすのを見かねて、牧野と相談して長嶋用の簡単なサインを作ったというのは有名な話だ。

広岡は長嶋を擁護する川上や読売側に何度も抗議したようだが、広岡が西武の監督になった際にやったこととは、川上の管理野球をさらにすすめ、徹底的に私生活までも管理した野球を目指した。その流れは、現在の野球界にも及んでいる。食事管理から、筋力トレーニング、イメージトレーニング等々だ。

日本人の作り上げた組織で、9年間もトップを維持できた要因とは何なのか?常勝軍団と呼ばれた組織に必要なものとは何なのか?

大分トリニータを勝つチーム、J1に居続けられるチームにするには何が必要なのか?川上の管理手法が参考になる。
組織を変えるには言葉だけではだめだ。結果を出し続けながら、中長期を見据えながら変化していかなければならない。

田坂監督もわかっているはずだ。他と同じことをやっていても勝てないということを。
日本人のためのサッカーを追及していくことが長期的に強さを維持できることになる。
遊びたい奴は来なくて良い。真面目にサッカーを追及したい奴だけ来れば良い。とことんサッカーを考えるやつだけでいい。
相手の隙を狙い、誘い、突き、そして仕留める。
守備を強固にする。裏を取られても追いつける走力を持ったDFをそろえる。
最初は多少勝てなくても負けないチームを育てる。
反則をしないチーム。審判に抗議しないチーム。
磐田戦、大分はイエローカードを出していないんだよ。すばらしい。変化しているんだよ。川崎戦でもイエローは無かったよ。甲府戦以来、イエローを出していない。これは戦う気をなくしたからではないと信じたい。

イエローを出さずに戦い、勝つ。これが大切なことだ。我々は正しく戦っているということを言いたい。
50メートルを5秒台で走れる奴が2人くらい欲しい。できたら3人~4人。せめて後藤以外にもう一人ルーキーで欲しいね。
田坂監督の走り勝つサッカーを実現するには、何度も裏を狙い、抜ける走力を持った選手をそろえるのが一番手っ取り早い。DFも同じく走り負けない走力を持った選手を揃える。そうすれば、どこにも無いチームが出来上がるよ。

後藤16点。松本15点。為田14点。森島+高松で15点。それ以外で15点。総得点75点を目指せ。
失点はGK丹野で40点を目指せ!!(丹野に続くGKの育成を!!)


ところで、J1昇格戦では、徳島が京都を2-0で破って見事四国初のJ1昇格を果たした。小林さん見事ですね。京都は、なぜか三平を先発から外すという愚挙に出て墓穴を掘った。
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# by worsyu | 2013-12-09 12:23 | ひまネタ | Comments(0)

日本サッカーの未来を託す

「甘い、ぬるい・・・」よくぞ言ってくれた。
クラブ事情やチームの力を考えて、厳しい戦いになることはわかっていたはず。でも、もっとやれたのではないか?という気持ちをみんな持っているはずだ。
降格はやむなしとしても、甲府が見せた貪欲な勝ち点1にこだわったプレイ。一人として緩慢なプレイは無かった。残留することを目標にして戦ってきた結果が出たのだと思う。
監督がクラブ事情を話し、アカデミーのことまでも言及する。(「お前はGMか」と突っ込みたくなる。)それを免罪符にしているわけではないだろう。正直なところを言ってくれたのだと解釈したい。しかし、それは、大分だから許されているのであって、普通はアウトな発言だろう。

大分トリニータは、今回の昇格、降格劇でわかったことを整理する必要がある。そして、対策を考えなければならない。

まず、このクラブは若手育成だけに特化した育成型クラブとはなりえないということだ。もし、セレッソのようなことをやれば、J1に昇格することはまず無くなるだろう。J1、J2へ選手を供給するクラブとしての存在にしかならない。セレッソの下部に甘んじることになる。
たとえば、現在の松本や為田、後藤を核に考えても、2年、3年後には彼らを放出することになり、それに続く選手を下部組織から育成しなければならなくなる。そんな芸当は現状では無理だろう。

費用対効果という面で考えなければならない。
ブラジル人や日本代表選手を入れれば結果が出るかもしれないが、その分の費用と効果とを比べた場合、クラブ経営にプラスになるかどうかは疑問である。資金が潤沢にあるクラブや親企業のバックアップがあるところならそういうことができるだろう。しかし、この道は既に破綻した。
そういう意味では、有望な若手を獲得し、特に下部組織からトップチームに上げることができるようになれば良い。しかし、それは3年に一人~二人いるだろうか、ぐらいではないか?全国から大分でサッカーをやりたいと思わせるようにならなければならない。そのためにも、サッカーの形を変えていかなければならないと思う。
つまり、いっそのこと、このクラブが目指していくものを、日本サッカーの理想にすればいいのだ。
吉武氏の進めているサッカーの延長線上に大分トリニータのクラブを位置づければ良い。

我々は去年、ブラジル人のFWはおろか、ブラジル人皆無の状態でJ1へ昇格したのだ。これは快挙であり、奇跡なことなのだ。あってはならないことをしでかしたのだ。これはある意味、日本サッカーの希望でもあった。

今年の昇格レースは、京都と徳島だ。戦力から見て京都が順当だろう。京都は引き分けを目指して戦う。京都のGKはオ・スンフン。なかなか良い。しかも工藤浩平や山瀬がいて、さらに、サヌがいる。おまけに昇格請負人の三平がいるのだから、まず、間違いないだろう。

