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存在の意義

われわれは町田ゼルビアに負けたということだ。
ポポビッチは金だけで動く人ではない。クラブ側のサッカーに対する情熱、選手の育成に対する考え方、今後の方針、将来性などを考えて決めたはず。
納得するしかない。本当に必要とされているかどうか、それは単にサポだけの想いだけではだめなのだ。

「武士の家計簿」という映画が結構話題になっている。この中で問題になるのが「身分費用」というやつなのだ。武士として家柄に応じて様々な冠婚葬祭、諸行事があり、そのたびに無駄な出費がかさんでしまう。

大分トリニータも、考えてみたらこの「身分費用」というものがネックになっていたのではないか?J1としての付き合いや体裁にこだわり、出費がどんどん増えていった。どこに問題があったかどうかはどうでもいい。それよりも、この映画のように、責任者が不退転の決意を持って、あらゆるものを売りまくり、節約をする姿勢が必要なのだ。出費を制限する勇気。ルールを作ること。そしてそれを守ること。

この映画は幕末から明治にかけての激動の期間の映画である。坂本龍馬や新撰組、そして薩長対徳川幕府という政治の大混乱期にある一武士の家の小さな家計簿の話である。しかし、身分制度がなくなり、武士が武士でなくなる時代。この猪山家は維新後、算術の技術を活かして海軍に転職するわけである。

未だ大手スポンサーに見放されている大分トリニータがJ2に居ることは奇跡に近い。いや、むしろ居てはいけない位置にいる。それを支えている自治体、県民、市民、サポーター、地場企業の負担はかなり厳しいものがある。
今回の町田ゼルビアにポポビッチが監督に就任するという出来事は、大分トリニータの今ある姿を再認識させた形となった。我々はJFLモードにあるチームを愛する必要があるということだ。
それでも愛する価値があるのなら、決して潰れはしないだろう。しかし、県やクラブの動きに、やるだけやったんだから、この辺で手打ち、クラブ解散へというシナリオの下、時間稼ぎをしているだけのようにも見える。

コアサポが何か動かない限り、この泥流のように進む諦念と失望感は止まらないだろう。かすかな希望であったその鍵を手にしたと思った瞬間、落としてしまった。
来季の観客数が4000人を割ってもまだ続ける意味がありますか?(逆に言えば5000人以上集まっていれば潰されないということでもある)
サッカー好きの人たちがたまに見に行くくらいならJFLで結構。ドームでやる必要もない。

トリニータというバブルは終わったということです。

でも、バブルが終わったから全てが終わりではない。手作りでやればいいんです。これから、恩返しをすればいいのです。これまで貰った勇気や誇り、友情、絆、笑い、悲しみ、涙。運命共同体となれるかどうか試されているのだと思えば、負けてはいられませんよ。
卑屈になる必要は何もありません。
火が点けば、必ず上昇します。

とりあえず、大忘年会にできれば参加して、無理なら冷やかし半分で周りに居て乗っかるというのはどうでしょうか?
by worsyu | 2010-12-16 12:50 | サッカー
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