天皇杯では、日本人チーム最強の名を掛けて大分トリニータは勝たなければならない。天皇杯にはブラジル人もあまり興味無いだろう。モチベーションは低いはずだ。大分トリニータはこの試合に来季以降の方向性と意地を確かめるためにやらなければならない。
あってはならないことを起こさなければならない。
そのためにも、反則をしないこと!!!!フェアな態度で試合に臨めば、紳士然としてスポーツマンとして臨めば道は開けるはずだ。
そう信じたい。

大分のサッカーの希望であり、日本サッカーの希望でもある。それを証明して欲しい。

つまるところ、やはり、大分トリニータは独自のサッカーを作り上げなければ生きていけないということなのだ。それをやっていると信じたいし、みんなもそれを考えて欲しい。支えて欲しい。

ま、全てはFマリに勝ってからだ・・・・・・
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# by worsyu | 2013-12-04 12:07 | サッカー | Comments(0)

大銀ドームが揺れる日

甲府はかなり守備的にきていた。守りのブロックを崩されないようにしていた。従って、大分が押し気味ではあった。しかし、これは甲府の戦略。それでも甲府のゴールは割れなかった。

一方、大分のゴールは、何度か決定機を作られたが、何とか凌いだ。相手のミスにも助けられたか。
それにしても松原崩されすぎだろう。これじゃあ、使えない。でも、あそこで足を引っ掛けなかったことで、却って失点を防いだのだと思う。FKを与え、イエローを貰うくらいなら、あそこでギリギリのプレッシャーをするだけのプレイで正解だった。もちろん、理想は、競り合って外へ球を出すことなのだが。安易に反則をするよりも、フェアプレイをすることで、試合の流れを呼び寄せることが出来る。逃げちゃだめなんだよ。
清水も少し安定してきた。甲府が引いていたのでそれほどの機会は無かったが、それでも、無難にはプレイしていた。多少、心は強くなったかな。もっと、声を出して良い。遠い目をするな。眉間にしわを寄せろ!!

今季の大分の低迷の原因は、自分なりには理解している。
まず、3バックにこだわったこと。これは、何度も言うが、常にサイドにスペースを空けて、そこに誘い込み、それでも凌いで、そこから反転攻撃をする力を持ったDFが居れば成り立つ戦法。それほどの力が無い中でこれにこだわった理由がわからない。このリスクを負いながら戦ったわけだから負けるのは当然。

次に、FWにスピードのある選手をあてがわなかったことで、相手DFは守りやすかったはずだ。時には高松、森島のツインタワーで戦っていた時もあった。私はこの布陣に対してかなり批判した。

この2点だけでも、降格する原因になったと言って良い。その対処法を見出せなかったこと。頑固に変えなかったことで取り返しのつかない泥沼へとチームを落とし込んでしまった。勿論、責任は監督にある。しかも、選手を競争の名のもとに入れ替えすぎて、チーム戦術と連携の熟成が果たせなかった。
現在、4バックにして、FWに後藤や、今回は林といった裏へ仕掛ける選手と高松との組み合わせで安定した戦いをしている。
守備が安定したことで、前線からの守備もできているし、中盤で囲い込むこともできている。
甲府戦は、林も良かったし、後藤も良かった。
何よりもイエローが無かったことが良かった。反則は甲府の方が多かったと思う。試合は引き分けたが判定でいけば勝ちだっただろう。

さあ、ちょっと早いが天皇杯である。Fマリである。これに勝つことしか今年の盛り上がりは無いだろう。国立までとは言わないが、せめて、Fマリには勝って欲しい。
戦い方は、「清く正しく」である。反則したいところを我慢して凌ぐ。そうすると、Fマリがイライラし出す。突っかけてくる。相手をしない。審判に抗議することも極力抑える。フェアプレイしよう。
俊輔にフラストレーションを溜めさせる。そうすれば何かやるよ。彼らは審判は自分たちの味方だという思い込みがある。それが墓穴を掘るはずだ。シミュレーションショウが始まるはずだ。それを審判がどう取るかだ。結果、負けたとしても、それは負けではない。審判だって間違うこともある。フェアプレイしよう。それが、明日へと繋がる。大分の子どもたちは見ている。全国の子どもたちも見ている。どちらが勇者かを。
結果の勝ち負けだけじゃないんだよ。でもサッカーの神様は必ず見ていてくれる。勇者に微笑むはずだ。

まあ、そんなに上手くいくかどうかわからないが、辛抱して、愚直に、魂込めて戦おう。
冷静に、冷静に。最後まで戦おう。
(ところで、マリサポだが、鼻持ちならない、筋金入りの反日なので、たとえ、天皇杯だからといって何やらかすかわからない。我々は天皇の忠実で誠実な僕であるからして、煽られても変な行動は慎むように。下手に関わるとしばかれるぞ!!emoticon-0140-rofl.gif

清水・安川・高木・阪田・土岐田・マンシャ・宮沢・為田・木村・後藤・高松でいいのではないだろうか。控えは上福本・深谷・若狭・松本・丸谷・西・林でいいのではないか。

ここでやらなきゃ、何のための一年だったのかわからないぞ!!!

大銀ドームを揺らしてみろ!!
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# by worsyu | 2013-11-26 11:11 | サッカー | Comments(0)